トニー・ヴィスコンティの復讐 | ウィザードルーグ

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キャデラックに乗って火星の舞踏場へ

ずっと前から読もうと気になっていた、T.Rex を発掘したプロデューサー、トニーヴィスコンティの自伝をやっと読み終え、どうしてこんな本を今になって出したのか?まず、本の表紙の写真が、本人とデビッド・ボウイのものだし、タイトルも''ボウイ・ボランを手がけた男''となっているところが、なんか怪しいとは思った。





このプロデューサーの名前が出れば、ファン達は

T.Rex のプロデューサーだとすぐ分かる。直接マークに関わってきた人としてとても興味深いエピソードが聞けるだろうと期待して買うだろう。もちろん本題はボウイに視点を当てていること、ボウイのアルバムを最も多くプロデュースした男とした仕上がりなっている。


読み終えた後に、解説の広瀬 融さんが、この自伝がいまやボウイ研究に欠かせない超一級の資料になっていると伝えると共に、ボランのファンには読むのがつらい部分が少なくない、とも記している。


ボランのエゴとナルシズムぶりは、過去にも散々書かれてきているので、生前はロックスターとして、いかに嫌な男だったことは有名な話だか、この本で、しかもヴィスコンティがこれだけボランバッシングをしているのに唖然としてしまった。現に稼げなかったプロデューサーにキャリアを与えたのは紛れもなくティラノザウルス・レックスだという事実を再認識していただきたい。


唯一、これだけ長く関わった理由は、T.Rex の成功から入ってくる印税のパーセンテージのためだけで、ボウイとの仕事に乗り換え、それが安定した頃にボランからさっさと去りたいという思いしかないように書いている。


70年代のロックスターのツアーというものは、正にコカインと酒、その他もろもろがなければとてもじゃないが続かないスケジュールを何年という契約で縛られる。例えば、ローリング・ストーンズの灼熱のアウトドアのフェスなんかでは、当時の照明器具、機材の熱から気分が悪くなり、キース・リチャーズが吐きそうだと言っても、じゃあアンプの後ろに吐けと言われるだけだったと語っている。


アーティストという化け物は、時にプレッシャーからとんでもない行動や言動は当たり前のもので、そのヴィスコンティの言う''マークから受けた、自分とバンドに対する虐待⁇'' それが何だと言うのか?ましてマークの葬式に参列した際のことを書いているところでも故人のことをよく言っていない。


この本の中で語られているマーク・ボランという人物は、個人的関係について以外では、マークは、多作なソングライター、そしてヴィスコンティが最初に観に行ったUFOというクラブでは、恐れ多く話かけることができないようなカリスマ性を持っていたこと。ウェンブリーのライブのマークの燃えさかるパフォーマンス、その程度しかない。要は、ボウイは素晴らしい人間性とクリエイティブなアーティストで、マーク・ボランは傲慢チキでケチなクソ野郎ということを今更になってどうしてもこの自伝にぶち撒けたかったのであろう。


過去に、息子のローランと話をしている中で、君のお父さんは多彩な才能を持ったカリスマ性のある、素晴らしいスターだったんだよとベタ褒めしている…よく言うよと呆れる

(でも人間としてはクソ野郎だった?)


私があれこれ読んできた中で、一番信憑性があるのは、例えボウイがとんでもないお人好しだった点を無視して考えても…最後まで続いていたあの2人の友情は本物であり、ボウイはマークのことを一度も悪く言ったことはない。その逆はあるが…


この自伝は、彼がどう書こうが、何冊売れ、あちこちでチヤホヤされ始めたトニーヴィスコンティは、自分が立派なプロデューサーなんだと世間に認識してもらいたい為に、書いた一冊でしかない。ボウイは聖人、ボランは悪魔と書きたければ勝手にすればいい。


私にとって素敵なエピソードの一つで、グロリアが言っていた、あの2人の友情…、金色に塗られたキャデラックをマークがレンタルし、ボウイが運転、2人でギャングスターのようなハットを被って、ハリウッド大通りを突っ走る姿が素晴らしかったという話…ボロボロのジーンズを履き、無一文だった2人の青年が、金と名声を得たが、マークの死の直前まで友情が消えなかった2人、また死後も家族の面倒を見てくれたボウイの行動こそ紛れもない事実。誰が何と言おうと、ボウイにとって、マークはクソ野郎でなかった。それが私にはいちばん意味のあることだと思う。


この本は決して好きな内容ではないが、マークのクソッタレぶりには笑えるところもあるのと、当時のレコーディング、曲作りというものが時代を経て、今現在の音楽がいかに安っぽく聞こえる理由、金をかけずに作るソウルレスなものかということは、若者には勉強になるとは思う。