行ってきますー。トントンとスニーカーのつま先をたたき、玄関を出た翼。
ひよこをかたどったリュックサックには生協で買った指定のノートPCと
教科書が詰まっている。
学生の間ではフィーチャーフォンからスマートフォンに代えることが流行っていた。
コンパクトなイヤホンを後ろからぐるりと回し、両耳につけ、スマートフォンのジャックにさす。
昨年放送されたドラマの主題歌になった、翼の好きなスリーピースバンドの楽曲を流した。
「私がバンドやるならばどの楽器するかなぁ。」
軽音サークルに勧誘されたことを思い出した翼だった。
----- ギターは大学から始めました。楽しくて毎日抱きかかえていたらここまで来ちゃいましたよ。
----- みんな今日は楽しかったー!?最後の曲も存分に楽しんでいってね!!!!
----- 武道館ライブの次は全国ツアーですね。世界ツアーにも挑戦したいです。
超売れっ子になって音楽番組に出たり、挙句の果てには武道館ライブまで果たしている姿を妄想したのだった。
……んーでもなぁ、そんなにプロ志向じゃなくても良いよね。
多分、先輩のライブ見に行ったり、自分たちがライブ開くためにノルマのチケットを売ったり、
みんなでアルバイトしてスタジオレンタルやレコーディングしたりと、それで3年間は埋まると思うんだ。
ぽっと出の主人公が隠れた才能を開花させるサクセスストーリーは漫画のキャラクターにでも任せておけばいいと、翼は思った。
翼はプロのミュージシャンになるならば、ゲーム音楽が作りたいと思っている。
翼は『名前の残らない人生』を送りたくないと思っていた。
無論、名前の残らない仕事や生き方を卑下しているわけではなく、職業に貴賎なしという考えベースで、
どうせ生きるならばどこかに自分の名前を刻んで死にたいと考えているのである。
幼いころ父の持っていたゲームをプレイしてかなり没頭し、手ごわかった魔王を討伐しゲームクリアを迎えた。
流れるエンドクレジットを’自分をこれだけ楽しませてくれた人’としてかじりつくように見ていた。
自分もそうなりたい、自分の名前をどこかに刻みたいとそう考えて過ごしてきた。
ゲームクリエーターになるうえで役に立ちそうなサークル活動。
音楽ゲームのプログラミングくらいできるようになるといいな。
いろいろ考えているうちに流れている曲が切り替わった。
次の曲が終わると大体北口駅の改札につく頃になる。
「ポロッポー」スマートフォンから鳩の鳴き声が流れた。
『野々優』こと優子からのDENSHOが届いていた。
DENSHOとは、スマートフォン同士で送受信できるショートメッセージサービスのことである。
「今日は何限目からスタートなの」
優子はスタンプは少なめでメッセージも短めである。
「2限だよ」と返したらすぐに次のメッセージが届いた。
「そう、私は1限からでもう大学に着いているわ」区切れて次のメッセージ。
「終わりは?」
「5限」5限は18:15に終わる。今日、水曜日はCafeStaのシフトを入れるか悩む。5限は電車の時間を含めると
20時からの勤務がギリギリになるからだ。
少しだけ間が空いてから優子からの返信があった。
「私は4限で終わるからサークル見学してからバイトむかうわね」
了解 とスタンプを押して返した。