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駿河堂のブログ

オルタナ?メディア、もう一つの視点

 

Father(ファーザー)には、「神父」という意味もある。

 

イタリア語やスペイン語では、Padre(パードレ)。

また、敬称として名字の前にdon(ドン)を付けて、

「ドン~」と呼ぶことも多い。

駿河堂の所属するサレジオ会では、修道会創設者の

ヨハネ・ボスコを最初から「ドン・ボスコ」と教えられたので

それが氏名であるかのように思っていた。

 

かの有名な「ゴッドファーザー」での「ドン・コルレオーネ」は、

マフィア一家のボス(首領)といった意味合いが強かったのと、

日本では「~のドン」というと、その世界のボス、権力者という

意味で使用しているので、ドンやファーザーと「神父様」が結び

つかなかった。

 

しかし、本日・・・・

 

めでたくドン(ファーザー)と神父様は一体となって現われた。

 

ちゃらら ちゃらりら ちゃらりらり~

ちゃりら ちゃりらり ちゃりらりら~  ちゃらりら~・・・・・

(ゴッドファーザー「愛のテーマ」)

 

 

「私、悪い人です」

御年88才のカヴァリエㇾ神父様は、いつもそう仰って現れる。

ちょっと転んでしまい、お顔の部分が内出血してしまわれたとのことで

今日はサングラスをかけておられた。

 

・・・・かっこいい。

どーして外国人(コーカソイド)の方々というのは、こうもサングラスが

似合うのか。

しかも、イタリア生まれでアルゼンチン育ちの神父様、

「ゴッドファーザー」的なイメージがどうしても・・・・

真逆ではあるが、どちらも世間とは一線を画した未知なる世界。

未知かつ相対的なものが一気に目の前に両方現れると、

ついワクワクしてしまうのは、なぜ。

 

さてさて、それはさておき、

本日は神父様の手料理を御馳走になる日。

 

主日(日曜日)のミサ後、神父様指定のスーパーでご一緒に材料を

買い、修道院で調理開始。

お料理の手順を詳しく説明されながら、慣れた手つきで手早く調理。

 

(長身で大柄の神父様。キッチンがかなり小さく感じる。)

 

かなり美味しいにおいに、お腹がどんどん空いてくる。

「このにおいをおつまみに、お酒が飲める」

などと、思わずつぶやいてしまった。

 

そして・・・・完成!

 

 

「ペンネ ボロネーゼ ドン・カヴァリエㇾ風」

 材料

 ・パスタ(ペンネ)・パンチェッタ・牛ひき肉・玉ねぎ・人参

 ・セロリ・オリーブ・にんにく・トマトペースト・粉チーズ

 ・オレガノ・ローレル・黒こしょう・塩・ワイン・オリーブオイル

 

 *最大のポイントは、牛ひき肉を一番最後に炒め合わせること。

 

お祈りをして、さあ、いただきます!

 

 

マジ美味です!

あ・・・・、たいへん美味しゅうございました。

今日のメンバーは、もれなく皆さんおかわり。

食べきれなかった分は、家族への持ち帰り用に。

 

そして、食後はやっぱり濃いめのコーヒーを・・・・

 

 

神父様、次はバリスタまでも!

コーヒドリップの仕方まで、プロフェッショナルっ!

美味しいランチ、御馳走様でした。

 

 

久々に、とても豊かな食卓に招いていただいた。

皆で材料を買い、お腹を空かせながら一緒に調理し、

1つの食卓を囲んで食事をする・・・・

当たり前のようで、実は現代の生活においては、なかなかできない

食事風景となっている。

「時間どろぼう」(ミヒャエル・エンデ著「モモ」より)が

はびこる現代、簡単にお腹を満たすだけの食事が多い。

 

カトリックのミサは、広く知られている「最後の晩餐」と同様、

主従関係なく、一つの食卓を囲み、皆で食事をするという意味だ。

しかも、主であるイエス様自らパンをさいて弟子達にふるまう。

今日のように、神父様が食事を作り、私達にふるまって

くださったように。

こうした日常でも行えるミサ(分かち合い)によって、身体と心が

満たされ、育まれていくのだろうと感じる。

 

 

次は・・・・大好物のアンチョビを使ったパスタらしい・・・・

(アンチョビとなると、食欲しかわいてこない・・・・罪深いのか)

 

 

 

 

 

 

 

今年の海軍記念日は、

駿河堂にとって、大きな分岐点だった。

 

「捨てればごみ、分ければ資源」

・・・・この言葉が、ずっと頭に残っている。

そう、ここからの自分の歩む方向によっては・・・・

自分がごみを残すのか、資源を残すのか、

もっと突き詰めると、

自分がごみになるのか、資源になるのか、

くらいの重要な歩みとなるであろうと感じた。

 

 

年齢的には、いつどうなってもおかしくないので

終活をしつつあるのだが、

どうにも懲りないというか、自分でもよくわからないのだが、

ぼんやりと思い浮かんだことを、現実に形にしようとしてしまう。

うまく表現できないが、

明確な目標を掲げて、達成に向けて行動するというのではなく、

本当にそうしたいのかどうかよくわからないが、

気が付くと、既に行動しているという感じ。

もはや、ビョーキかもしれない。

 

新しく事を起こすというのは、常に「先立つもの」が必要で、

なんとなくいつも苦戦しつつ、足を踏み外さずにはいるが、

常に不安はつきまとう。

不安にばかりとらわれていると、身動きがにぶくなってしまうが

ビョーキな自分は、その不安さえも忘れていたりする。

近頃は、焦ることも忘れている。

 

ともかく、

ごみの分岐点にあるような年齢だけれど、

ゆっくりとアナログに、周囲の人々を大切にして

事を確実に責任を持って進めていこうとしているのを感じる。

 

新しい名刺も、

デザイナーさん、印刷屋さん、それぞれ別々に自分で依頼した。

というか、なんとなく気が付いたらそうなっていた。

名刺という、今でも廃れない昔からのツールに

こだわりを主張して作っていただいたのは、これが初めてだ。

しかも、

その名刺がご縁で、事務所近くの、今後たいへんお世話に

なりそうな、良い印刷屋さんに巡り合えた。

 

名刺もばらまくのではなく、受取っていただいた方のもとに

しばらく大切に残されるように・・・・

第一に人を、次に仕事を、大切に真剣に取り組んでいきたい。

 

(美しい刷り上がり。それなのに、びっくりするほどお安い。)

 

事務所を借りてから、

ゆっくりゆっくり準備している。

 

あまり妥協せずに物や考えを形にしていこうという、

駿河堂にしてはかなり「冷静」な行動が定着しつつある。

・・・・というか、更年期的症状が、うまい具合に?いつもの衝動に

ブレーキをかけてくれているようにも思える。

デスメタルな激しすぎるライブが、ゲリラ的に開催されるため

否応なく衝動は足止めされる・・・・。

薬剤が何も効かないことが多いので、自然に任せているが、

一番最近の症状は、今までで一番つらかった。

 

だが、

 

そのつらさの中で、昨年からずっと探し求めていたものが、

理想的な形で見つかったのだっ。

それも、ほとんど関連がないような方向から導かれた。

 

それは、子供達関連で必要だったため、ネットであるものを

取寄せたことに始まる。

「ベビー ロック」

・・・・ん?どこかで聞いたような名前・・・・

ああ、あれは「ベビー メタル」か。

 

 

英文字表記だと「L」と「R」の違いがあり、意味も違う。

だが、日本語では同じ「ロック」表記。

単純な駿河堂は、意味が違おうがなんだろうが、

すべてが「ロック(ROCK)」。

単純に、気分が揚がる。

全く違うジャンルにも、ロックが存在する嬉しさでいっぱいだ。

それに、

形状が、なんだかバンドみたいでいい感じ。

それぞれの糸が、リズムにのって規則的にからみ合い、

美しい縫い目を表現する・・・・

これって、やっぱりロックバンドと同じだよね。

 

 

しかも、

この機械用の糸を買いに、おつかいに行った時のこと。

事務所から一駅のところにある、老舗の手芸店。

その6階には・・・・

「ロック」がわんさか!

これほど羅列された「ロック」は、初めて目にする。

その6階の1区画は、およそ縁のないと思われた世界で

駿河堂に感動を与えてくれたのだった。

 

 

その時はまだ、求めていたある事業展開の取っ掛りを

旧体制のルートにゆだねるしかないか・・・・と7割がた決めていた。

どちらかというと、あきらめていたに近い。

悶々としながら、連絡せざらるを得ない責任感にかられていた。

そんな時、

デスメタルのゲリラライブが開催され・・・・

重要な予定とともに、その連絡の機会も吹っ飛んだ。

 

苦しみが多少おさまっている時、

連絡事項に対応するため、必死でスマホを手に取っていた。

そこには、ネット注文した「ベビー ロック」関連で、

「ベビー ロック」ブランド商品の広告が出ていた。

その広告には・・・・

求めていたある単語も載っていたっ!

クリックしてみると、

それはまさに旧体制に頼らない、直接の事業展開を可能にする

そのものだった。

 

駿河堂の展開したかった「ROCK」が、「ロック」によって

激痛を伴いながらも導かれた、幸福な瞬間だった。

 

この世界を、旧体制に任せるわけにはいかない。

 

 

かつて・・・

テレビ局があり賑わっていた街で

学生から社会人なり、世田谷に引っ越すまでの約8年間を

「波乱万丈?」に過ごした。

 

それから20年以上が経ち、ひょんなことから

同じ街に事務所を借りることになった。

しかも、

かつて住んでいたマンションの、道を挟んだ向側のビル。

 

古巣といってもいいのだろうか。

20年以上前とは、全く違う立場で古巣に戻ったのだ。

かつては独身と若さを謳歌し、怖いもの知らずだった。

今は・・・・

独身と若さと引きかえに多くの恵みを受けたが、責任と不安に縛られている。

しかも、仕事を展開していくにあたり、順調である保証はない。

 

だが、なぜだか単純に嬉しい。

よくわからないが、とても楽しみで仕方ない。

この場所、この街が好きかどうかもわからないのだが・・・・。

 

おそらく、ここで「自分」と向き合った時間が長かったためでは

ないか・・・・と思う。

独りの自由を得ていた反面、孤独である寂しさに耐える時間も

長かったわけだが、より自分を客観視できたと思う。

ここで「自分」が芽生えたといってもよいかもしれない。

 

半世紀を生きて、またここで何かを始められることは、

まだ何かしら自分を見つめ直すことや、できることがあるのかもしれない。

今まで、全く意識したことはなかったが、

ここは地名的には、何かを始めるにはとても縁起が良い場所だ。

 

実は、光回線の工事が混雑していて、まだ事務所として稼働はできて

いないが(笑)、ゆっくりと気に入った家具などを選び、組み立て、

独りでも、訪れる方も、少しでも安心できるような空間を・・・・と

準備しているつもり・・・です。

 

「春はあけぼの、やうやう白くなりゆく・・・・」

 

地名のごとく、ゆっくりと明けていくように、

老け行く馬車馬は、ゆっくりとスタートラインに着こう・・・・。

 

 

吉祥寺の美女様から頂いた、事務所開設祝いのマグカップ。

駿河堂のニックネームの頭文字「E」が刻まれている。

 

 

 

 

 

「10年ひと昔」と言います。

 

今日までの10年は、激動の10年でした。

そして、

きみがそばにいてくれる、穏やかな10年でした。

 

ボロボロになったお気に入りのタオル。

子供達の乳歯入れの小箱の隣の、きみの乳歯入れの小箱。

 

 

(2008年撮影)

 

 

きみが我家の一員になったのは、

まだ子犬の頃でした。

地下駐車場の薄暗さに、怖くてぶるぶる震えていたのを

今でもよく覚えています。

 

何をしても、全ての動作が可愛くて、

家族みんな、きみのとりこ ラブ

可愛いだけに、もの言わぬきみのことが心配で・・・・

 

犬の一年は、人間でいうと5~6年に相当するらしい。

昨年まで、

「同い年だね」

なんて言っていましたが・・・・

今日のお誕生日で、一気にちょっと追い越されることになります。

 

 

(2018年2月撮影。まだ9歳。大好きなお洗濯物の上で)

 

 

可愛い先輩、

これからもよろしくお願いいたします。

 

きみの温もりとともに眠りに就き、

きみの元気な「声」が目覚まし。

正確な腹時計で、ご飯をおねだり。

お散歩の前の、ふざけっこ。

 

毎日を、

大切にたいせつに過ごしていきましょうね。

 

のんのさん、10歳のお誕生日、おめでとうクラッカークラッカークラッカー

 

(2018年3月7日撮影。10歳になりました。寝てます)