しあわせの意味を探していた どこかにあると思った
そばにあったのに・・・・
しあわせの意味を探していた 見えない星見ていた
君の手を放しては
愛の意味も知らずに 探していたんだ そばにあったのに・・・・
(FTIsland 「SATISFACTION]より)
この曲を聴いた時、
とっさに「自分のことだ」と思った。
ピートさんが好きな韓国ロックバンドの曲だ。
(ロックバンドの少ない韓国、駿河堂も密かに応援している)
日本のことわざで言うところの、
「灯台下暗し」かな、と思ったのだが、
若干当てはまらない箇所もあるなと・・・・・
そこで、対義語となる
「井の中の蛙 大海を知らず」をもじって合体させて、
「井の中の蛙、足下を見ず、大海に出る(出ちゃった)」
という感じかなと。
・・・・まさに、おそらく、駿河堂の人生はそういう感じだ。
よくもまあ、命も失わずになんとかまともに?今までこれたなぁと
自分でも今更ながら不思議に思う。
これはひとえに、周囲の人と環境がしっかりしていたからに他ならない。
自分の場合は、運がいいとか悪いとかということではなく、
危うい場面で、何かしら誰かに助けられていたのだと感じる。
直接的、あるいは間接的に、誰かしらの目が注がれていたのだと。
そして、そろそろ・・・・
自分も、自分以外の人や環境に目を注ぎたいと思うようになってきた。
何度も助けられた義理は、生きているうちにちゃんと返したい。
大海を越え、砂漠地帯で一人でがんばっているピートさんに
ここからではメールで一言くらいしか言えないが
命の限り見守る覚悟だ。
10~20代の頃、「しあわせとは何か」を探していた。
好きな仕事をするとか、華の独身で生きることとか・・・・・
しあわせの中に、家庭という概念はなかったが・・・・
大海に翻弄され、辿り着いた島は、理想とは全く違っていて
最初は様々な抵抗を試みた。
島の周りの海の向こうに、別の「しあわせ」があるようにも
何度か思えたし、今でも思うこともある。
だが、
そろそろ自分の役割は、この島から大海へ出る若者を見守る方に
なってきているし、それを望み始めてもいる。
本当に若者が困った時には、
大海にあらわれる小島に、砂漠ではオアシスに・・・・
そんなふうになりたいと思うことが、
今の自分のしあわせの意味なんじゃないかな。
あ、
愛の意味は・・・・言葉では言い表せないが、近頃うっすらと・・・・
わかりかけているような気がする。
しかし・・・・
今回のキャンプ風景は、今まで以上に驚いてしまった。
以前から、造形は美しいが、毛むくじゃらのおじさん達の中で
よく過ごせるものだなぁと思ってはいたが、
今回は・・・・
うわぁぁ・・・・こ、こんなゴリゴリの集団の中に・・・・![]()
ピートさん、こ、ここだけは、何とか独りでのりきってください・・・。
(キャンプの様子→https://www.facebook.com/VaiAcademy/posts/)















