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湘南リメンバー、笑顔リメンバー♪

英語と手話と笑顔で、人とコミュニケーション、海ともコミュニケーションしちゃう日記

書きたいことはいろいろあるのですが、日記という意味で、読み終えた本について書き残しておきます。


Takeover/Lisa Black
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書評の評価が高かったので、Lisa Blackという著者の小説(ミステリー)を初めて読んでみました。



舞台は、オハイオ州クリーブランド。



閑静な住宅地域で男が殺され、法科学者のテレサは殺人課刑事たちと現場で調査を開始する。


被害者が連邦準備銀行の上級銀行検査官であることがわかり、テレサの婚約者で殺人課刑事のポールが聞き込み捜査のために連邦準備銀行に出向く。


ところが、その銀行に2人の武装強盗が押し入り、ポールと他の銀行員は人質になってしまう。



強盗犯人は銀行に立てこもりお金を要求したが、地元警察からはこれまでの交渉で、人質を死なせたことがないという記録を持つスゴ腕の交渉人が登場し、強盗犯人と交渉を展開する。


そんな中、テレサは、強盗犯人の痕跡からプラスチック爆弾の成分を発見した。


銀行に爆弾が持ち込まれているのか!?




…ここから先は、ネタバレになるので書けません。


著者は、実際に法科学捜査官の経歴を持つとのこと。



そのため、捜査の様子や犯罪場面の描写が詳しいです。



物語を読んでいて、映画のように情景が頭に浮かぶほど現実味を帯びているので、ストーリーにグイグイ引き込まれます。


本作品でのテレサは、ケイ・スカーペッタ(「検視官」など)のような冷静な分析家タイプではなく、もっと衝動的、行動的なキャラクターです。



ちょっと話の展開に強引なところもありますが、犯人たちの狙いが終盤まで分からないことにより巧みに緊張感が持続されます。


そのうえ、動機の意外性、冒頭の撲殺事件の謎解きの要素なども加わって、最後まで楽しめました。



英語も分かりやすく、十分にオススメできる作品です♪

昨日は、会社での仕事を終えた後、国際手話通訳・ガイド協会主催の講演会に行きました。


講師は、Lori A. Whynotさんと言うアメリカ人の手話通訳者で、テーマは、「オーストラリアの手話通訳制度とろう手話通訳」


講師は現在オーストラリアの大学院博士課程に在学中なので、このテーマが選ばれたのでしょう。


でも、話の内容の大半は、アメリカの手話通訳制度の歴史と現状についての説明でした。


Loriさんは健聴者なので、英語で話してくれれば、大体は問題なく理解できるのですが、あいにく声を出さないでASLをまじえた(らしい)国際手話で講演をしました。


僕は、国際手話で知ってる単語はまだ少しだけなので、日本人のろう通訳者の通訳による日本手話を読んで理解しました。


因みに、ろう通訳者は、砂田武志さんと(かがやき手話ニュースの)石川絵理さんでした。お疲れさまでした。


アメリカ合衆国には、約13000人ほどの認定手話通訳者が居て、その中には300人~400人(推定)のろう手話通訳者(Deaf Interpreter(DI))が居るとのこと。


日本語では、DIのことを一般に「ろう手話通訳者」と訳していますが、英文資料を読むと、実際にはろう者だけでなく難聴者の通訳者を含んでいます。


健聴手話通訳者(Hearing Interpreter(HI))と違って、DIの人たちは、現行制度上(おそらく試験制度上の問題と思われる)まだ手話通訳者としての公的認定は受けられません。


このあたりは、アメリカでもまだ課題がありますね。


しかし、全米手話通訳者登録協会(Registry of Interpreters for the Deaf(RID))では、ろう手話通訳者について独自の認定試験を行って認定・登録しているそうです。


ろう手話通訳者の通訳活動の方法としては、必ず健聴者とペアになります。


そして、聞き取り通訳の際は、話者の音声を健聴通訳者が手話でろう手話通訳者に手話で伝え、それをろう通訳者がろう者に対してより分かりやすい手話で通訳します。


逆に、読取り通訳の際は、話者のろう者の手話をろう通訳者が正確に読み取って、(おそらく中間手話で)より英語に通訳しやすい手話に変えて健聴通訳者に伝え、それを健聴通訳者が健聴者に分かりやすい音声英語に通訳します。


いわゆるリレー通訳ですから、多くの場合には完全に同時通訳で進めるのは難しいのではないかな?

なお、オーストラリアでは、ろう通訳者はまだ居ないそうです。


日本では、すでに日本手話、アメリカ手話(American Sign Language(ASL))、国際手話(International Sign Language(ISL))、それぞれのろう手話通訳者が何人かずつ居ますが、これから増えて活躍の場が広がるといいですね。


講師のLoriさんにPCアドレスを教えてもらったので、さっそく今日丁寧にお礼のメールを送りしました。


「できれば、昨日の講演会で見せてくれたパワーポイントのファイルを送ってくれませんか?」

というあつかましいお願いを添えて(^ ^;


果たして、くれるのでしょうか?


結果は、後日ご報告しますね♪


あ、そうそう、いつものとおり帰りは、一緒に参加した手話通訳士仲間ふたりと飲んで語り合いました(^o^)v

別の話題です。


昨日は英語検定試験がありましたね。



先日横浜を案内した関西のろう者友人の一人に妹さん(Xさん)がいます。

Xさんも生まれつきろう者なのですが、大変勉強が好きとのことで英検2級を取得しています。


そして、ナント!昨日Xさんは英検準1級を受験しました!


日本の学校教育、英会話スクール、市販の学習教材などの現状を考えますと、耳が聞こえない人たちにとっては、学習の上でとても機会均等には程遠い大きさのハンディがあります。



そんな中で、Xさんは40歳近い年齢で英検準1級受験まで辿り着きました。


スゴイ!


お会いしたことはありませんが、健聴者の自分が恵まれた条件にありながら努力不足であることに恥ずかしくなります(そう思いながらも、まだ怠けている自分が居ます(^ ^;)


皆さんの中には、Listening試験はどうするんだ?と疑問を持たれる方もいるでしょうね。


聴覚障害者であることを英検協会に事前申告しておくと、受験会場では、聴覚障害者だけ別の教室に分けられ、Listening問題は音声のスピードと同一の速度で文字で示されて読み取る方法を採るそうです。



考えてみれば、ネイティヴの聴覚障害者にしても、英語を聞き取るのではなく目で読み取るわけですから、なんら違和感のない試験方法ですよね。



二次の口述試験は、自分の声に出して答えなければいけないので、スピーキングについては、英米人の先生からマンツーマンの指導を繰り返し受けたそうです。


これ、英語のナレーションにまとめる試験ですから難しいんですよ(汗)

これも、ネイティヴの聴覚障害者レベルの明瞭性ある英語ならば合格して良いのでは、と個人的には思っています。


それで、感心したことに、あらかじめ聴覚障害者であることを申告しておいたので、英検協会側が手話のできる試験スタッフを配置しておいてくれたそうです。


このように、他の資格試験とは違った、いろいろ柔軟な教育的配慮をしてくれているんですねぇ~♪


そのスタッフさんは、大学時代に手話を勉強したが、卒業後に実際にろう者と会って手話で話したのは初めてだと、張り切ってくれたそうです。


試験会場ながら、温もりのあるコミュニケーションを感じて、なんか心が和みます。

合格して来月の二次試験に頑張って欲しいなぁ~!


ガンバレー!


あ、他人のことより自分も勉強しろ!って?(笑)


おとといの土曜日、友人が主催する手話勉強会に参加してきました。


その友人はCODA(ろう者の大人(両親)に育てられた健聴者:Children of deaf adultsの略)です。



彼は手話が堪能なので、あるSNSで手話勉強会のコミュを運営しており、時々カフェなどに集まって初級・中級向けの勉強会や手話交流会を開催しています。


僕は今回初めて学習進行のお手伝いをするために参加しました。

難聴者6名、ろう者2名、そして健聴者7名の合計15名が参加し、2グループに分かれて2時間ほど勉強しました。



初級グループを担当した僕は、ろう者一人の方と一緒に進行を勤めました。



全員と初対面でしたし、参加者間に最大36歳の年齢の差がありましたが、とっても和やかに笑いながら勉強できてホッとしました。



手話講習会に通われている方、手話サークルに通い始めたばかりの方、独学の方など個々のご都合に合わせて手話を勉強している皆さんですが、一様に熱心さがこちらまで伝わってきて感激しました♪



僕としても、日頃の手話通訳活動や研修会などでは得られない貴重な勉強をさせてもらえました。

特に、ご一緒したろう者の方が、静岡県と愛知県で育った方だったので、期せずして東京の手話表現と違う表現の実例を紹介できました。


とっても楽しかったので、こういう機会がもっと欲しいなぁ~、と思っています。


それから、やっぱり難聴者の方々から、手話学習の機会が乏しいとの声が出ていましたね。


全国各地の手話講習会は、基本的にどこも手話通訳者養成を最終目的として運営されています。


したがって、受講者が健聴者であることを想定した(厚生労働省認定の)カリキュラムに従っています。



健聴者講師の説明は口頭ベースで要約筆記は付きませんし、実技の練習としては、日本語を耳で聞きながら手話に換えて表現する(聞き取り通訳)の練習の比重が高いです。


これらは、難聴者が(通訳者ではなく)障害当事者のコミュニケーション手段として手話を学習するには適してません。


手話サークルでも、運営方法や勉強方法が上記と似たような面が多いと聞いており(自分の所属するサークルも同様です)、まだ十分に手話を習得していない難聴者の方々には困難が伴うようです。


ですから、難聴者向けの公的な手話講習会や自主的な勉強会がもっともっと増えて欲しいですね~。

そんなわけで、特に難聴者向けの自主的な勉強会については、僕ももっと何かお手伝いや企画ができないものかと思案中なんです。





大学時代の思い出ですが、友人たちと話していて、僕が「物を片付ける」ことを意味して、「それをかたしてから…」と言ったら、西日本出身の同期生たちや千葉在住の後輩が不思議そうな顔をして、「何それ?『かたして』ってどういう意味?」とたずねてきました。



それで、初めて知ったのです。



僕が幼い頃からずっと馴染んできていた「かたす」という単語が、実は主に東京地方で使われる方言だということを。



本当にビックリしました~!



そういえば、テレビ、ラジオのニュースなどの放送では、アナウンサーは、みんな東京弁で話しています(ここでは大雑把に言います)。



東京弁が共通語であることは認めざるを得ないが、東京弁を標準語であるとまで言うことには反対だ、といった意見も他地域の方々の中にはあるようですね。


なるほど、と理解できます。



手話の場合も同じで、固有の言語ですから、背景となる地域の文化の影響を受けて成り立っています。



ですから、手話は、国や地域によって表現方法が異なります。




例えば、



「名前」を表す手話は、関東では一般に、左掌に右手親指を付ける(拇印を押すイメージの)仕草をします。



これに対して、関西では「名前」を右手の親指と人差し指で作った輪を左胸に当てます(名札やバッジのイメージ)。



また、「わからない」という手話は、関東では右掌で右胸を2回軽く払い上げる(胸の中に入っていかないイメージの)仕草をします。



これに対し、逆方向に払い下げる仕草で「わからない(知らない)」を表す地域もあります。



さらに、北海道では、「わからない」は、左右それぞれの親指と人差し指で作った輪を繋いでからパッと離す仕草をします。


これは、他の多くの地域では「関係ない」という意味を表す手話です。


ですから、北海道の人が「あなたの話はわからない」と手話で表すと、他地域の人は「あなたの話は関係ない」と読み取ってしまうおそれがあります。




違う地域の人が自分の知っている手話表現(に見える手話)をしても、その言葉を共通の意味で使っているのかどうか、注意が必要なわけです。



日本全国の各地域で行われている手話講習会では、その地域に住むろう者が使う手話表現を尊重して指導しています。



地域性を優先しているため、手話は、日本語の話し言葉ほどには共通化(標準化)が徹底されていません。



そこで以前から気になっていることがあります。



NHKで放送されている「手話ニュース」という番組のことです。



出演しているろう者キャスターの中には、山口県、静岡県、福島県、山形県、東京都などさまざまな地域出身の方がいます。



ですが、ニュースに使っている手話は、東京で使われている手話表現であって、他のある地方特有の手話表現は使われていないように見えます。



「この手話を地方のろう者の人たちが見て、ぜんぶ正しく理解できるのかなぁ~???」というのが、僕の疑問です。



それで、先日の日記に書いた横浜散歩の折に、関西のろう者たちに質問してみました。



彼らの返事はこうでした↓



NHK手話ニュースは、たまにしか見ない。

キャスターが使っている手話表現を見ると、ときどき自分の知らない表現、文脈がつながらない表現、新しく作られて広まっていない手話が出てくる。

それでも、自分は字幕で内容を理解できるから良い。

でも、日本語の文章が苦手な高齢のろう者などは、キャスターの手話だけしか見ないので、ニュースの内容を誤解してしまっている場合がある。

現に、放送を見て、地域の手話と間違えて読み取って誤解していた友人に対して、自分が訂正して説明してあげたこともあった。」



東京のろう者の間では、このような意見を聞いたことがありません。

せいぜい新しい手話表現に対しての不満くらいでしょうか。



ですから、伝わらない部分は、手話キャスターの責任ではありません。



むしろ、音声放送と同じように東京弁で放送していることによる弊害と言えますね。

仕方ないことですが。



地方で手話を学んでいる方々の中には、NHK手話ニュースやネットの動画を教材にしている方も沢山いると思います。


僕もネットの動画はよく見ています。



その際には、地域特有の手話表現があること、また、その人個人の手話のクセなどもあることを念頭において、注意深く検証しながら勉強されることをお勧めします。



もともと素晴らしい手話表現を見せてもらっているわけですから、正しく活用しさえすれば、すごく勉強になると思います。



手話の地域性、実はこれ手話通訳にとっても、非常に大きなハードルなんです(^ ^;







今日は、スマホを家に忘れて出てしまい、大事な大事なメールを出すことができませんでした。


仕事ではなくプライベートとは言え、自分の間抜けさに腹が立つやら、哀しくなるやら、かなりブルーです。。。


いつまでも成長しないままいたずらに歳を重ねてきている自分。。。

もしももっと若い自分に戻れたとしても、やっぱり変われないのかな?

そういえば、10代の頃からずっと、「若さは個性とは言えない。若さに自惚れても意味がないとは思ってきました


生きている限り、ある期間は誰でも平等に若さを手にしていることができますから。


幼くして成熟していることや、中高年なのに心身ともに若々しいことの方が、よっぽど個性を感じます。


とは言え、若さはやっぱり魅力ですし、強みでもありますよね。


今日、次の言葉を見かけました。


「若さという武器がなくなった時に、自分がいかに小さくて何もない人間かがわかる。」


この言葉は、胸に突き刺さりました。


ずっと以前、「若い内にしっかり学んで実力を身につけなければならない」といったような事を度々言われましたっけ。


これは、若さと言う武器を失う前に、他の武器を手に入れなければいけない、だから一生懸命に勉強し修行しなければいけない、という教えなのかもしれません。


そう解釈しても間違ってはいないでしょう。


でも、だからこそ僕は思うんです。


現に若さという武器を失ってしまった者こそ、自分自身や世の中に対する責任は増している筈だから、他の武器を得るために、若い時以上にもっと一生懸命に何かを学んだり、練習したりしなければいけないのではないだろうか、と。


あ、それは僕だけ?(^^;


他のみなさんは、もう他の武器を手に入れているから必要のない話なのかも…

僕の場合、足りないものは沢山ありますが、一番不足しているのは努力なんですね、きっと。。。

わかっちゃいるんですが(>o<)

先日ここで紹介したミステリーの本、Penny Warner著の“Dead Body Language”では、物語の主人公が中途失聴者であるため、聴覚障害や読話、手話、補聴器に関しての描写が頻繁に出てきます。


アメリカのアマゾンのサイトを見ると、この本は、何人ものdeafの読者や、手話のクラスで課題図書に指定されたので読んでみたという健聴者が、レビューを書いています。

聴覚障害者の様子が正確に描写されている本として評価されていることが改めて確認できます。



考えてみると、私たちの学校での英語の授業や、市販の英会話テキストとかには、聴覚障害に関わる英単語や英語表現については取り上げられていませんよね。

ですから、この本に実際に出てくる文の数例をこれから数回に分けて日記でご紹介しようと思います。



短い文ながら、聴覚障害者の生活の一端を理解することに役立つと思います。

さらには、聴覚障害の当事者の方にとっては、ご自身について英語で語る表現のご参考になるのでは、と。



そこで、先ず今回は、一般的な用法としての基本単語を以下に幾つかご紹介しておきます。


聴覚障害 hearing impairment(日本語の「聴覚障害」と同様に総称です。)



難聴 hearing loss

聴力レベルの程度によって軽い方から順に、mildmoderatesevereprofoundといった形容詞が前に付けられることがあります。

私は難聴です I’m hard of hearing.



なお、日本で外来語として使われているデフ、つまりdeafは、英語ではろう者にも難聴者にも厳密な区別なく使われています。

ただし、手話を第一言語とするろう者だけが、固有のアイデンティティとして大文字で始めるDeafを用いるべきだと考える人たちもいます。

学術的あるいは法律上の定義として確定しているわけではありませんが、文化論としてはかなり広まっている主張ですので、deafDeafは使い分けた方が良いでしょう。



補聴器 hearing aid
耳掛け型補聴器 Behind-The-Ear (BTE)
耳穴型補聴器 In-The-Ear (ITE)
補聴器を着ける wear a hearing aid

読話(読唇術) lip reading

筆談 writing
筆談する communicate in writing


手話 sign language



手始めには、こんなところでしょうか?


なお、浅学未熟な身ですので、お気づきの点がありましたら、コメント欄にてご教示頂ければ嬉しいです。













昨日は、関西から遊びに来たろう者の友人たちと横浜を歩きました。

古い神奈川県庁の建物の前に連れて行き、歴史ある県庁の青銅の表示板を見せると、友人たちは期待通りの反応を示してくれました。


湘南リメンバー、笑顔リメンバー♪-横浜県庁


↑写真のとおり、県庁の「庁」の古い漢字は「廳」です。

役所は、人の相談や要望を聴くことが本来の仕事だから、もともとこの漢字が使われているんですね。
「庁」という今の漢字だと、役所のあるべき姿を忘れがちになるかも(苦笑)

歩き疲れて一休みするために案内してのは、ホテル・ニューオータニイン横浜の中にある「The Sea」というカフェ。
窓からの眺めが素敵で、気に入ってるお店です。

本当はデートで行きたいスポットですが、僕にはなかなか縁がないようで…(^^;


↓写真は、この店自慢の2名用アフタヌーンティーセット(僕はコーヒーでしたが)。
甘過ぎない美味しさで、う~ん、手が止まらない~!(^o^)

湘南リメンバー、笑顔リメンバー♪-Afternoon Tea Set


そして、帰り際には、ナント!友人達から高級ウォッカのハーフボトルをプレゼントされました♪
このウォッカ、その名も「ヴィンセント・ヴァン・ゴッホ」↓




湘南リメンバー、笑顔リメンバー♪-Vodka Gogh

透明な液体越しにボトルの中に5点のゴッホの名画が見えるんですヨ。
インテリアとして飾って置くのも素晴らしいです。
今週末の土日2日間には、手話通訳士試験(手話通訳技能認定試験)がありますね。

受験される皆さん、体調を万全に整えて、試験に臨んでください。

二日目の実技試験は緊張するかもしれませんね。

でも、試験は自分自身に対してのみのコミットメントです。

つまり、皆さんが日頃引き受けているどんな簡単な手話通訳や手話サポートよりも責任は軽いのです。

ですから、伸び伸びと全力を出し切ってください。

ちなみに数年前の話ですが、僕の場合、一日目の学科試験に向かう雨の朝、家から駅に着いた時、改札口の前で見知らぬ女性から声をかけられました。

「あの~、落ちてますよ。」

これって、試験本番の日に絶対聞きたくない言葉です!(驚)
指差された所を見ると、僕の傘の袋が落ちてました。

縁起でもない...と思いながら、ホームに降りて電車に乗り込もうとすると、また別の見知らぬ女性から声が...。

「あの~、落ちてますよ。」

また傘袋を落としてました(泣)

試験会場に向かう途中で合流した通訳仲間にその話をしたら、ゲラゲラ笑われましたっけ。

それで開き直ったお陰かどうかわかりませんが、幸い合格しました。
落ちてませんでした(笑)

ゲラゲラ笑ってた仲間も合格して、こんなお礼(?)のメールをもらいました。
「試験の朝はすごく緊張して家を出たけど、〇〇さんの可笑しな話で大笑いして少しリラックスできた。ありがとう。」

これから受験される皆さんも、↑の話を思い出して、笑って試験に向かってくださいね(^^)v

日曜日、月曜日と体調が悪くて一食もできませんでした(涙)

おかげで、ズボンのウエストがユルユルです。

断食か…(^ ^;)



昨夜は、仕事の後で、来年東京で開催される全国障害者スポーツ大会での手話通訳ボランティア向け研修会の第5回目(最終回)に参加しました。


聴覚障害者が参加する競技種目を中心に主要用語の手話表現とルールのおさらい。


例えば、スポーツでは、「ゴール」という語がよく使われます。


でも、サッカー、バスケットボール、ラグビー、陸上競技、競泳など、それぞれの種目で「ゴール」の形や動作が違いますから、当然手話表現も異なることになります。


同様に「サーブ(サービス)」と言っても、バレーボール、テニス、卓球では違うし、

「ドリブル」もサッカー、バスケット、ホッケーで違う…



というように、ある日本語に対して機械的に当てはめた手話単語を使うのではなく、現実の様子に応じた手話表現をする必要がありますね。


こういうのって、面白いと思いませんか?

僕はスポーツが大好きなので、楽しいです。


もちろん、スポーツ用語だけでは通訳はできません。

場内アナウンスとか、会場での受付、案内など、いろんな場面がありますが、それでも、なんとなくウキウキしちゃうのは、性格が単純だから?(笑)


その後で、大会で演じられる2曲の歌の手話通訳を練習しました。

全国障害者スポーツ大会は、耳の聞こえる障害者が沢山参加するので、セレモニーの中で大会の歌などが合唱されます。


そこで、聴覚障害も持つ選手、大会役員、観衆のために歌詞の手話通訳が必要になります。

僕の周囲のろう者の人たちも、やっぱり手話歌を好まない人が多いので、普段は手話歌をやることは殆どないのですが、こういった行事の場で歌詞の手話通訳をすることはあります。


あ、そうですね。

手話歌を楽しんでいる皆さんには申し訳ないですが、正直なところ、多くのろう者は、手話歌が好きではありません。


メロディーが分からないのに、(健)聴者が楽しそうに手話で歌っているのを見せられても、手話表現に無理があってろう者には意味も掴みづらいし、共感を持てない…という意見をよく聞きます。

(ただ、行事やサークルなどでは、遠慮もあってハッキリ不満を言わないみたいです)


ですから、手話歌はいわば「ろう者ではなく、聴者が歌を楽しむための歌い方の一つ」と理解してもらいたいです。


そう認識したうえで聴者の間で楽しむのであれば、全然問題ないです。

どんどん楽しんで下さって良いと思います。



意味のこじ付けではなく、振り付けした変形ではなく、正しい手話表現を覚えれば、さらに有意義になるのでは?