湘南リメンバー、笑顔リメンバー♪

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英語と手話と笑顔で、人とコミュニケーション、海ともコミュニケーションしちゃう日記

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先日、あるコラムで、"take one leave one library "についての紹介を読みました。


これは、一般にはLittle Free Libraryとも呼ばれているそうです。


take one leave one


写真のように、さほど大きくない木箱に本が並べて入れられているものです。
それが屋外に置かれ、誰でもその木箱の中の本を1冊無料で持ち帰ることができます。
ただし、代わりに自分の持っている本を1冊木箱に入れる、という仕組みです。
いわば、返却不要の小さな青空図書館ですね。

2009年に、アメリカでトッド・ボルという人が最初に作ったそうです。
それが、人々に共感を広めて、世界の各地で似たような「図書館」が出来ているのだそうです。

自分が人に働きかけをするだけでなく、人がまた他の人に働きかけをする場を作る...
素敵なことですね。

特に、読書って、本来は純粋に自己完結型の営みですよね。
自分一人の楽しみで済ませるのが普通です。
それが、人や地域の交わりに繋がるところが意義深いです。
こういった形も、なかなか素敵なコミュニティです。

この仕組みをヒントに、本以外のことで自分も何か出来そうな気がしてきています。
ただ、まだアイディアがまとまらなくて、悩んでいます(^^;
一昨日の土曜日は、最近では珍しいくらいの良い日和でしたね。
そんな中、「世界こどもの日・チャリティウォーク&ラン2015」というイベントに参加しました。

日比谷公園公園に集合して開会式。
その後、桜田門に移動してから、ランとウォークをそれぞれスタートしました。
途中、幾つものスポットで立ち止まり、ガイドさんが興味深い説明をしてくれました。
また、4箇所に待機しているスタッフからクイズが出され、正解するとスタンプが貰える趣向も凝らされていました。
クイズは全部世界の子供の人権に因んだ問題で、勉強の意味もありました。

例えば、
世界に0歳~18歳の子供は何人いる?
答:22億人
学校に行けない子供は何人いる?
答:5800万人
児童労働をしている子供は何人いる?
答:1億6800万人
といった問題でした。
う~む、いろいろ考えさせられます。

「世界の子供の人権を守ろう!」という大きなテーマを掲げたこのイベント。
しかし、毎年参加してみるとたかだか数百人しか集まりません。
国連まで出向いて人権保障への要望を提出したり、発表をしているこの団体の活動資金を充たせないのでは...❓❓❓
心配になります。

だからこそ、毎回参加して協力したいと思うのです。
僕だけでは、顕微鏡で見ないと分からない程度の微々たる力ですけど。。。

そんなワケで、今年は手も動かさず、さりとて口を動かすこともなく、黙々と5㎞のコースを歩いてきました。

世界こどもの日チャリティ

先月、ある大きなイベントで手話通訳をしました。

事情があって、今回は一人だけで通訳を担当しました。


写真はその開会式の終わり近く、キャノン砲でビニールテープが発射された直後の様子です。
こちらから向かって右端に、一人ポツンと立っているスーツの男・・・ 僕です(^^;

翌週も別の場で通訳をしましたが、自分が写っている写真を目にするのは、ホント珍しいです。

あんまり見たくもありませんし(笑)
この写真は、たまたまネットのニュースに出ていました。





それから、

一昨日は、雨でしたが、ずっと気になっていた「モネ展」に行きました。
美術館って、映画館に次いで雨の日デートの鉄板スポットじゃないですか。

そこに男一人で行くというのは、かなり高いハードルだったのですが(泣)

一人雨の日美術館、決行しましたヨ…(^ ^;

そして、予想通り、激混み!

超カップルだらけ!

お目当ての絵が2つ出展されていなかったのは残念でしたが、それでも期待以上に感動しました♪


母の回復が順調なのことに勇気付けられて、自分自身に対して欲が出てきました。

先週の土曜日、友人の出演するお芝居の舞台を観に行きました。
小さな劇団の小さな舞台。。。
それでも、予想を遥かに上回る良い内容と素晴らしい演技に感動しました。
生計に苦労しながらも役者の夢を追い続ける友人の姿を目にする度に、胸に熱いものがこみ上げてきます。

その翌日の日曜日には、ある検定試験の3つの級の試験監督をしました。
30分、あるいは1時間以上も前からテキストや問題集をチェックしながら立って開場を待っている受検者の皆さん。
小学生からお年寄りまで目を輝かせて試験開始を待つ顔、顔、顔。
下半身と左半身が不随の車椅子の受検者が、右手だけで試験問題の冊子をめくり、マークシートに解答している真摯な姿もありました。

「ああ、俺はいったい何をしているんだ?」と思いましたね。
もちろん、試験監督をしていたんですが…(笑)

”どこでもないどこか”へと行く僕の旅は、確実に終わりに近づいていきます。
だから、僕は足を止めるわけにはいきません。

日頃尊敬している友人から、今後の生き方のヒントをもらいました。
それで、自分がワクワクを感じるやりたい事を書き出してみると、軽く10個以上出てきました。
これをこれからやっていきます。
とにかく、ワクワクすることをしないと、生きている甲斐がありません。


今日9月4日は僕の誕生日です。



大切な人にもらったバランタイン17年のスコッチ...

大事に残しておいた香り豊かな名酒。

仕事が終わって帰宅したら、これを飲みながらひとりでバースデーを祝いましょう。
今日、久しぶりに会ったろう者と積もる話に花を咲かせました。

↑なんと日本的な表現なんだ!
英語でも手話でも、直訳じゃ伝わらないだろうなぁ~

で、しばらく話していて気づきました。
堅い話を真面目に語る時よりも、ジョークや楽しい話をしてる時の方が、手話表現(顔などのNMS=非手指表現を含めて)が豊かな気がします。
話相手のろう者からもそう言われました。

もしかしたら、相手を喜ばせよう、笑顔にしようと思っている時、コミュニケーションが豊かになるのかも。
もしかしたら、相手を喜ばせよう、笑顔にしようと思っている時、人は建設的な営みが出来るのかも。。。

簡単なようで、僕は忘れがちです。
おととい両親の家に行ったら、懐かしい写真を見せられました。

若くて生命力のある母の写真(前掲)。

子供の時の自分。

今の自分から当時の幼い自分に向かって
ガンバレ!

励ましたくなりました。



で、じっと見ていたら、写真の中の自分から
ガンバレよ!

と逆に励まされてるような...

人はどうしても独りぼっち...いつもそう感じていたあの頃。

ずいぶん長い旅をして来ました。
どこでもないどこかを...
宇宙は光の速さで膨張している。

僕たちは、どうやっても世界の果てにたどり着くことはできない。

それでも、人は何処までも行けるキップだけは持っている。

そうやってこの果てしもなく広い世界のどこでもないどこかを、人はそれぞれ旅している。

だから、人はどうしようもなく独りぼっちだ。

でも、この広い世界の離れ離れに生きているように感じる僕たちも、大きな宇宙の視点から見たら、すぐ隣りに寄り添い集まって暮らしているように見えるだろう。

やっぱり人は助け合い支え合って生きていくものなのだろう。。。

先月医者から母の子宮頸がんを告げられました。

正直、今でも実感が湧きません。

生きていることのありがたみ、みたいなことさら殊勝な考えもありません(すみません)

ただ、頭の中のどこかでいつも何をしている時でも、「おふくろ、ガンバレ!生きろよ!」という思いがあるように感じています。

母は、抗がん剤を投与されるとグッタリ弱りますが、日にちが経つと元気を取り戻し、普通に家事をこなしているので、ちょっと安心。

まあ、これからまだまだ長い旅になるでしょう。

元気に長い旅をして欲しい。




平日は、両親夫婦二人だけで暮らしているので、休日の一日は両親の顔を見に行ってます。

もともとベタベタくっついている親子ではなかったので、今の状態くらいではまだまだ休日2日とも行く必要はないかと^ ^;)(オイオイ!)


ともかく、この広い世界で親子3人のチーム…僕たちらしいかも。

佐村河内さんの記者会見を見て、というか記者たちの言葉を聞いていて、とっても残念な気持ちになりました。

佐村河内さんがやった偽りの行為については僕も憤りを感じてます。
ですが、彼を糾弾するマスコミの人たちは果たして「聴覚障害とはどういう状態なのか」正しく学んで理解した上で取材したり記事を書いているのか?

正直言って、大きな疑問を感じます。

WHO(国連世界保健機構)では、聴力が40デシベル以上の数値の人は補聴器を付け聴覚障害者として、社会保障の対象者とすることを推奨してます。
これを受けて、欧米をはじめ多くの国では国の聴覚障害者認定の基準を40デシベルと定めています。
むしろそれよりも低い数値を認定基準にしている国もあります。
ですから、彼の50デシベルというのは、普通にみて「聴覚障害者」に当たる聴力なのです。

ところが、日本では、両耳とも70デシベル以上の数値でないと聴覚障害者として公に認定されません。
なぜなら、
身体障害者福祉法で定める6級(障害者手帳を交付する最低基準)に当たらないからです。
つまり、他国では聴覚障害者として認定されて保障されるはずの聴力の人たちが、日本では健聴者と同じに見られてしまっています。

差別視されないことは良い面もあるのでしょうが、

実際には、数多くの人が社会生活上の不利益を解決されないでいるわけです。

ではなぜ、日本の身体障害者福祉法を改正して国際水準に合わせないのでしょうか?
僕が思うには、もしも聴覚障害者の認定基準を40デシベルに下げると、身体障害者手帳を持つ人が急増し、障害者年金、障害者手当の給付の財源を確保するのが大変だから、政府が消極的なのだと思います。
なので、これは難聴の方の社会生活でのご苦労は、そもそもが個人で解決できない、政治的な判断の問題に大きく影響を受けているのです。

こんなはっきりした事実を知らない人が世の中にはたくさんいるのではないでしょうか。
佐村河内さんを糾弾する記者たちの中にも。

なぜ彼が2級手帳を持つ「ろう者」として長いあいだ人をだませたのか?

もちろん彼自身に責任はあります。
でも、普段彼とたびたび接しながらだまされていた人たちには、果たして「聴覚障害」、目の前の「聴覚障害者」を、本当に知ろう、理解しようという気持ちがあったのでしょうか?

そんなわけで、このニュースをきっかけにして、個人を責めるだけで終わらせず、聞こえない、聞こえにくい方々の持つ悩みを理解する人が増えることを望みます。

なんか、偉そうなトーンになって見えてしまったら、ごめんなさい。
そういう僕もまだまだ勉強中です。


久しぶりに書き込みます。


今日は、男女平等に関する市の条例説明会の手話通訳をしました。

僕が住む市は、東京都内ながらまだ雪がいっぱい残っている地域です。
スーツに革靴の服装で歩道の雪を踏みしめながら、会場の公民館に行きました。

予想した通り参加者はあまり多くなかったのですが、年配の方々や、知り合いのろう者の方の顔も見えたので、頑張って通訳しました。

抽象的な日本語でも、手話ではひと目でわかるような具体的な表現をする必要があります。
今日の説明では、条例に出てくる用語として、例えば、同性愛など性的対象の関心の多様性を意味する「性的指向」、性同一性障害を意味する「性自認」といった抽象語について話されたので、内容を噛みくだいた手話に変えることに苦労しました。
お役所の説明会ですし、条例の内容なので、あんまりストレート過ぎたりカジュアルな表現にするのも不適切ですし…(^^;

終わってから、ペアを組んだ通訳者さんや、説明を聞きに参加した手話仲間たちとカフェでスイーツを食べながら話を楽しみ、疲れが癒されました。

通訳する度に、いつもいろいろ反省が多く、自分自身で合格点を付けることができたためしがありません(泣)
本当に、まだまだ勉強不足、技量不足です。

でも、手話仲間やろう者、難聴者の友人がいることでスゴく励まされ、前に向かって行ける気がします。

それに、やっぱり手話は大好きです。
この鈍感なくらい楽天的な性格は良いのかなぁ~、悪いのかなぁ~?(笑)