心理カウンセラーの魔法の子育て -14ページ目

心理カウンセラーの魔法の子育て

心理カウンセラーから見た子育てのポイントと、ただの日記。NLPやコーチング、潜在意識など、最新の心理学理論を子育てに活用しましょう。

目を覚まして、コーヒーを煎れて静かな朝を迎えようと思ったら、幼稚園に行ってる娘が勢い良く帰ってきた。

冬休みが近づいたこの時期は、どうやら幼稚園も午前中で終わるようだ。

娘は一目散に僕のところに駆け寄って、ガチャガチャと変な踊りをしてこっちの気を引こうとしている。

静かな朝は一瞬でどこかに行ってしまった。

やれやれ…と僕は思う。(村上春樹的に(笑))

でも、このやれやれ…を喜んでいる自分もいる。

自分の人生が自分自身によって隅々までコントロールされてしまうことに、どこか飽きてしまっていたのだと思う。

自分の日常の小さなコントロールやこだわりが、愛する人の喜びや溢れる生命力によって侵食されていくことの心地良さを味わっている自分がいる。

やれやれ…。

この諦念の持つ心地良さこそが、僕が結婚や家庭を持つことで得たとても大きなギフトであるように思う。

『諦念』

辞書で調べてみると

2 あきらめの気持ち。

とある、そうそう。その意味で使っていた。

でも1は違った。

1 道理をさとる心。真理を諦観する心。

とある。まさかこんな意味を持っていたとは…。

もっと調べてみると、「諦念」とは元々は仏教用語で、世の中の森羅万象の全てが関係し合い、その関係の中において自分が生かされてるということを悟っている心のことを指すようだ。

なるほど確かに…。

自己というものに固執せず、全体と関係しあうことで存在している自分のあやふやさを許しているような感覚。

やれやれ…。という精神的境地は思いのほか高いかもしれない。やれやれ…。

みなさん、こんにちは。

先日は(と言っても随分前ですが…)子供の「これ買って」に対処する方法をお伝えしました。

とてもたくさんの「いいね!」を頂きました。ありがとうございます。
嬉しいものですね。励みになります。

前回の対処法は、「感情を認めて寄り添う→その後に方向性を与える」という基本的な構造をお伝えしました。

そうすると、友人の1人から「今まさに買って買って魔人の1歳10ヶ月児と戦っています。」という声を頂きました。

なんと、1歳10ヶ月…。

そりゃ大変です。

「魔の2歳児」と呼ばれるように、欲求は出てきていながら、言葉をハッキリ理解できないこの時期のお子さんと向き合うのは、かなり大変です。

ではどうすれば良いのか?

もちろん、理想は言葉が通じない相手に対しても、「感情を認めて寄り添う→その後に方向性を与える」です。

その子の言葉に相槌を打って、寄り添うことは、言葉ではなく非言語なレベルで魔の二歳児にも伝わるものです。

そしてその母子関係で得た他者への信頼が将来、その子のコミュニケーション力の土台となるからです。

ですが、だからと言って、つねにそれに付き合っている時間もエネルギーも残念ながら無い。というが一般的なお母さんの本音ではないでしょうか?

そこで、今回は魔の2歳児の欲求に対処する方法をお伝えします。

この方法は完全無欠な魔法はありませんが、そこそこ成功するちょっとした魔法です。

うちの娘が3歳くらいの時に思いついた方法で、いくつかの心理療法の原理が土台にあります。

ではご説明しましょう。

◆◆ 魔の2歳児に対処する ◆◆

まず子供が「うわぁ~~~ん。買ってよ~~~~。うわ~ん・゚・(*ノД`*)・゚・。」と泣いています。

あっ、すみません。今気づきましたけど、この方法、もう泣いて駄々こねてしまっている時に対処する方法ですね…。

もう2歳児は泣いてダダをこねてしまってます(笑)

そうやって、こじれてしまった後の対処法です。

そこで、ひとまず抱っこをしましょう。そしてお互いの胸を合わせて背中をさすってあげます。そうやって体で触れ合うことで、相手の気持ちを受け取るということを非言語で表現します。

そして言葉でも「そっか~。欲しかったんやな。わかるわ~。◯◯ちゃんは欲しかったんやな。」と感情を認めてあげましょう。

そして、「どこが欲しいと言ってるの?」と体を見て言います。「ここか? それとも、ここか?」そう言って、胸やお腹の辺りに触れます。

「子供が欲しいと言ってる。」のではなく、「子供の中に欲しいと言ってる部分がある。」という風に意味付けを変えているわけです。

そして、その上で、ここやな?と(勝手に)場所を胸のあたりに特定して、その部分をしっかり掴みながら、「ポロッ!!!」と言って、手で「欲しいと言ってる感覚」を掴み出します。

$心理カウンセラーの魔法の子育て

↑ こんな感じ。

そして。「これか? これが欲しい気持ちやな?」と言って感情を掴んでいる手を子供に見せます。(ここが大事)

感情がそこにあると思って目で見てしまうと、不思議なことにそれは客体化してしまって、自分の体から離れてしまうのです。

そして、「もう捨ててしまう。ポイ!」と遠くに捨てて、ほらあっち行ったでと、飛んでいく様子も一緒に目で追いましょう。「見る=客体化」を進めるわけです。

「他にもあるか?」と言って必要であれば、何度か感情を掴み出して投げ捨てることを繰り返します。

そうすると、子供の感情は抜けていきます。

その後、また背中を擦りながら、お話しをしましょう。「お母さんも、昔買って欲しくて泣いたことあるわ。苦しかったな~。でも我慢して、違うことして遊んだんや。」

そうやって自分の話として、我慢体験を話してあげる。この頃になると、子供はお話しの方に夢中になっています。

そして、我慢するということを物語を通じて学んでいきます。

・物語は人間の潜在意識に作用する。

これは子育て中のお父さんお母さんに是非覚えておいて欲しい原理です。

今回のシーンでも、「欲しくても買ってあげられへんこともあるんやで。」とか「我慢するのが大切なんやで。」といったメッセージを伝えるよりも、

「お母さんも、買ってもらえなくて苦しくて泣いたけど、それでも我慢できるようになって、違う楽しみ方ができるようになった。」というお話しをしたほうが、子供の心に深く伝わるし、実際的な変化を及ぼしてくれます。

そして最後は、「あっちに行って、一緒におうどん食べようよ。」と新しい方向を作ってあげましょう。

そうするとスムーズに駄々を静めて、方向転換することができます。

◆◆ まとめ ◆◆

手順を整理しておきましょう

1)だっこして胸を合わせて背中をさすりながら、感情を受け止める。
 「欲しかったんやな。苦しかったな~。そっかそっか。」

2)欲しがってる身体の部位を意識して、それを手で掴み出して感情を子供に見せる。その後、投げ捨てる。
  (しっかり感情がそこに実在しているかのように見てもらうことが大切)

3)親の体験を話す。
  苦しかったけど頑張って落ち着いた話をすると、子供もそれに感情移入することを通じて落ち着いてきます。

4)新しい方向性を示す。
  これから行うことに希望を持たせる。


以上です。

感情をつかみ出す方法はしっかりやると、かなり効果があります。うちの娘はその効果を実感したのか、やがては、「のんちゃんの(感情)取ったらイヤ~!!」と言うようになって笑ってしまいました。

自分の「買って欲しい感情」が無くなってしまうことに気付いたんですね(笑)

とてもテクニカルな方法で、子供に対してテクニックで対処することが必ずしも良いこととは思いませんが、困った時には使ってみてください。
みなさん、こんにちは。

前回の記事では、子供の「これ欲しい!」という欲求に対して、「NO!」と言って、親子でぶつかってしまうタイプのコミュニケーションから、

受容と共感のコミュニケーションに変えていくことが大切だというお話しをしました。

そして、そのためのケーススタディーを示しましょう。とか言っておいて、そのまま仕事に忙殺されておりました…(-_-;)

参照:前回記事「親子のすれ違い」
http://ameblo.jp/surface2119/entry-11366704374.html

子育てをしていると悩まされるのが、子供の欲望との付き合い方ですね。

子供は本能のまま、食べたいものを食べたいと言い、欲しい物を欲しいと言う。

だから、親である私たちは、その度に「ダメ!」と言って立ちはだからなければならない。そしてその度に愛する我が子に泣かれて、親である私達も少し心を痛め、やがては疲れてしまう。

こうした毎度の子供の欲求に対して、親である私たちはどのように接すれば良いのでしょうか。

例えば、よくある買い物でのこんなケース。

◆◆ 子供は約束が守れない? ◆◆

何も買わないという約束で、ショッピングモールに来たら、お約束のように、

「これ買って~!」が始まります。

「買わない約束でしょ!」と言っても。

「いや~。これ買って!(*´Д`)」と、約束などまるで無かったかのようです。

親としては約束が反故にされたことに苛立つかもしれませんが、子供の脳の中では、約束を記憶する脳(大脳新皮質)と、欲しい!!と思う感情の脳(大脳辺縁系)はあまり繋がっていないので、

約束は約束。欲しいは欲しい。

と、まるで別ものなんですね。

「子供の脳はそういうものなんだ。」「子供は大人である自分とはまるで違う生き物なんだ。」と理解して、あきらめましょう(^_^;)

その上で約束が守れるように教育してあげる必要があるわけです。

(脳のモデルでいうと大脳の理性が感情の脳をどのように制御していくのか、その経験を積ませてあげる必要があるわけです。)

子供の「買って~。」は、そのための最良のトレーニングとなりえます。

では、具体的にどうすれば良いのでしょうか?

◆◆ 勝ち負けを超える ◆◆

子供「買って!」

大人「ダメなものはダメ!」

と続けていると、結局は力の強い大人が勝つのですが、子供の心には

「自分は負けた。無力だ。」

「親は自分の欲望の敵だ。」

といった理解が残り、無力感や恨みが溜まっていきます。

ではいったいどうすればいいのでしょうか?

ここで原則となるのは

・感情を認めて寄り添う。

・その後に方向性を変える。

です。

では実際にケーススタディを見て行きましょう。

◆◆ 子供の「買って!」に対処する ◆◆

子供「これ買って~。これ欲しい~。」

大人「ダメ。買わないって約束したでしょ。」

子供「いいやんか~。買ってよ~。」

大人「そっか~。◯◯ちゃんはこれが欲しいんやな。ふ~ん。欲しいなや。(認める)でも、お母さんは買わないって約束したから買ってあげられへんわ。」

子供「いや~~~~~。買って~~~~(´Д`)」

「そうやな。買ってほしいわなぁ。うん。わかるわ。(寄り添う)ただお母さんは約束したから買わない!(キッパリ)後は自分の気持ちを自分でかたづけて。我慢する練習や(方向付け) しっかり自分で気持ちを片付けるんや。頑張るんやで。お母さんは向こうで応援してるからね。(突き放すのではなく応援するように)しっかり我慢するんよ。」

そう言って子供から離れます。

こうして、欲しいという感情を否定せず。その感情を持つこと自体は受け止めてあげる。そして自分の感情を乗り越えるべきものとして意識させます。

これまで、子供は買ってくれない「親の拒絶」を乗り越えようとしていたわけですが、方向づけを変えてあげて、乗り越えるものを「自分の感情」に移行させたわけです。

子育て中の皆様はお分かりのように、こうやって方向付けたからといって、すぐにスッキリとスマートに収まるわけでは、もちろんありません。(残念ながら…。)

この後も泣いたり駄々こねたり苦しんだりと大変です。でもその駄々をこねている間も、「そうや! よし、頑張ってるな。我慢してるんやな。そうや」と、その頑張りを認めて、応援してあげます。

抱っこが必要なら抱っこしてあげる。感情を乗り越えるために必要なサポートなら喜んでしてあげる。

そして乗り越える体験を積ませてあげましょう。自分の感情との付き合い方をこうして覚えていくのです。

その後は一緒にお風呂に入っている時や添い寝の時にでも、しっかりと褒めてあげてください。

「今日はあのオモチャ欲しかったなぁ。苦しかったなぁ。でも◯◯ちゃん、ちゃんと自分で我慢できたなぁ。お母さん嬉しかったわ~。(^_^)」そう言うことで、子供は成功体験とともに「自分は我慢できる子」という自己イメージと自尊心を育んでいきます。

◆◆ だけど、できないこともある ◆◆

もしかしたら、この記事を読んで「難しいなぁ」と思われたお母さんお父さんもいらしゃるかもしれません。

たまにはできるかもしれないけど、毎回このように接することは難しいかもしれません。

親である私達にも感情があり、体調があり、時間の都合があるからです。

子供の気持ちを受け止めてあげることと同じように、親である私たち自身の気持ちを正直に受け止めることも大切です。

子供の気持ちは収まったけど、親である私達の心にイライラが溜まったとしたら、それは長期的には子供にとってもマイナスでしょう。

だから、正しい原則的な方法を知ることも大切だけど、「それを完璧にすることはできない。」という自分の限界を受け入れることも大切です。

「今日はお母さん。腹立ってるから、嫌やわ~。」と、親も時には感情をあらわにして、駄々をこねて、そして自分で収束させるという姿を見せてあげましょう。

親もまた自分の感情と戦っているんだと。そういう姿を見せることもまた教育です。

あなた自身に正直でいてください。

◆◆ まとめ ◆◆

それでは、今日お伝えした原則を整理しておきましょう。

原則となるのは

(1)感情を認めて寄り添う。

例えそれがどんな醜い感情であっても、その感情が今この瞬間、その子の心に現れているという事実そのものは肯定して認めてあげるのです。

(2)その後に方向性を変える。

そして、その後に、親と子が敵対する関係

子「買って」 → ☓ ←「買わない」親

から、

子  →  「買って欲しい
親  →   感情」


親と子供が仲間となって、一緒に「子供の感情」に向きあうようなポジションに移行させるわけです。

この原則さえ押さえていれば、表面的にどれだけこじれて癇癪を起こそうと、それは意味のある苦しみであり、子供にとっては大切な感情克服トレーニングの体験となります。

そして、こういった寄り添う親の姿勢が子供との絆を強く深く育んでいってくれます。

それでは。是非、意識してやってみてくださいね。
みなさん、こんにちは。

前回の記事はとてもたくさんの反響を頂いて嬉しかったです。励みになります。

今日は、子供とのコミュニケーションでとてもありがちな問題についてお話します。

まずはうちに実際に起こった出来事から。

娘が2歳で、まだこんなに幼かったある日のことです。

$心理カウンセラーの魔法の子育て

娘は朝目を覚まして寝室から出てきて、一言目に言いました。

娘「ちゃーちゃん(お母さん)、ビスケットたべたい。」

朝から何を言うのかと思えば、ビスケットとは…(笑)

当然、妻は応えます。

妻「朝からお菓子はダメ。ちゃんと朝ごはんを食べようね。」

娘「イヤ! ビスケットが食べたいの!」

妻「だから、おやつは3時になってから! 朝は朝ごはんを食べるんでしょ。」

娘「違うの! ビスケットが食べたいの! うわぁぁぁ~ん」と泣き出しました。

毎度毎度、幼子がいるご家庭で繰り広げられている風景ですね。当然妻は応えます。

妻「泣いてもダメ。朝からビスケットはダメなの!」

娘「ちーーーーーがーーーーーーうーーーーー。のんちゃんは、ビスケットが食べたいのーーーー!!。」

えらいヒートアップして、狂ったように泣き出しました。

普通ではないイライラ感が伝わってきます。

あまりに駄々をこねるものですから、ついには妻もイライラし始めます。

妻「もう知らん! 好きにしなさい!ビスケット食べたいなら食べたらいいわ!」とビスケットを差し出します。

「ちいいいいいいいいいいいがぁぁぁぁぁぁぁぁうううううううううううのっっ!! のんちゃんはビスケットが食べたいの!」

更に全身で感情を表して、「違う!」と主張し始めました。

ビスケットを食べたいというから、ビスケットを与えたのに、更に強烈に「違う!」と言いはじめました。まるで意味がわかりません。

妻「も~~~~何が違うんよ! ビスケット食べたらええやん!!!」

娘「ちぃぃぃぃぃぃぃがぁぁぁぁぁぁうううううううううううのっ! のんちゃんはビスケットがたべたいのっ!」

さらにヒートアップしていきます。

(以下繰り返し)

2歳の娘は異常な癇癪でビスケットを食べたいと主張しています。

ですが、食べていいと言っているのに、執拗に食べたいと言う。

これはいったい何が起こっているのでしょうか?

ここでは、お互いのコミュニケーションに根本的な食い違いが起こっています(ディスコミュニケーション)

この手の問題が、子育てではよく起こります。

娘はいったい何を言っているのでしょうか?

このコミュニケーションでは、何が食い違っていたのでしょうか?

みなさんも是非、時間を取って一緒に考えてみてください。

ちなみに、この食い違いを理解して適切な言葉をかけると、娘はあっけなく泣き止み、ビスケットではなく朝ごはんを食べ始めました。

少し時間を取って考えてみてください。

*******

シンキングタイム…

*******

はい。

考えていただけたでしょうか?

それでは答えです。

◆◆ 答え ◆◆

娘は最初、ビスケット食べたいという要望を伝えたのですね。

だから、当然親はそれはできないと応えます。

それ以後も娘の発している言葉は一貫して変わっていません。

ですが、メッセージの意味内容が変わっていってるのです。

最初は「ビスケットを食べたいからビスケットをちょうだい。」と要望を伝えていた。

でも、途中からは

「私は今ビスケットを食べたいと感じてる。私のこの気持ちを分かって。」ということを伝えているのです。

でも、それを要望と捉えると答えは終始「ビスケットはダメです。」あるいは「勝手に食べなさい!」になるのですが、

コミュニケーションは既に食べる食べないの次元には無いのです。

娘は終始、「自分の気持を理解して!」という思いを伝え、それが伝わらないことにイライラを表現しているのです。

そう思って、先のコミュニケーションを見てみましょう。

妻「も~~~~何が違うんよ! ビスケット食べたらええやん!!!」

娘「ちぃぃぃぃぃぃぃがぁぁぁぁぁぁうううううううううううのっ! のんちゃんはビスケットがたべたいのっ!」


深い次元でディスコミュニケーションが起こっているのがわかりますね。

そして、これさえ理解できれば、泣きわめいている娘を静かにする方法も分かります。

その言葉とは、

「おぉぉそうか~。のんはビスケット食べたいんか~。そっか~。美味しいもんなぁビスケットは。ふーん。のんは今ビスケットを食べたいんやな。」です。

実際にそのように娘の気持ちを受け止めてあげると、さっきまでの癇癪が嘘のように、娘は落ち着きを取り戻してご飯を食べ始めました。

子供とコミュニケーションを行う上で、こういったスレ違いはものすごく頻繁に起こっています。

「何かを買って!」「だめ! 買わないって約束でしょ。」という典型的なやり取りも、そうですね。

「子供の欲求→親の拒否」といった形で始まるコミュニケーションを、どこかで「子供の感情の吐露→親による受容と共感」というレベルに変化させていかないと、

親子の間に、いつまでたっても解消しきれない敵対感情がモヤモヤとわだかまり続けてしまいます。

その結果、お互いに心の底に小さな恨みを抱えて、親子の関係(特に長時間一緒にいる母子の関係)が悪化していくケースが多いのです。

◆◆ まとめ ◆◆

・「子供の欲求→親の拒否」から「子供の感情の吐露→親による受容と共感」へと、コミュニケーションを変化させていくことが大切です。

とは言っても、どうすればいいの…?

と、なっていることと思いますので、次回は具体的なケーススタディを使って、子供の無理な欲求に対処しながら親子の絆を深めるコミュニケーション方法について見ていきましょう。
朝目が覚めると隣の部屋から「うぁ~~~ん う~~~~。」と下の娘(5才)の泣き声がする。

それほど激しいものではないけど、グズグズシクシクとゆるやかな泣き声がかれこれ20分以上続いている。

「何があったの?」と嫁に聞いてみると、「前髪を切るか束ねるかどっちかにしよ。」と言ったら泣きだしたのだそうだ。

なんじゃそれ…! ですね。

この手のグズグズした泣き方は、身体に溜まった感情エネルギーの除去作業なので、前髪の問題は本当の原因ではなく、きっかけにすぎません。

本当の原因は他にあるのです。

◆◆ 泣く理由は本人にもわからない ◆◆

実は昨日、娘は初めて子供たちだけで友達の家にお泊りをしたのです。

そして朝に帰ってきて最初は機嫌よくしていたのだけど、前髪の一言が引き金となってグズグズが始まりました。

お泊りで辛いことがあったわけでもありません。終始楽しんで遊んで、夜も疲れてすぐに寝てしまったそうです。

でも、やはり無意識下では新しい環境に対する警戒や不安、そして興奮のし過ぎによって大きなストレスを受けていたのですね。

そのストレスが感情エネルギーとなって、胸やみぞおち辺りにモヤモヤとした感覚を残すのです。

子供の身体は素直に機能するので、そのネガティブエネルギーを泣くことによって解消するように働きます。

それこそが親を悩ませるグズグズの正体です。

つまりこれは、心と身体のメンテナンスに必要な浄化作業なわけです。

ですので、途中で止めてはいけません。

「なんで泣いてるの?」などと聞いても、本人にも理由がかわからない単なるエネルギー除去作業なのです。

それでも、愛する子供に泣かれるというのは、親にとって辛いものですね。

特に我が子には感情移入してしまうので、子供の泣き声は親にとって大きな心理的負担であり、不安の種でもあり、鬱陶しくもあるものです。

こちらの感情もかき乱されてしまいがちです。

でも「泣くな!!」と言って、こういったエネルギーの除去作業を止める癖を付けてしまうと、悪くすると身体はネガティブエネルギーを感じないように筋肉を固めだし、心の固い子になってしまいます。

嬉しい時にもあまりうれしいと思えない。喜べない。悲しくても泣けない。それでいていつもテンションが低く固定されているような、そういう無反応な心と身体になっていくのです。

では親である私達に、いったい何ができるのでしょうか?

◆◆ 子供のグズりの対処法 ◆◆

まず、親であるあなたのイラっとくる反応に対しては。

・「これはデトックス作業。必要な作業。」と心の中で唱えることで対処しましょう。

そうすると「泣くこと=健康に良いこと」と意味付けが変わるので、あまり心をかき乱されず、一呼吸置くことができます。

子供が便秘で身体に負担をかけてるよりも、しっかりと排便して外に出してもらったほうが親としては嬉しいですよね。感情もこれと同じことです。

そして子供に対して親からできることは何でしょうか?

それは感情の開放を手伝ってあげることです。

具体的には背中や胸をやさしくゆっくりとさすりながら身体のモヤモヤを感じさせて、更に泣く方向に導いてあげるのです。

「どこがモヤモヤするの? しっかり感じて。そう。しっかり感じて。嫌な感じがするなぁ。そう、もっと感じて、それをもっと拡大して、う~~~んと感じて、そう。気持ち悪いなぁ。嫌やなぁ。そう、もっと泣こう。」

そう言って嫌な感情をあえて感じるようにサポートしてあげるのです。

ネガティブな感情エネルギーというものは感じ尽くしたり、内蔵の筋肉を痙攣(泣くこと)させることで解消されていきます。

ですので、親である私達にできるのは、その作業を効率良く進めるためのサポートをしてあげるわけです。

ポイントは

・「泣く」ということに対して批判の無い受容的な姿勢で子供に接する。

・身体に丁寧に意識を向けさせて、身体のどこにモヤモヤや悲しみや不快感があるのか、場所を特定させる。

・それを更に感じるように仕向ける。拡大して感じさせるのも効果的。

・身体のモヤモヤを感じながら、更に泣くように、吐き出すように声がけしてあげる。

・泣き止んできても、さらに注意深く、他にモヤモヤが無いか身体を感じさせて更に泣いてもらう。


こうして書くと、すべきことがたくさんあるように感じますが、実際にやることはとてもシンプルです。

背中や胸に優しく触れてあげながら、次のように声をかけてあげるのです。

「どこがモヤモヤするん? ここ? こっちか? よし!もっと感じてみ。そう。嫌な感じやな~。そう。ええぞ~。もっとぐーーっと感じて、そう。あ~嫌な感じやなぁ。よしもっと泣こう。そう。ええぞええぞ。もっと大きくして。嫌な感じももっと大きくしよう! そう。ええぞ。それでもっと泣くんや。そう。う~~~~っと泣くんや。他には? もっと身体感じてみ。他にも気持ち悪いとこあるやろ。ここか? こっちか? もっと感じてみ…以下繰り返し」(関西弁ですが…)

今回もこれをすることで、ものの数分で娘は泣き止みスッキリとした表情に変わりました。そして今は機嫌よく遊んでいます。

◆◆ 最後に ◆◆

感情とは身体に発生するエネルギーです。

それを無視したり我慢してフタをしても、なんら本来的な解決にならず、感情は身体の中に蓄積されていきます。

カウンセラーとして多くの方の人生を見ていると、その蓄積された感情エネルギーに翻弄されて人生を台無しにしてしまっている人の多さに驚きます。

我慢して努力してきたのに、何かの発端で暴走した感情エネルギーに人生の舵を奪われるのです。

ですので子供の頃から、自分の感情を正しく安全に扱うスキルを習得させてあげることは、親が与えられるとても貴重なギフトとなりえます。

そして、それは学校教育の中で「心の教育」と呼ばれているような「考え方」や「良心」のレベルで行われるものではなく、身体感覚の扱い方レベルで行われる「体術」なのです。

今回ご紹介したスキルを使うことで、親子の関わりの中で、我が子に感情の扱い方を教えることができます。

まとめておきましょう。

・感情は我慢したり無視をすると蓄積される。

・感情は感じ尽くすか、表現して誰かに受け止めてもらえると解消される。


何歳であろうと、大人であろうと原則は同じです。

迷った時は、いつでもここに立ち返りましょう。
昔、僕がまだ小学生だった頃の話。

兄貴と二人でおばあちゃんの家に泊まりに行ったら、その夜にGOKIBURI(ちょっとスタイリッシュに表現した)が出たのです。

そこで、おばあちゃんは果敢にも殺虫剤を使ってヤツを追い込むわけですが、さすがはヤツです。氷河期を生き延びたヤツのサバイバル力は違います。

途中で姿を見失ってしまったのです。

でもまあ、どこかで死んでるだろうと諦めて、その夜は眠りました。

そして翌朝。

目が覚めると、兄貴はパンツ(ブリーフ)の中に違和感を感じたそうです。

そう。

ヤツは息絶え絶えに逃げ回ったあげく、兄貴のブリーフの中で昇天したのです(笑)

(・∀・)

もう、こういう話って、小学生男子の大好物ですよね。

シモネタとゲテモノネタのミックスってどんな贅沢やねん!って感じで、当然、うっしゃっしゃっしゃ( ´艸`)、笑って笑って、子供の頃の最高のネタになっていたわけです。

で、月日は流れ、僕も子供を持ち、当然、子供たちにもその話をするわけです。

しかも何度も。

そして、その度に、うっしゃっしゃっしゃ( ´艸`)って、みんなで笑うわけです。

それが今日。

実家に帰省していて、つまり子供たちにとってはおばあちゃんの家に泊まりに来ていて、

寝ようと思った寝室に立派なGOKIBURIが現れまして、殺虫剤で応戦したけど、途中で見失いまして…。

見事に、あの十八番の物語と同じシチュエーションになってしまいました(笑)

ドン引きした子供たちのブルーな表情がもう気の毒で気の毒で ( ´艸`)

物語って、潜在意識レベルに作用するからねえ。

「パンツをぴっちり上げて寝るんやで」とアドバイスしときました(笑)

先に帰ってる子供たちに会いに、今電車で実家の相生市に向かっている。

今日は長女の誕生日。

8年前のちょうど今日のような秋晴れの日に、僕は父親になった。

実家で出産する妻から「生まれそうやから帰ってきて」と言われて、

電車で実家に向かっている途中。

明石くらいのところで、「生まれたけど何しとん?」って電話が来たんだった(笑)

で、今、その明石を通過中。

$日常!

感慨深い。

柔らかくて弱々しくて無力だった生き物が、今では一輪車に乗ろうとしていて、時には僕にダメ出しするくらいになったんだからなぁ。

8年の歳月は偉大だ。

僕にもしっかり8年の歳月は流れたのだろうか。

とか思って8年前の自分の妄想を思い出して、思わず恥じ入る…。

しっかり流れてるわ8年(笑)
随分前の話だけど、夜の添い寝の時に下の娘が、鉄棒の逆上がり出来ないと悩んでいたから、「逆上がりのさんたろう」という話を適当に創作で話してあげた。

娘「さんたろうはなんさい?」

僕「ん? …5歳や。」

娘「ひなといっしょや!(゚д゚)!」と下の娘は興奮する。

そら今作ったからな、と僕は思う(笑)

今度は横で聞いていた上の娘が、なわとびの二重跳びが出来ないと言うから「二重跳びのにんたろう」という話を適当に創って話してあげた。

娘「にんたろうはなんさい?」

僕「ん? …2年生や。」

娘「のんと一緒や!(゚д゚)!」と上の娘も興奮する。

そら今作ったからなと、ここでも僕は思う。

いずれもイメージ力と努力で壁を乗り超えて習得する話。

二重跳びが出来ないにんたろうの元に、仙人が現れて秘伝を授けて去っていくという適当な話を臨場感たっぷりで話すと、子供達は大興奮。

まったくもって余裕である(笑)

教訓というものを直接子供たちに教えるより、物語にして誰かのお話しとして伝えたほうが、実は潜在意識の奥底まで届く。行動を起こしやすくなる。

だから僕は物語を作る。

そして翌日、

下の娘はやっぱり逆上がりができず、できる兆しも見えず、落胆して家に帰ってくる。

上の娘はそんな妹を真剣な顔で励ます。

「あんな、ひな。毎日やるんや。さんたろうも毎日練習したって言ってたやろ!」と。

さんたろう? 

さんたろうって誰や? と一瞬思ったけど(笑) 昨晩の話を思い出してからちょっと感動した。

親の言葉はこうもまっすぐに子供の心に届くものなのかと。

子供は親の与えた世界観の中で生きてるんだなと、改めてそう思った。

そして今日、下の娘が片づけができないから、「片づけたろう」の話をしてあげた。

話し終わると、

「ほかには? 」と言いだした。「他のたろうの話して!」と。

「ほかのたろう…? なんじゃそれ!?」と答えると

「も~。なんでもええからたろうの話してよ~(´・ω・`)」とぐずりだして、あげく「つくえたろうは? 」とか、むちゃブリをする(笑)

もう太郎系の話は止めにしたいと思う。

今後は路線変更したいと思う。
7歳の娘は、Amazonで買った絵の具セットが届くのを今か今かと待っている。

娘「とと。絵の具セット何時くらいに届くと思う?」

僕「う~ん。3時くらいちゃう。でもわからんで。」

娘「え~(´・ω・`) 3時!? 遅い~、待てへんわ。」

・・・2分後・・・・

娘「なぁなぁ。とと。」

僕「ん? なんや。」

娘「ととは、絵の具セット何時くらいに届くと思う?」

僕「いや、だからわからへんで。3時くらいやと思うけど4時かもしれへんし。」

娘「え~(´・ω・`) 4時!? 遅くなってるやんか~。」

とか、なんとか、さっきからそんな会話を繰り返している。

仕事にならん(-_-;) 

これを書いてる今も娘は、僕のそばでゴロンと横になって、絵の具セットを物欲しそうに待っている。

待ちながら何かをするという発想の無い7歳児は、「待つ」ということを全身で体現している。それはつまり布団にだらしなく横になったり、足を変な形にしてみたり。

思えば僕も昔は学研の「科学」を届けてくれるおばさんを、窓を空けて「まだかまだか」と待ってたな。←これ分かる人いるよね(笑)

今ではそれほど何かを待ち遠しく思うことは無くなり、毎日のように届くアマゾンからの荷物も開封されずに積まれていたりする。物を所有することや商品と出会うことに対する感動は明らかに低下している。

でも、子供たちにとって、世界はまだ新しくてワクワクすることだらけなのだろう。

そういう子供たちのキラキラした欲望を通して世界を見ることで、少し世界が鮮やかになりますね。

「あんな。これ見て。ここにペンが入ってるねんで。ほんでこれが鉛筆削りやねん。」と娘は筆箱を広げて、非常に当たり前のことをドヤ顔で説明してくれます。

欲望と喜びを込めて彼女は世界に注釈を与えてくれる。そんなことで日常がいつもより少しだけ色濃く意味性を帯びる。

これ子育ての悦びの1つかな。

まあ、仕事にはならんけど…。

昨夜、仕事を終えて家に帰って寝室を覗くと、暗がりの中で娘達がまだ起きていて、満面の笑みで迎えてくれた。


「とと~。こっちこっち~。」と、2人のウキウキ感が凄い。


近づいて頬やお腹を撫でて、おやすみを言る。シッポがあったらちぎれるくらいに振っているような、そんな喜びで応えてくれる。

 


「とと。待っとくから。早くご飯食べてこっちへ来て。一緒に寝よ。」と二人は言う。



そうは言いつつ一瞬で寝るのが娘たちのいつものパターン。


「わかった。食べてから来るわな。」と僕は期待せずに応えた。


まだ8歳と5歳。かわいいものだ。



それからリビングでゆっくりとテレビを見ながら食事を済ませた。



そしてすでにぐっすりと眠っているとは思ったが、一応約束したので念のためにもう一度寝室に行ってみた。



すると扉を開けた途端、暗がりの中からクスクス笑う声が漏れてくる。

 

どうやら起きていたようだ。

 

「ととー。こっちこっち。」満面の笑みだ。


「ほんまに起きてたんか?」

 

 

「うん。あんな。寝そうになったら声を掛け合ってな。起きてたんや。」

 

誇らしげな表情。


僕も布団の中に入り、三人で手をつないで川の字になって横になった。



「ととの手冷たいな」と上の娘が言った。


「2人はととの宝物なんやで」と僕は言った。



下の娘は幼稚園の友達のことを熱心に話しててくれた。

 

それからすぐに寝息に変わった。

 

 

僕は布団から出ようと腰を起こす。すると下の娘の枕元にクマのぬいぐるみが横になっているのが目に入った。

 

 

肩まで丁寧にタオルに包まれて、娘たちと同じように布団に入っているような形で横になっている。

 

クマとも一緒に寝ているのか…。

 

 

なんという優しい世界に住んでいるのだろうか。それが新鮮な驚きだった。

 

 

子供の心の世界に招待してもらうことで、日々どれほど癒やさ助けられているか。

 

 

この子達が子供でいられる束の間のこの時間を、刻み込むように体験しようと思った。