近は特に思う。

日本に住んでいる以上、もはや原発の話題なしに生活はできない、
ということである。

こんな過疎った誰も見ていないブログで宣言することではない。
自意識過剰乙、と言われればその通りだ。

けれど、このようなデモが続出していると、
http://www.asahi.com/national/update/0716/TKY201207160202.html


自分は関係ないっす、難しい分からないので、適当にサブカルや
エンタメの話をしまりくたいっす、といったスタンスを採用するのは
難しいだろう。

ゆえに、何かしら意見を表明しないことには、社会からゆるりと放逐さ
れてしまう。こんな時でもサブカルやエンタメの話をしていると、「
ああ、こんな時でもああいうことをしゃべる、奴、なんだね。」

と他者から見られてしまう。

ひねくれた見方をすると、この雰囲気はこういった構造は自分が嫌いな
「空気を読む」といった構造に繋がる。しかし、これに関しては致しか
たない気がする。

なぜならば、日本の方向性に大きく関わる問題だからだ。そこで「周りに
同調して空気を読むのが嫌です。」、と表明しても空虚すぎる。



とはいえ、、、、



デモ活動はどうなのだろうか。デモ自体は賛成なのだが、むむむと言葉に
詰まってしまう。というのはデモの様子を見ていると、祭り感が見え隠れ
するからだ。そのデモ自体がカタルシスの効果があるように思えてならな
い。

デモをしないより、したほうがいいだろと言われれば、その通りです、と
思う。しかし、揚げ足取りをする気はないのだがコストパフォーマンスの
観点から見たらどうなのだろうか。

きっと権力者はこのデモの雰囲気を見て、選挙のときにうまくそれを取り
込んだ選挙キャンペーンを行う。古くは共産党、新しくは小沢新党だろう。


ではどのようにすればいいのだ?

まず思うのは、社会を変えるには群れなくてもいいと思う。個人が少しずつ
変わっていけば、ネットワークを介してウィルスの感染のように変わってい
くのではないだろうか。

つまり変に群れなくても、緩やかな意識の共有というのが実現できればいい
のだ。かなり抽象的だがそういうことだ。



今の日本は確かにプラットフォームごと、さくっと変えなくていけない状況
に追い込まれているのかもしれない。

しかし、そんなドラスティックに変えるのは難しい。
まずは、自分の家族から、友達から、コミュニケーションを取っていくべき
なのだろう、、、とどっかの教育者みたいなコメントになってしまうのだが
。。。


賢く声を上げるにはどうしたらいいのか。やはりみんなにリーチ、共有できる
「旗」的な、そこに人々が集える何か創らなければいけないのかな。。。


むむむ・・・。てか、無駄に今回の内容かて~。

もういいや。


なんかタイトルを付けたかったが、思いつかなかった。本棚を見ていると昔
読んだ懐かしいエッセイを見つけたので、パクろう。内容はそぐわないが。

むむむの日々 (集英社文庫)/集英社

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い今日この頃、関西では計画停電も視野に入れての注意勧告
が地域に出回っている。

関東で計画停電を少し経験したことを思うと何となく微妙な思い
だ。そう、おもいつつエアコンに手が伸びる。



ここで話は変わる。

少し薄ら寒い会話を聞いたので記しておこう。無知って怖いとい
う話題です。まあ、よくある話です。ソクラテスさんあなたは、
やはり偉大です。

その無知のについて上がってきた話題としてが「右翼」の街宣車
の話題だった。

あのトホホな街宣車で活動しているのは誰か?、という話だ。あ
とでネットで調べると、有名な話らしく自分の無知さに恥ずかし
くなったのだが。

私の認識は、街宣車での活動は右翼人のガス抜きのための、警察
が裏で公認しているイベントかな、と思っていたが違った。真相
は分からないが、ネット上で展開されている論のほうが、説得力
がある。

それはこういう意見だ。

彼らは右翼ではない、、、ということである。

論理的に考えれば、そうである。右翼の人が、一般人が右翼の人
をうっとおしい、嫌いになる運動、パフォーマンスをする訳がな
い、ということである。


ここで学んだことは、普段いかに物事をいかに表層しか見ていな
いか、ということである。今現れている「現象」の奥深い場所に
ある「事実」を理解しなくてはいけない。




転じて、冒頭の停電問題である。



昨年、東京では発災後、電車がかなり運休した。そして、計画停電
も起こった。原発が4基(実際は3基)が止めたので、電気が足りな
い、という理由で。

だが、2003年4月原発は全て止まっていたことがあった。検査のた
めとのこと。 http://www.tepco.co.jp/cc/press/03041401-j.html

2003年に電気が足りないかも、といった話があがった覚えが無い。
その頃はまだ、ニュースぐらいはTVを見ていたのだが。

おかしいですよね~。

まあここぐらいまでなら、ニコ生とかネットメディアをチェックされ
ているかたは十分ご承知だと思う。



そこで突っ込んで当時の状況を調べてみた。



すると、すごく怖くなったのだ。


2003年の4月にテレビを賑わしていた報道は、白装束の「パナ
ウェーブ研究所」の件である。今思うと、えっ!そんなんことがニュ
ースとなっていたのか思う。

いい感じに、マスコミにスピンコントロールされている。



陰謀説もゼロではない意見だが、私の意見はこうだ。

電力問題のことを国民に目を向けさせないために、マスコミと東電が
意図的に比較的どうでもいい報道へ操作した、というものだ。

だってエネルギーの問題って、どう考えても優先度高くないでしょ
うか(当時は、オウムの事件の印象も強かったので仕方ないかもしれ
ないが)。


為政者は都合の悪いことは隠す。原発賛成、反対議論もいいのだが、
ここを認識していないと、こちらの要求が叶ってもそれを受け入れた
上で、彼らは我々をだましてくる。


頭は、使わうためにあるのだ。

ついに、発売されましたね。東浩紀編集の思想誌「思想地図β3」。

思想誌はインテリ向けの堅いイメージがあるが、こちらは普通の
一般読者を意識した雑誌になっている。

しかし、厚い!重い!
持って買って帰るとき、鞄に入れるのが一苦労で大変でした。


まだ、目次と最初の謎のサイパンのグラビア、巻頭言しか読んでいないが、
内容は結構示唆に富んでいる(示唆に富んでない思想誌はおそらく無いが。)


僕が東浩紀を知ったのは、思想地図3からだ。いわゆる旧思想地図だ。

学生のとき、商学部で観光産業の授業があった。内容は、モータリゼー
ションが及ぼした観光産業とリラクゼーションの発展についての考察だ。
具体的な考察対象を挙げると、ショッピングモールやディズニーランド
である。

学生時に全然勉強はしていなかったのだが、それだけは興味をもって
勉強した(気がする)。

また同時期なのだが、昔から屁理屈をこねて周りからライトに白眼視
されていた僕は哲学に少し興味を持った。
梅原猛とかは、学生のとき少しかじっていた( ̄¬ ̄*)


しかしガチの哲学ばっかりでは堅いし、疲れる。
サブカルでは軽すぎるし、萌えとか確かにかわいいと思うが、
コミットはできんな~と思っていた。

そこに、上記の状況だった僕にその穴を埋めるように思想地図※は、
すっと頭に入ってきた。

※思想地図3のテーマは「アーキテクチャ」。都市、施設、IT、サブカル
などの「設計思想」について




内容をたいして読んでいないのに長くなってしまったw
最後に目次について触れておこう。

大きき構成として、第一部「提案」、第二部「対話」、第三部「論考」と
分かれている。


第二部と第三部の形式は他の思想誌も珍しくないだろう。しかし第一部の
「提案」が興味深い。
取り扱うテーマは、「憲法2.0」「列島改造論2.0」「文学2.0」だ。

テーマがデカい。最近はWEBの影響で、イジメ問題や殺人事件やゴシップなどの
枝葉の問題を大きく取り上げられる。
別にいいのだが、、、。



しかしそれは、大概それは「現象」にすぎない、ITでいうと「アプリケーション」
のレベルの問題である。本当に見直すべき、問題は「プラットフォーム」レベルの
問題である。


僕の認識は下記である。反論は、優しめにお願いします(キリ
「憲法2.0」 憲法・・・ 社会制度の基盤
「列島改造論2.0」都市計画・・国の経済政策
「文学2.0」   心   ・・共同体の再構築



そんな(個人的に思う)プラットフォームを見直すには、良いきっかけになりそうだ。

なんか押し付けがましい内容になったが、まあいいや。


さて、じっくり読んでみますか。



日本2.0 思想地図β vol.3/ゲンロン

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