私は眼病の他に、頭痛持ちだったり、頻繁にお腹を壊したりと、よく体調を崩します。

 

特に近年、余りに体調を崩しまくるので、その原因はエゴの思い込みにあるのではないかと思い、随分前から自分の内側や肉体に原因を訊いておりました。

 

 

 

今朝も一仕事終わり、さて今から寝ようとした時に、ふと

 

「何故、仕事の執筆中によく体調を崩したり、頻繁に眠くなるんだろう?」

 

と思い、その原因をいつものように内側や肉体に尋ねました。

 

まあ、いつもは、それに対する返答はないのですけど。

 

 

 

しかし、今朝はいつもと様子が違って、思い込み?というより、

 

これまでの過去の記憶をリセットするような、

 

意識を一旦初期値するようなワークを、半分無意識に始めてたんですね。

 

今世生まれてから今までの、溜まりに溜まって滞っているエネルギーを、潤滑に流す為のワークとして。

 

半分寝てるような状態で行ったせいか、自分でもビックリする程ゴッソリ、何かが背中の辺りから抜ける感覚があって、

 

その重い思いみたいなエネルギーが一塊になって自分の手中にあるのがわかったので、

 

統合ワークの応用で、ソースに向けてそれを投げて浄化するイメージをしました。

 

 

 

いやー…未だかつて味わったことがないレベルのゴッソリが、いっぺんに浄化されるのわかって、何か凄かった…

 

その時、思い込み一つ一つ原因探るより、子供の頃から周囲の言葉等で徐々に蓄積されたものを、いっぺんに浄化した方が早いって意思を受信したので、それでこういうことになったようです。

 

私の意図せず、いきなりこのワークが始まったので、本当に驚きました。

 

私は、「思い込みが原因なのかー?違うのかー?」って繰り返していただけだったのでw

 

★★★

 

このワークが終わった後、改めて内側に質問をしました。

 

「私が難病になったのは、思い込みが原因ですか?」

 

すると、

 

「違う」

 

という、かなりハッキリした意思を受け取りました。

 

確認の為、もう一度同じ質問をしました。

 

「思い込みが原因ですか?」

 

「違う」

 

「思い込みではない、と?」

 

「はい」

 

難病について、ここまでハッキリと、明確な答えをいただいたのは初めてだったので、それまで体感的にあった「多分、生まれる前に決めたこと」という感覚が、より確信に変わりました。

 

 

 

と同時、

 

「過去生」

 

という言葉が自分の中から出て来ました。

 

ん?過去生に原因があるの?

 

 

 

しかし、それは病気の原因を私に知らせる意図を感じなくて、

 

ただ、私にそれを知って欲しい

 

という感じの意図を感じました。

 

★★★

 

このすぐ後、声が聴こえました。

 

声は私を、領主?殿様?扱いをして来ました。

 

時代は、戦国の終わりか、江戸初期?

 

声は会話の一部を抜粋するように、ランダムで、話の内容に繋がりなく端切れのように、聴こえていました。

 

 

 

そして、会話の中に直々出て来る3人の名前。

 

その時は、簡単な名前なので私でも覚えられると思ったのですが、終わってみたらすっからかんと忘れてしまいました。

 

毎度思うけど、何で人の名前を覚えられないんだろう…

 

でも、1人は確か雪が付いたと思いますが、雪山のビジョンが視えながらだったので、そっちの雪のイメージが、名前の記憶として混在している可能性も感じます。

 

 

 

殿様の過去生は…多分あるのだろうと思います。

 

というか、私は侍の過去生が多いみたいで、また体外離脱で立派な武家屋敷の中に行ったこともあったので、まあ何かしらあるのかな?と思います。

 

あと、年老いた領主の私が、部下2人に支えられて城の廊下を歩くイメージを視たこともあるので…

 

 

 

声が聴こえている間、多分、それは冬の城の中で、遠くに雪山のようなものが視えていました。

 

でも、イメージは余りハッキリとは視えず、またこちらも端切れのように部分でしか視ることができないので、結局よくわかりません。

 

 

 

声は、幼馴染らしい少年2人。

 

名前が3人分なのは、私も入れての3人分。

 

声はいつかのどこかの会話から切り取ったようなものもあれば、

 

私に対してどうしても伝えたい、知って欲しい意図で語られるもの、

 

前後の繋がりなく、途切れ途切れに聴こえていました。

 

 

 

しかし、当の本人である私は、声の語る内容を、聴いた傍から忘れてしまいます。

 

声を音として聴き、右から左へ流れるように、話の内容が頭に入って来ない。

 

でも、話を理解しようと頭を働かせると、この不思議な状態が解除されて、声が聴こえなくなることを、これまでの経験で知っていたので、私はただ聴くしか出来ませんでした。

 

情報を持ち帰ろうと思考を働かせると、途端に声やビジョンがフェードアウトして消えてしまうこと、これまで何度もあったのです。

 

だから、ただその瞬間に、音として聴くしか出来なかったという訳なのです。

 

 

 

それを知ってか、知らずか、声はその後もずっと、私に語り続けていました。

 

朧げな記憶を辿るに、恐らく戦みたいなことがあって…

 

うーん…?

 

何だろう?

 

とにかく私に、そういう過去生があるってことを知らせたい感じの、何か必死さのある語りでした。

 

幼い時に何をしたとか、何があったとか、色々説明されてたんですけど、全然覚えられませんでした。

 

ただ、その過去生での私は、側にいつも幼馴染がいて、共に生きていたようです。

 

それで、いつぞや視たビジョンが、部下に手を引かれて歩く老いた武士の自分…なんですかねえ?

 

 

 

ちょっと興味深いのは、子供の頃と思しき城は、木で組み上げられただけの簡素な造りなのが、老いた時のそれはなかなか立派なお城でした。

 

もしかしたら、意外と名のある武士だったのかもしれませんねw

 

生憎、どこの誰だったのかには興味ないし、そこまで知る必要もないと思っています。

 

 

 

ただ、こう、何度も手段を変えて伝えられてることなので、領主のようなことをしていた過去生もあるらしい、と認めてしまっても良いのかな?と思いました。

 

過去生関係は、いつも同じジレンマに陥るんです。

 

「まさか、自分が、そんな滅相もない!」

 

みたいなの、いつも出て来るんですよねw

 

まして、お殿様だなんて…

 

神様関係のアレも、同様に何度にもわけて知らされるんですが、本人たる私が

 

「自分がそんな、何か凄そうな人だった訳がない」

 

って否定しちゃう癖が、どうしても出て来てしまいます。

 

だから、殿様のコレも、何度も出て来るけど、いや、はさか、そんな…みたいになってましてw

 

 

 

でも、ふと思ったんですよね。

 

こんなにも必死になって、私に知って欲しいと知らせに来る存在がいる。

 

それはきっと、私と深く縁を繋いだかけがけのない友であったり、魂の家族のような存在なのだろうと。

 

仮にこの話が、何処かの誰かにホラ話だとなじられたとしても、私にああも切々と語ってくれた人に対しては、誠実でありたいと。

 

それが想いに対する礼儀だと思うし、私の中の何かも魂の縁を大切に思うから、ならそれでいいじゃないか、と。

 

ね?

 

だから、そう言う過去生もあるのだろうと、受け入れることにしました。

 

★★★

 

で、まあ結局、この過去生が難病と関係あるか否かは、全然わからなかったんですけども!w

 

でも、きっと私は生き死にを繰り返して、人の心を学ぼうとする魂なのだろうと思います。

 

時には人の上に立つような人生を歩み、時には病苦に苦しむ人生を歩みつつ。

 

 

 

今世の私は、人の心を表現したくて、その手段として漫画に興味津々です。

 

一度、もしこの世には自分しか居ないとしたら?と想像してみたことがあります。

 

その時私は、

 

「せっかく私達のことを漫画にしたのに、読んでくれる人がいないんじゃあ、つまらないなあ」

 

と思いました。

 

私達=人間、人の心を描いたのに、と残念がる自分が出て来て、少し驚きました。

 

だって、私の本心が、まさかそんな風に考えて漫画を描こうとしてると思わなかったものだから。

 

ただBL描きたいだけじゃないのかよ!?

 

 

 

そして、自分の内に問えば、確かに人の心をとても大切に想う自分がいて。

 

何しろ、

 

「この世の全ての愛を知りたい!」

 

と思いながら、スピリチュアルアウェイクニングが始まったものですからw

 

私が今学んでる愛は自己愛であり、一を極めて全に至る愛です。

 

 

 

殿様の過去生。

 

それを知ることが、今の自分にどう影響するのか、実はまだよくわかってないのですけど、

 

それでも何度も出て来るということは、

 

そこには何か学びがあるのだろうと思います。

 

ああ、でも、せめて名前を覚えていれば、呼んであげられるのに…

 

 

 

と思ったら、名前を知ったら私は彼等を頼ってしまうから、それで知らないままになってるようですw

 

なるほどね!?

前回の記事で、スピ漫画が知り合いに見つかったら怖い的なことを書いたんですが、

 

では何で行動したのかって話をしたいと思います。

 

 

 

えー、まずその前に、何でこんなにスピ漫画…というか、自分がスピなことをしていることを知り合いに見られることが怖いのか、というと。

 

スピではないんですが、私はかつて実家の宗教を信仰していた時期があったんですけど、それやめたんですね。

 

んで、その数年後に親友に言われた一言。

 

「おまえが宗教に走ったら、絶交する」

 

その人は、宗教もスピリチュアルも同じ見方をして否定しまくってることを知ってたので、それでバレることを恐れた…という訳です。

 

前世の話をしてる人を見かければ、史実と照らし合わして論破するタイプなんですよw

 

だから、スピな人にとっては、相当怖い類の方だろうと思います。

 

 

 

今思えば、そんなことで絶交するような人、友達でも何でもないじゃないかって思うし、

 

ていうかこの人、私が宗教してた時もずっと友達だったから、そこまで危惧する必要なくね?って思うのです。

 

でも、発覚したら恐らく、くそ味噌に否定されまくるのはわかってるので、本音まで黙っておきたいという気持ちがとても強いです。

 

てか、わざわざ言うことでもないのだけれど。

 

 

 

そんな理由もあって、自分がスピなことをしていることは、絶対に内緒のことでした。

 

この方以外も、何故か私の友人はスピ否定派ばかりで…

 

まあ、かつての自分も相当な否定派だったので、類友的に縁が繋がった結果、こういう人間関係の中にいるのだろうと思います。

 

 

 

そういや、二極化が進むと、それまで一緒にいた人とは、エネルギーが合わずに離れるという話がありますが、多分私の友人との関係もそうなって行くと思います。

 

ただ、私の内側とよくよく話をしてみると、

 

別段、友人達とは離れようと離れまいとどちらでも良いみたいで、

 

でも、大好きな人達だから、一緒にいる時はニコニコしてたいよね、

 

って結論に至っています。

 

人とのご縁はその時によって状況が変わって行くものなので、執着はせず、

 

かと言って「二極化だから!」と突き放すのもおかしなこと。

 

だから、最近、波長が合わないと思う相手がいたとしても、それでも相手を大切にしたいと思うなら、そのご縁は大切にすると良いと思うのです。

 

★★★

 

そんな感じで、私の友人に対するブロックが少しずつ柔らかいものになって行った時に。

 

とある声優さんの動画を観て、それが私の背中押しになりました。

 

 

 

私、声優が大好きで、色んな声優さんの動画を観るのですが、

 

とある声優さんが、昨年4月?にスピリチュアルグッズを人から貰って、

 

そこからタロットの本を10冊読み込んで、

 

プロの占い師の指導も受けた結果、

 

たった数ヶ月で、プロ顔負けのリーディングをしてる動画を、たまたま見つけまして。

 

 

 

私が感動したのは、僅かな期間で本格的にタロットでリーディングをこなす

 

…ことではなく、どんな人の前だろうと、スピリチュアルが好きな自分を隠さない姿勢が、もう…もう…

 

「コレ!!!私がやりたいの、コレなの!!!」

 

ってなっちゃいましてw

 

 

 

その声優さんは、ゲームを好きになるのと同じ感覚で、スピリチュアルが好きであることを、何のてらいもなく赤裸々に語っていて、それがもう羨ましくて、羨ましくて。

 

話を聞いている声優さんのほとんどは、スピリチュアルと聞いた時、胡散臭そうな反応をするので、ご本人も

 

「俺、胡散臭いよね!w」

 

って笑うんですが、相手の反応に恐れなんかちっともなくて、カラカラと明るく笑う姿が、

 

「コッレッッッッッだわ〜!」

 

って私が感嘆の溜息を漏らす程の、まー、明るさ!軽さ!

 

 

 

我も、かくありてぇ…

 

 

 

友達に、好きなゲームの話するのと同じノリで、

 

「私スピリチュアル好きなの」

 

って言ってみてええええ!!!

 

別に友達にもスピにハマって欲しい訳じゃなくて、ただ聞いて欲しい。

 

そういう一面もある私を、それでも今までと変わらず友達でいて欲しいって…

 

あー!泣くわ!マジで!

 

 

 

そっか、私、スピ好きな自分も、友達に受け入れて欲しかったのか。

 

何かのゲームやアニメを好きになっても、全然変わることなく付き合ってた友達に、それと同じノリで、受け入れられたかったのだなあ…

 

何を好きになろうと、私は私だから、何も変わらないよって。

 

 

 

ジャンルの切れ目が、縁の切れ目と言われる、オタク界隈で。

 

友達が何にハマろうが、自分の地雷カプにハマろうが、30年近く続いた友達との関係。

 

私の交友関係、そんな人ばかりだから、

 

いい意味で、相手が何しようが我関せずな子ばかりだから、

 

スピ好きな私であっても、友達のままでいて欲しいのかあ…

 

文章にしてやっと気づいた、自分の本音。

 

そっか、別に一緒にスピを好きになって欲しい訳じゃなくて、スピ好きな私でも、今まで同様、友達でいて欲しいんだなあ。

 

★★★

 

今回は、好きな声優さんのあっけらかんとした態度をきっかけに、

 

スピ好きな自分を表に出すことに抵抗があったのが、少しほぐれました。

 

 

 

でも、こういう塩梅で、羨ましいとか、嫉妬とか出て来た時、

 

そこには自分の本音は隠されているなと、より確信しました。

 

本当はそうしたいのに、そうしてないから、そうしてる人を見ると羨ましくて、

 

その想いが強いと、嫉妬さえしてしまう。

 

 

 

私、筆を折って描くことを諦めた時、人の絵を全く見られなくなったんです。

 

だって、羨ましくて、嫉妬で気が狂いそうな程だったから。

 

堂々と絵を描いて、公開している人が羨ましくて、滅茶苦茶嫉妬してたんです。

 

絵の上手い下手は関係なかった。

 

絵を描く人全員が、私の嫉妬の対象だったんです。

 

ただ描いて、それを発表している、ただそれだけの姿が、羨ましくて、羨ましくて…

 

 

 

眼病を患い、いつまで描けるかわからないことに恐怖して、心も筆も自ら折ってしまった私は、

 

病気の進行という心配なく描き続けられる人が、羨ましくてしょうがなかった。

 

 

 

でも、本当は、まだ描いていたかったみたいで。

 

そして、事実、勇気を出して描いてみたら、意外と描けたし、意外と見えてたという。

 

 

 

思い込み…あったんですよね。

 

「もう私は描けない」

 

病気だから、心が折れたから、下手だから…って。

 

でも、本音は

 

「病気だから、何?

 

私、描きたいんですけど?」

 

ってわかっちゃってw

 

嫉妬で気づいたんです。

 

人の絵を見るのが嫌になるぐらい嫉妬したことで、本当は描きたい自分を発見したんです。

 

 

 

そういう経緯があるから、嫉妬とか羨ましいって、自分の本心に向き合う良いツールだと思うんです。

 

嫉妬や羨ましいって感情が出て来たら、それチャンスなんです。

 

「おまえが本当にやりたいこと、コレだよね?

 

だから、羨ましいんだよね?

 

それをしている人に嫉妬するんだよね?」

 

っていう、ハイヤーセルフからの合図なんです。

 

 

 

それは確かにその通りで、だって、私は歌ってる人を見て羨んだり、嫉妬したこと、一度もないから。

 

運動神経良い人にも、料理が上手い人にも、嫉妬したことない。

 

私が嫉妬する相手は、ただ絵を描いているだけの人、絵が上手い人。

 

漫画の話をまとめる技術が半端ない人なんか見たら、もう腸がねじ切れんばかりに嫉妬します。

 

 

 

あ、あと、滅茶苦茶楽しそうにゲームする人にも嫉妬するなw

 

眼病患って以来、心底ゲームを楽しくプレイできたこと、余りないもんで…

 

このブロックも、いずれ、うん。

 

★★★

 

私、いつも思うんですけど、何より大切なものって、自分の人生だよなって。

 

正直、スピリチュアルより、私は自分の人生の方が、遥かに大切です。

 

て言うか、この人生を生きることがスピリチュアルだと思ってるので、私にとって人生とスピリチュアルは同義語です。

 

 

 

んで、人生を生きるってどういうことなの?って言うと、

 

日常の生活の中で起こる全ての事象・感情が、気づきに繋がるツールだったり、意識が変わるチャンスのお知らせだったり。

 

それらはまるでゲームのように、自分の進行方向に落ちてるパワーアップアイテムみたいなもんで、この先を進む指標の1つとして、

 

ネガティブな感情が出てきたり、

 

嫌な人間関係として眼前に展開されたりする訳です。

 

ツールなんですよ、自分の意識が変わる為の。

 

 

 

そして、何で意識を変えようとするのかと言うと、

 

意識を変えるってわかりやすく言うと、物事を別視点から見るという、言わば視点の変更や追加をしてるんですね。

 

だって、状況は人視点で見るより、鳥視点の方が全体を掴みやすいですから。

 

 

 

んで、なーんで意識を変えたいのかって言うと、これは魂の本能みたいなもので、そうせずにはいられない自分がいるから、としか言いようがないんすよね。

 

そうだなあ…何で変わりたいのかって、わかりやすく言うと、

 

「その状態の自分が、1番好きで、落ち着くから」

 

好きな自分でいる、という言い方が1番しっくり来るかもしれません。

 

ネガネガしてる時って

 

「こんな自分は嫌いだ!」

 

って思うじゃないですか。

 

だから、好きな自分でいることを選択すると、どうしてだかスピリチュアルの方向とマッチするんです。

 

それが、私のスピ好きな理由ですねえ…

 

だから、私の魂の奥底から込み上げる欲求=好きな自分でいる、がスピリチュアルと噛み合わないものであれば、私は何の躊躇もなくスピから離れます。

 

 

 

日常も、感情も、私にとってはツールです。

 

今の自分の状況を知る為のものさしであり、より安心に似た好きな自分に至る為の手段です。

 

 

 

そして、この人生は、100%私の為のものです。

 

私の為に用意したゲームコースであり、特別メニューなので、これをクリアするとメッチャ上がるのわかります。

 

上がる?

 

何が?

 

自分が、です。

 

自分の気持ち…意識というか、んー、心?エキス?

 

 

 

そういう感じのものが上がるって知ってるから、だからこういうの、魂の本能としか形容しようがないんですよね…

 

多分地球に、コレに適切な言葉ないんじゃないかと思います。

 

有り体に言うなら、涅槃に至るとか、中道とか、そういう言葉もあるのだろうけど、そういう言葉って人類には難しいから、自分にわかりやすい言葉で語ると、

 

「そうしたいから、そうしてる」

 

「そうせずにはいられないから」

 

辺りが適してるのかなあと思います。

 

 

 

心がそうしたいって叫ぶこと、誰も抗えないじゃないですか。

 

人を愛した時、その想いを止めることなどできないように。

 

つまり、スピリチュアルって、そういう類の魂の叫び、情熱なんです。

 

胸の辺りから勝手に湧き上がる熱意みたいなものなんすよ。

昨年下半期は、ずっと創作に取り組み、しかし形に残せなかった期間でありました。

 

描く行為そのものへの恐怖心は克服したものの、ふとした時に、何故かどうしても筆が進まないことが多くありまして。

 

その原因は、

 

「下手さへの恐怖」

 

当時、何故こんなに筆が進まないのかと焦ったり、自分にガッカリしたものでした。

 

そして、下手なこと、描かないことへW自責を繰り返すという。

 

 

 

ですから、年末は今後の生き方について、随分と悩みました。

 

自分の内側ともトコトン語り合いました。

 

時にはハイヤーセルフになったつもりでエゴの本音を聞き、時にはエゴ視点でハイヤーセルフと会話をし。

 

私の心の中は、意外とまだまだ傷が深くて、

 

いつぞやの誰それに言われたことが傷になって自信喪失の今に繋がっていたり、

 

子供の頃の些細な出来事が、なかなか行動できない習慣として染みついていたり。

 

 

 

意外だったのは、親と遊びに行く約束を親の都合で破られた時、

 

「そういうものなんだ…」

 

と受け入れてしまったことが、外へ遊びに行くことへのブロックになってたこと。

 

自分、いやに引きこもりが過ぎるなとか、外へ出る活気がないなと思ってたけど、そういうことも原因の1つだったようです。

 

あくまでも、「その内の1つ」なのですけども。

 

 

 

「描く」という行動にブロックが掛かる原因は、そんな感じで少しずつ、わかるようになりました。

 

「行動すること」そのものに抵抗があることも、その自信を失う要因もわかりました。

 

それは、自分の好きなものを兄に馬鹿にされたり、いじめに遭ったり、人にうざいと言われたり、叱られたり、色々。

 

 

 

そんな感じで、「できない」理由はたくさん並びました。

 

それらに1つ1つ向き合い、癒やし、時には感情を吐き出すこともしました。

 

 

 

で、これからどうするの?と。

 

 

 

私の心は、いつもこの言葉に引っ張り戻されます。

 

「それで、私はこの先、何を収入源にして生きるの?」

 

★★★

 

失業保険等でやり繰り過ごして来た半年でしたが、流石にそろそろ収入源を確保しなくてはならなくなって来ました。

 

それで、10月から本格的に仕事探しをしていたのですが、まあ出るわ出るわ、ブロックの嵐が。

 

勿論、私は描きたい訳ですから、漫画関係の仕事を探します。

 

漫画、アシスタント、着色、その他…

 

やりたい!と意欲を燃やした数分後、

 

「私には無理!!!」

 

と自分の作画技術の低さに自信を失い、行動を起こせない繰り返し。

 

…これでもかつては、商業誌で活動していた漫画家なのですが、そのかつての感覚を全く思い出せない。

 

「無理だ無理だ、下手だし下手だし…」

 

自分でもビックリする程、これまでの人生のあらゆる場面で溜め込んだり我慢したり、スルーしたつもりの泥々が、行動を起こそうとする都度、出て来ました…

 

正直、精神病みかけた程に。

 

 

 

ですから、描くことを仕事にするの、やめることにしたんです。

 

ハロワで、清掃だの食器洗いだの適当なパートを探して、仕事の後に描きたいものに向き合う時間を作ればいいや、別に仕事じゃなくてもいいじゃんか、と。

 

 

 

そう思っていたら、まあ、来る訳ですよ。

 

「描く仕事」が!

 

 

 

私は指定難病患者なので、障害者支援施設を利用できるんですが、デザイン系の事業所の募集が、ハロワに行ったその日偶然来てたのです。

 

勿論、私は飛びつきました。

 

掃除とか皿洗いとか、別にもうそういうのでいいやと思っていたのに、

 

「仕事で描けるの!?描きたい!!!」

 

って、もうテンションMAXで、ルンルンで、飛びつきました。

 

 

 

結果から申し上げると、時間的な都合等で、そことはご縁がなかったのですが…

 

 

 

でも、この出来事で、自分の本心を知ってしまったんですね。

 

「何だ、結局私、仕事として描きたいんじゃないか」

 

★★★

 

とは言え、何をどうしたら良いものか、ちっともわからないまま、現在。

 

それでも何かを描いてみたくて、大晦日の夕方頃からウズウズして、とりあえず描いてみたのが、前の記事で投稿したスピ漫画でした。

 

 

 

んー…結局、スピ漫画、描きたいのかしら?

 

いや、スピとは無関係の創作漫画も描きたいのは本音。

 

もしかして、どちらも…かしら?

 

 

 

実の所、今現在の自分の気持ち、よくわからないんですw

 

認めようとしてないのか、避けようとしているだけなのか。

 

いやもっと根元の問題として、スピ漫画を知り合いに見られて、スピを否定されたら怖いという本心がチラチラ…

 

私、スピ漫画描きたい描きたい言ってて、描いて来なかったもんなあ…(涙)

 

そうね、そっすね、向き合う時が来たのだわ多分違うかもでも恐らくガタガタ…

 

★★★

 

「行動する」

 

って言葉、アホ程来てるんすよ。

 

何見ても「行動する」ってフレーズ、目や耳に飛び込んで来るんです。

 

これ、「描こうよ♪」って、上から来てるよね、明らかに?

 

 

 

想像以上に恐怖心は根深いのに、心のどこかで

 

「そんなの、ヨユー!」

 

って思ってる自分もいる。

 

この自分、明らかにハイヤーセルフの感覚なんだよなあ。

 

そんな恐怖心、モノともせずに、アタイ描けちゃうんだぜ?と言わんばかりの。

 

それに対して私のエゴは、

 

「馬鹿言え、10年以上苦しんで来たトラウマが、そんな簡単に超えられるなら、今までの苦労何なのよ!」

 

って言い返す。

 

それに対してもう1人の私は、こう言い返してる。

 

「今まではそうだったかもしれない。

 

でも、これからもそうとは限らない」

 

 

 

馬鹿みたいに前向きなこの私、本当に何者なんだろうなあ?

 

変な感覚であると同時、よく知っている自分という気もします。

 

幼稚園児の頃の自分に、エネルギーがよく似てるんだよなあ、コイツ。

 

★★★

 

てな話で、描く仕事、したいと思ってます。

 

ですんで、もし何か描いて欲しいものとかあったら、ご連絡ください。

 

 

 

とは言え、いきなり仕事として描くってのも敷居が高いから、そうだなあ…

 

最初は無償で、ブログに公開する形で、リクエストされたものを描くって感じで行こうかなと思います。

 

私に何か描いて欲しいものあったら、アニメやゲームのキャラでもいいんで、リクエストどうぞ。

 

 

 

てか、せっかくスピブログだから、

 

「私のハイヤーセルフを想像して描いてみてください!」

 

ってのも、面白いかもw

 

ただ、インスピレーションで描くものなので、正確さは一切追求しない方向でお願いします。

 

コメにリクエスト書き込んでくだされば、できる限りお応えして参ります。

 

キャラでも、ハイヤーセルフでも、天使でも、龍でもいいですよー。

 

とにかく何か描きたい!ので、どうぞよろしく〜。