物騒なタイトルですが、結論から申し上げると、こんな対決宇宙には存在しません。
そして、ふわふわ、地に足つけたスピリチュアル、どちらを選んでも間違いではないし、正解ということでもない。
と、先程、編成意識状態の時に、ハイヤーセルフからハッキリと答えを貰いました。
ここ最近、地に足をつけたスピリチュアルという言葉をよく聞き、自分なりに実践していたのですが、何故かだんだん追い詰められて、辛くなってしまったんですね。
その時に出てきた感情は、怒り。
私はその怒りにフォーカスして、自分の心の声を聞いてみた所、
「私、こんなにも頑張っとるやんか!
それなのに、何で、こんなに追い詰められないといかんの!?」
と泣き出してしまいました。
こんなにも頑張ってるのに、上手く行かない。
失敗を繰り返した、という思い。
先の不安、病気のこと、それでも自分なりにベストを尽くしただろ!という怒り。
あー…うん、確かに私、ここ数ヶ月凄く頑張って、でも思い通りの結果を出すことが出来なくて、凄くしょんぼりした。
描く楽しさは思い出せたけど、それを形に残すことができなかった。
自分の怒りに向き合って、思いがけず大粒の涙が溢れた時、やっと自分の辛さを理解しました。
そして、このように向き合わないと、自分の本心を認識できない程に、何か感情の糸のようなものがこんがらがっていたようです。
★★★
そんなことをしていたら、突如、体調を崩してしまい、しばらく寝ることにしました。
ベッドの上で横になり、目を閉じていたら、視界に光と影が何度も重なるのが見えて。
目を触ると、どうやら半眼状態で何かを視ているよう。
何だコレと思いつつ、
「地に足をつけたスピリチュアルって何なの?
ちゃんと仕事して、しっかりご飯を食べるとか、そういいことなの?」
と自分の胸の内に問い掛けました。
すると、言葉より早く、突如心臓の後ろ辺りの背中が数秒痛み出し、でもそれはすぐに治りました。
そして、それより数テンポ遅れて
「その通りだ」
という声が聞こえました。
この声は、私のエゴがそれらしく答えたもので、ハイヤーセルフの答えはそれより早く肉体に伝わった痛みの方。
エゴは自分の心を守ろうと、時々、高次元の声のフリをすることを知っているので、声より早く伝わった痛みを信頼しました。
痛みを通して伝わってきた内容は、次の通りです。
「車椅子の人に、地に足をつけて歩けと言えるの?」
そして、魂の段階によって、その人に適した言葉は違う、と。
今、地に足をつけなさいという言葉が適している人。
今は、ようやく視界に薄らぼんやりと光が差して、その方向に向かうだけでも大変な人。
ふわふわとか、地足とか、それらはその人それぞれで適するものが違うし、またタイミングによって変わるもの。
そして、ふわふわも地足も、それは人間が勝手に決めた概念であること。
そして、この2つの言葉には、どちらにも否定的なエネルギーがあることをあなたは感じているよね、と。
滅茶苦茶わかりやすい直球来た!
★★★
その後、背中を何かにグイグイ押されたので、体外離脱すればいいのかなー?と試したんですが、どんなに頑張っても離脱できませんでした。
いや、そもそも体外離脱って、頑張ってするもんじゃないわ。
というか、ここ数ヶ月体外離脱スランプで、やり方忘れましたw
うーん、何で出来なくなったんだろうね?
私は変性意識のまま、壁に向かう形で寝る体勢を変えました。
すると背後の、少し遠い位置と思しき音量で、拡声器を通したようなオッサンの声が聴こえて来ました。
オッサンは、私が何故難病という道を選んだのかとか、この人生を選んだのかとかを、一生懸命語っていました。
生憎、その内容は寝落ち寸前の意識状態であることもあってか、詳細は覚えていないのですが…
でも、それらの言葉は、ここ数日、私がハイヤーセルフや宇宙に、怒りの感情を添えて投げた問いに対する答えだとわかりました。
何故、難病という人生を選んだのか。
何故、描くのか。
オッサンは、私に描く力があることを、拡声器で訴えるように、でも聴き取りやすい音量で語っていました。
私には力があるから、魂は描くことを選ぶようです。
私には力があるから、難病という道を選んだようです。
でも、今の私は、自分に力などないように信じ込んでしまっています。
だから、オッサンは私の寝入りに、拡声器で訴えに来たのかもしれません。
★★★
あと、ずっと「ビ」という声も同時に、かなりしつこく聴こえていました。
「ビ!ビビビ!ビー!」
って感じで。
でも最初、私はビという声を認識しておらず、しつこく繰り返されたことでようやくビという音に気付きました。
意識を向けた途端、ビという音は、美という言葉だとわかりました。
そして、美は人や宇宙を表していることを、宇宙とか人のイメージが一瞬脳裏を掠めた時に理解しました。
そして、美が何故、私の名前に含まれているかを教えられました。
でも、私は自分の名前に美が付くことを、昔から嫌っていました。
自分に全くそぐわない性質の文字だと思っていたからです。
けれど、美=宇宙だと教えられ、そして、私の名前はちゃんと宇宙の意図に沿って名付けられていることを知りました。
美が宇宙とか人を表しているなんて、目から鱗!
でも、納得します。
だって、宇宙も人も、それはそれは美しいですから。
★★★
背中に痛みが走ったその時から、胸の辺りがずっとポカポカ暖かかったです。
ですから、私はその暖かさに安心して、包まれて、いつしか眠ってしまいました。
★★★
多分、それは起きる直前のことだと思います。
気がつくと、私はどこかのベッドにうつ向けに寝かされて、誰かが私の背中を優しくマッサージしていました。
これは目覚めてから気づいたのですが、マッサージを施してくれたのは、拡声器で喋ってたオッサンでした。
オッサンの姿は視認していないのですが、施術する人のあの雰囲気、心当たりがあるのです。
その人は、いつぞやシリウスと繋がった時、夢に出てきた、腹の出たムチムチのオッサンと同じ空気を纏っていました。
あの時オッサンは、私に食べ物について注意を促していたけど、結局私はオッサンのアドバイスを無視しておりました。
にも関わらず、オッサンは私を見守ってくれていて、寝てる間にヒーリングを黙って施してさえいました。
私は、このオッサンが何者か知らないし、自分とどんな繋がりのある人かも知りません。
でも、多分、私を見守る存在の大切な1人なのだと感じます。
姿や声がオッサンなのは、変性意識のあの領域で会うのに適してて、私が親しみを感じるのがあの姿だからかなー?と思います。
★★★
タイトル回収まとめ。
ふわふわだろうと、地足だろうと、
どちらも間違いではないし、正解でもない、
というのが、私のハイヤーセルフの回答です。
そして、私のハイヤーセルフは、そういう言葉尻みたいなニュアンスより、
「その人が幸せな人生を歩むこと」
の方を重視して欲しいと伝えて来ました。
今から凄く大切なことを言います。
ふわふわも、地足も、どちらも人の幸せを想っているんです。
祈りのような優しさを、どちらのスピリチュアルも湛えていること、エネルギー的にあなたは感じているはずだと、私はハイヤーセルフに教えられました。
その優しい気持ちとか、波動とかを、どうして誰が、言葉1つで否定したりできるの?って。
その優しさは本物なのに、どうしてふわふわとか、地足とか、そんな言葉の天秤如きで、人の心を推し測っているのかな?って。
いや、もうッッッッ…!!!
本ッッッッ当にその通り!!!!!
本当はハイヤーセルフが伝えて来たのは、もっと優しみあって、否定感0なんですが、私の翻訳が下手くそで、あの温かな波動がちっともダイレクトに表現できてない!(涙)
向けるフォーカスは、人の心。
そして、人それぞれにテーマが違うことを理解すること。
現在の状況を慮ること。
そして、もしそれらの言葉を使う人を見かけたとしても、それを否定的な目で見るのではなく、その人の心の底ではピュアな源流が滔々と流れていることを、ちゃんと認識すること。
スピリチュアルの多くは、純度100%の愛から行動している事実は、歪めないで欲しいと。
確かに…確かにコレ、地味だけど大事な視野の持ち方!
そして、慮る。
美しい日本語です。
コレいい、コレで行こう。
そして、ふわふわにも、地足にも、それらの言葉には否定の波動も含まれていることを認めることも大切だなと思います。
どちらも出発点は、純度100%の愛から始まってるけど、人間だからね。
つい、何が否定しちゃうとかあるよね。
でも、どちらが正しいっての、宇宙には本当にそんなの無いなってわかるじゃないですか。
だから、迷ったら、愛を定規にするといいと思います。