こう見えちゃったもんは、しょうがない。

 

 

★★★

 

あけましておめでとうございます。

 

今年もよろしくお願いします。
 

★★★

 

漫画の補足説明

 

この頃はまだスピリチュアルアウェイクニングが始まったばかりで、霊視の感覚がイマイチわからんまま、本に書いてある通りにイメージワークをしたら、こういう感じのファンシーなオッサンを視ました。

 

今は霊視の感覚がわかるので、当時のこの視え方はガチで正解だったようです。

 

この話、続きがあるので、気になる方はいいねして貰えると、執筆の励みになります。

 

★★★

 

そういや、以前別サイトで公開してたスピ漫画、サイトを閉鎖したので、今は見れなくなってます。

 

管理とか色々面倒なので、今後スピ漫画を上げる時は、アメブロのこのブログに投稿して行きたいと思います。

 

物騒なタイトルですが、結論から申し上げると、こんな対決宇宙には存在しません。

 

そして、ふわふわ、地に足つけたスピリチュアル、どちらを選んでも間違いではないし、正解ということでもない。

 

と、先程、編成意識状態の時に、ハイヤーセルフからハッキリと答えを貰いました。

 

 

 

ここ最近、地に足をつけたスピリチュアルという言葉をよく聞き、自分なりに実践していたのですが、何故かだんだん追い詰められて、辛くなってしまったんですね。

 

その時に出てきた感情は、怒り。

 

私はその怒りにフォーカスして、自分の心の声を聞いてみた所、

 

「私、こんなにも頑張っとるやんか!

 

それなのに、何で、こんなに追い詰められないといかんの!?」

 

と泣き出してしまいました。

 

 

 

こんなにも頑張ってるのに、上手く行かない。

 

失敗を繰り返した、という思い。

 

先の不安、病気のこと、それでも自分なりにベストを尽くしただろ!という怒り。

 

 

 

あー…うん、確かに私、ここ数ヶ月凄く頑張って、でも思い通りの結果を出すことが出来なくて、凄くしょんぼりした。

 

描く楽しさは思い出せたけど、それを形に残すことができなかった。

 

自分の怒りに向き合って、思いがけず大粒の涙が溢れた時、やっと自分の辛さを理解しました。

 

そして、このように向き合わないと、自分の本心を認識できない程に、何か感情の糸のようなものがこんがらがっていたようです。

 

★★★

 

そんなことをしていたら、突如、体調を崩してしまい、しばらく寝ることにしました。

 

ベッドの上で横になり、目を閉じていたら、視界に光と影が何度も重なるのが見えて。

 

目を触ると、どうやら半眼状態で何かを視ているよう。

 

 

 

何だコレと思いつつ、

 

「地に足をつけたスピリチュアルって何なの?

 

ちゃんと仕事して、しっかりご飯を食べるとか、そういいことなの?」

 

と自分の胸の内に問い掛けました。

 

すると、言葉より早く、突如心臓の後ろ辺りの背中が数秒痛み出し、でもそれはすぐに治りました。

 

そして、それより数テンポ遅れて

 

「その通りだ」

 

という声が聞こえました。

 

この声は、私のエゴがそれらしく答えたもので、ハイヤーセルフの答えはそれより早く肉体に伝わった痛みの方。

 

エゴは自分の心を守ろうと、時々、高次元の声のフリをすることを知っているので、声より早く伝わった痛みを信頼しました。

 

 

 

痛みを通して伝わってきた内容は、次の通りです。

 

「車椅子の人に、地に足をつけて歩けと言えるの?」

 

 

 

そして、魂の段階によって、その人に適した言葉は違う、と。

 

今、地に足をつけなさいという言葉が適している人。

 

今は、ようやく視界に薄らぼんやりと光が差して、その方向に向かうだけでも大変な人。

 

ふわふわとか、地足とか、それらはその人それぞれで適するものが違うし、またタイミングによって変わるもの。

 

 

 

そして、ふわふわも地足も、それは人間が勝手に決めた概念であること。

 

 

 

そして、この2つの言葉には、どちらにも否定的なエネルギーがあることをあなたは感じているよね、と。

 

 

 

滅茶苦茶わかりやすい直球来た!

 

★★★

 

その後、背中を何かにグイグイ押されたので、体外離脱すればいいのかなー?と試したんですが、どんなに頑張っても離脱できませんでした。

 

いや、そもそも体外離脱って、頑張ってするもんじゃないわ。

 

というか、ここ数ヶ月体外離脱スランプで、やり方忘れましたw

 

うーん、何で出来なくなったんだろうね?

 

 

 

私は変性意識のまま、壁に向かう形で寝る体勢を変えました。

 

すると背後の、少し遠い位置と思しき音量で、拡声器を通したようなオッサンの声が聴こえて来ました。

 

オッサンは、私が何故難病という道を選んだのかとか、この人生を選んだのかとかを、一生懸命語っていました。

 

生憎、その内容は寝落ち寸前の意識状態であることもあってか、詳細は覚えていないのですが…

 

でも、それらの言葉は、ここ数日、私がハイヤーセルフや宇宙に、怒りの感情を添えて投げた問いに対する答えだとわかりました。

 

 

 

何故、難病という人生を選んだのか。

 

何故、描くのか。

 

 

 

オッサンは、私に描く力があることを、拡声器で訴えるように、でも聴き取りやすい音量で語っていました。

 

私には力があるから、魂は描くことを選ぶようです。

 

私には力があるから、難病という道を選んだようです。

 

でも、今の私は、自分に力などないように信じ込んでしまっています。

 

だから、オッサンは私の寝入りに、拡声器で訴えに来たのかもしれません。

 

★★★

 

あと、ずっと「ビ」という声も同時に、かなりしつこく聴こえていました。

 

「ビ!ビビビ!ビー!」

 

って感じで。

 

 

 

でも最初、私はビという声を認識しておらず、しつこく繰り返されたことでようやくビという音に気付きました。

 

意識を向けた途端、ビという音は、美という言葉だとわかりました。

 

そして、美は人や宇宙を表していることを、宇宙とか人のイメージが一瞬脳裏を掠めた時に理解しました。

 

 

 

そして、美が何故、私の名前に含まれているかを教えられました。

 

でも、私は自分の名前に美が付くことを、昔から嫌っていました。

 

自分に全くそぐわない性質の文字だと思っていたからです。

 

けれど、美=宇宙だと教えられ、そして、私の名前はちゃんと宇宙の意図に沿って名付けられていることを知りました。

 

 

 

美が宇宙とか人を表しているなんて、目から鱗!

 

でも、納得します。

 

だって、宇宙も人も、それはそれは美しいですから。

 

★★★

 

背中に痛みが走ったその時から、胸の辺りがずっとポカポカ暖かかったです。

 

ですから、私はその暖かさに安心して、包まれて、いつしか眠ってしまいました。

 

★★★

 

多分、それは起きる直前のことだと思います。

 

気がつくと、私はどこかのベッドにうつ向けに寝かされて、誰かが私の背中を優しくマッサージしていました。

 

これは目覚めてから気づいたのですが、マッサージを施してくれたのは、拡声器で喋ってたオッサンでした。

 

オッサンの姿は視認していないのですが、施術する人のあの雰囲気、心当たりがあるのです。

 

 

 

その人は、いつぞやシリウスと繋がった時、夢に出てきた、腹の出たムチムチのオッサンと同じ空気を纏っていました。

 

あの時オッサンは、私に食べ物について注意を促していたけど、結局私はオッサンのアドバイスを無視しておりました。

 

にも関わらず、オッサンは私を見守ってくれていて、寝てる間にヒーリングを黙って施してさえいました。

 

 

 

私は、このオッサンが何者か知らないし、自分とどんな繋がりのある人かも知りません。

 

でも、多分、私を見守る存在の大切な1人なのだと感じます。

 

姿や声がオッサンなのは、変性意識のあの領域で会うのに適してて、私が親しみを感じるのがあの姿だからかなー?と思います。

 

★★★

 

タイトル回収まとめ。

 

ふわふわだろうと、地足だろうと、

 

どちらも間違いではないし、正解でもない、

 

というのが、私のハイヤーセルフの回答です。

 

 

 

そして、私のハイヤーセルフは、そういう言葉尻みたいなニュアンスより、

 

「その人が幸せな人生を歩むこと」

 

の方を重視して欲しいと伝えて来ました。

 

 

 

今から凄く大切なことを言います。

 

 

 

ふわふわも、地足も、どちらも人の幸せを想っているんです。

 

祈りのような優しさを、どちらのスピリチュアルも湛えていること、エネルギー的にあなたは感じているはずだと、私はハイヤーセルフに教えられました。

 

その優しい気持ちとか、波動とかを、どうして誰が、言葉1つで否定したりできるの?って。

 

その優しさは本物なのに、どうしてふわふわとか、地足とか、そんな言葉の天秤如きで、人の心を推し測っているのかな?って。

 

 

 

いや、もうッッッッ…!!!

 

本ッッッッ当にその通り!!!!!

 

本当はハイヤーセルフが伝えて来たのは、もっと優しみあって、否定感0なんですが、私の翻訳が下手くそで、あの温かな波動がちっともダイレクトに表現できてない!(涙)

 

 

 

向けるフォーカスは、人の心。

 

そして、人それぞれにテーマが違うことを理解すること。

 

現在の状況を慮ること。

 

 

 

そして、もしそれらの言葉を使う人を見かけたとしても、それを否定的な目で見るのではなく、その人の心の底ではピュアな源流が滔々と流れていることを、ちゃんと認識すること。

 

スピリチュアルの多くは、純度100%の愛から行動している事実は、歪めないで欲しいと。

 

確かに…確かにコレ、地味だけど大事な視野の持ち方!

 

 

 

そして、慮る。

 

美しい日本語です。

 

コレいい、コレで行こう。

 

 

 

そして、ふわふわにも、地足にも、それらの言葉には否定の波動も含まれていることを認めることも大切だなと思います。

 

どちらも出発点は、純度100%の愛から始まってるけど、人間だからね。

 

つい、何が否定しちゃうとかあるよね。

 

でも、どちらが正しいっての、宇宙には本当にそんなの無いなってわかるじゃないですか。

 

だから、迷ったら、愛を定規にするといいと思います。

正直、私にとってスターシードってのはただのラベルで、

 

宇宙から来た魂、今世は地球総仕上げ、

 

という認識があればそんでいいや、程度にしか思ってなかったんです。

 

 

 

ところがここ最近、友人との関係に亀裂が入ったことをキッカケに、気持ちが荒れたり、何やかんやありまして。

 

結論から申し上げると、私が「親友」というものに執着し過ぎて、過剰反応していただけだったのですが。

 

 

 

でも、その気づきに至るまでに、

 

「どうやら私は、大人の発達障害の疑いがある」

 

という流れもありました。

 

余りに空気が読めない自分を責めてしまったんですね。

 

それが発達障害の疑念を引き寄せた感じで。

 

まあ十中八九、発達障害だと思うんですけど、私的にそれは問題じゃなかったんです。

 

 

 

『何故、今、このタイミングで』

 

そのようなことが浮き彫りになって来たのかに、私の興味が向きました。

 

★★★

 

秋以降、自分の価値をもっと深く理解し、認めるという流れがありました。

 

このブログで過去に投稿した神様との繋がり云々も、その流れの1つでした。

 

結局、神様との云々は未だによくわかりませんが、肝要な部分はソコではなく、私が自分をどう認識しているかなんですね。

 

神様との…ってのは、それを測る為の手段だと理解していました。

 

 

 

そして、最近起きた発達障害疑惑。

 

…のはずが、いつの間にかその疑惑、

 

「スターシードだから」

 

って結論になっちゃって。

 

 

 

いやー、訳わかんないですよね!

 

私も何でそうなったのかわかりません!

 

 

 

でも、発達障害とスターシード、滅茶苦茶似てるんですよね。

 

スターシードの気質を、発達障害として病気扱いにすることで、世間が臭いものに蓋をしてるだけなんちゃうかと思うぐらい。

 

 

 

んで、自分と何度も語り合いました。

 

やはり、1番聴くべきは、自分の内なる声かなと。

 

そして、何やかんやあった結果、

 

「あ、自分ホンマ宇宙人ですね」

 

と認めた瞬間、視界がパアアと明るく開けた感覚を感じました。

 

急に目が良くなるような感覚が起こる時は、波動が上がる時なので、自分の中で何かのつっかえが取れたのかな?と思いました。

 

あとこの時、金木犀の匂いを割と強めに感じたのも印象的でした。

 

何か来てたのかな?

 

★★★

 

うん、まあ、結局、自分は宇宙人だと認めるのが近道でしたw

 

だって、本当に人間の気持ちがわからないんですもの。

 

だから、他人の意見に合わせて共感するフリとか、もういらんよな?

 

ってやったら、友人達から総スカン食らってw

 

え、何で?自分の気持ちに嘘付いてまで、どうでもいいことに共感なんてできないよ!

 

って数日グログロしてたら、幾つもの段階を経て、この流れの意味を少しずつ理解しました。

 

 

 

総スカン食らったそれ自体は、単なる投げられた一石でした。

 

で、それによる周囲の反応に、私がどう反応するのかみたいなのがあって。

 

それは別に、合格・不合格とかないので、特に深い意味はないようでしたが。

 

注目するのは、その時の自分の感情。

 

これにどう対処するかに、私の魂は興味を注いでいるようでした。

 

 

 

感情は久々に大荒れでしたが、2日もすると割とケロッとしていました。

 

いや、まだ心にチクチク痛みは感じていたけれど。

 

でも、そんな中で私は

 

「別に友人達との関係が切れてもいいか」

 

と思いつつ、また

 

「それでも私達の繋がりが完全に断ち切れる訳ではない」

 

と思って、だから抵抗も反発も言い訳も必要ないと、総スカンの件はそれで終わりとしました。

 

誰が悪い訳でも、私が悪い訳でもないからです。

 

友人との繋がりは切れないってのは、根拠のない自信というか、元々そうであるという感覚を知っているから、もし絶縁しても不安とか心配を感じないんすね。

 

もしそうなったら寂しさを感じると思いますが、別に不幸でも何でもないと思ったのです。

 

 

 

んで、こういう感性ってやっぱスターシードの性質で、人間人間してると理解はおろか、反発や胡散臭さを感じることは十も承知で。

 

でも、子供の頃からずっと、群れることに執着する人の気持ちとか孤独感とかわからなかったので…

 

いや、それまでの私もそういうフリをしてたんですが、結局やはりよくわからなかったんで、無理のあることはもうやめようという考えに至った次第です。

 

★★★

 

子供の頃から、集団で群れる人達の気持ち、わからなかったんです。

 

いつも1人で遊んでいて、それを寂しいと思ったこと、本当に一度もなかったんです。

 

嫉妬という感情もよくわからないし、人の悪口を言う気持ちもわからないし、孤独感もよくわかりませんでした。

 

でも、いじめをキッカケに、集団の中で感じる孤独が怖くて、私は中学生辺りから周囲に合わせるようになりました。

 

うるさいと言われれば静かにし、でしゃばりをなじられれば奥に引っ込むといった具合に。

 

私が初めて孤独を理解したのは、人のそばに居る時でした。

 

 

 

今ならわかるんですけど、これ、私何も悪くないし、周囲も悪くはないよなって。

 

ただ、そういう時代だったなと。

 

 

 

スターシードを免罪符に、周囲との調和を避けてるだけじゃないかと自分を責めたりもしました。

 

でも、何度考えても、「それは違う」って感覚しか湧いて来なくて。

 

この、地球独特の人間関係のルールとか、しがらみとか、

 

私らスターシードはそういうの、「もういいじゃない」ってやりに来てるなと、お腹の辺りから込み上げて来るんで。

 

★★★

 

最近、瞑想をすると、呼吸をする度に情報を受け取る感じが多いのですが、今日の瞑想も呼吸をする度に、何かを理解して行く感じがしました。

 

頭ボーッとしてる状態なので、その内容は余り覚えてないんですが、それでも

 

「ま、いっか」

 

ってスッキリしたってことは、それでOKという上からの合図なのだろうと思います。

 

 

 

あ、今回の瞑想で印象に残ったのは、

 

「この子わかってるから(ほっといてあげて)」

 

みたいな声が聴こえましたw

 

こういう見えない存在同士のやり取りみたいなの聴こえると、ちょっとテンション上がる。

 

あと、青白い光、恒星?を視ました。

 

★★★

 

自分がスターシードと知った時、私のアウェイクニングは加速し、

 

スターシードのラベルに執着することをやめた時も、何かが軽くなり、

 

今、スターシードであると再認識して、また何か軽くなりました。

 

 

 

多分、そういう段階を経て、理解を深めることもあるんだと思います。

 

手放して、理解して、再確認して、理解して。

 

 

 

そして、スターシードとして私が思うのは、

 

「自分の人生、大切に生きよう」

 

やっぱコレ!