昨晩、夢の中…だよな?

 

私には夢だか何だかわからない場所みたいなのがあって、いつもここから何かが始まることが多いです。

 

あと、いつもここで会う人がいて。

 

この人、いつぞやの巨人ギャランドゥ美女と同じ人っぽいんですが、その醸し出す雰囲気はやたら奇妙で、性的で、真面目なんだかふざけてんだかわからない御仁なんですね。

 

 

 

で、昨晩もこの奇妙な人に、いつもの場所で、背後から抱きしめられました。

 

うん、意味わかりませんね!

 

まあ、いつも大抵抱き締められるんです。

 

んで、抵抗すると頭をポンポン叩かれたりする。(しつこく)

 

何でそんなことをするのか、意味がさっぱりわかりません。

 

 

 

で、昨晩も後ろから抱き締められながら、

 

「じっとしてて」

 

と言われたので、怪しみつつも抵抗せずじっとしてました。

 

すると、頭の頂点にドリルのような音がして、何かがグリグリ頭の中に侵入して来る訳ですよ。

 

そんなことされたら、普通抵抗するじゃないですか!!!

 

まあ、頭の中を弄られるのは、ハイヤーセルフと初めて対面した時から度々起きてたことだし、別段痛みもなければ、本当に頭に穴が開けられる訳ではないので、アチラなりの軽い冗談なのだろうと解釈して、そのままされるがままでいました。

 

 

 

でも、ジッとはしてるけど、相手の顔辺りをジローッと睨みつけてやりました。

 

とは言うものの、相手の顔、視えないんですけども。

 

宇宙人とのコンタクトの時もそうですが、私は相手の顔を視るってことが余り得意ではなくて、ただそこに顔がある、その表情が何となくわかるって感じなんですね。

 

それこそ息の吸う・吐くがわかる程に、相手の気配を察知しています。

 

でも、なーんでか視えない!

 

 

 

視えないけど、それでも思いっ切り睨んでやりました。

 

すると、私の視点が徐々に変わり、何もなかった暗い空間だったはずなのに、どこかの部屋を非常にゆっくりと降下している光景になりました。

 

部屋は縦長にみょーんと伸びて、私はそこを非常にゆっくりと、しかも部屋の中をシームレスにループしながら落ちてました。

 

 

 

その部屋、何か見覚えがあると思ったら、多分昔の父の部屋?

 

それに気づいたら、今度は別の、押し入れのある古い部屋にいました。

 

これまた恐らく、昔暮らしたであろう家の一室。

 

でも…覚えてる訳がない。

 

だってそこは、私が1歳か2歳の時にいた家だから。

 

 

 

その後も次々と、色んな景色を見ました。

 

ようやく一人歩きができるようになったばかりの私と、私を連れて散歩に出かける育ての親のような婆ちゃんの姿。

 

母が盲目なので、この婆ちゃん…血の繋がりも何もない人だけど、私の面倒をみてくれて、私は婆ちゃんが大好きで。

 

 

 

あと、「お父さん、お父さん」と呼ぶ幼い自分の声を聞きました。

 

 

 

昔の家、父、婆ちゃん…

 

今日は昼まで寝てたんですが、寝入りや寝起き直後に、何度もそれらの光景を見ました。

 

 

 

あと、何故か行灯のある部屋で、侍の姿で人を待つ若い男(私?)の姿と。

 

 

 

奇妙な人との何やかんやは、毎度とても奇妙なことが起きますが、自分の過去生や幼い頃の光景を視たりするので、何か捨て置けないんですよね…

 

ふざけたシチュエーションで抱き締められるけど、ちょっと無視できないことも起きるので、正直どう解釈して良いかわからないのが現状です。

 

★★★

 

で。

 

この奇妙な人に文句を言おうと思って、夕方から自力体外離脱を試みました。

 

懲りないな、私!

 

いや、自力の体外離脱なら変な展開になりにくいし、あと自力離脱の成功率を上げたいという魂胆もありましてな?

 

 

 

結果から言えば、離脱は失敗しました。

 

かなりいい状態まで意識を自分の内側に沈めるまではできたのですが、そこからすぅっと抜けることができなかったというか、外の騒音に気が散ったというか。

 

 

 

それでも、あの静かな領域というか、自分の内側の中心のような、白くもやがかかったような領域に意識を沈めると、色んなものを視たり、聴いたり、情報が入って来たりするんですね。

 

体外離脱はこの領域を経由してスイッと抜ける感じなので、離脱しようとすまいと、どのみちこの領域に来る必要はある訳です。

 

瞑想でもこの領域に辿り着くので、多分ココ「私の場所」なんだと思います。

 

MOTHERのぼくの場所みたいな?

 

多分ここ、ハイヤーセルフの意識の入口なんではないかなー?と思います。

 

 

 

で、夕刻時にこの領域で得た情報は、

 

●江戸時代

 

●地球最後の生

 

●出逢いがある

 

他、宇宙関係の情報がチラホラ。

 

アルクトゥルスと繋がれとか、プレアデスと自分の関わりの深さとか。

 

★★★

 

江戸時代というのは、キーワード的に言葉が降りて来ました。

 

当然連想するのは、昼間まどろみの中で視た人を待つ侍。

 

あと、「城が大事」って声を聴いたかなあ…

 

何で城が大事なのかわかりませんが、私は城の警備?に誇りを感じてたっぽいです。

 

しかし、どっちの城のことなのか…

 

私、江戸中期に地元の国で警察みたいなことをしていた侍と、幕末に侍やってた過去生がありまして、この城が「どっち」なのかわからなかったのです。

 

地元の城なら平和なんですが、多分まあ…世の中が混沌としていた頃の方かと思います。

 

 

 

しかし、わからない。

 

私は「どっち」側だったんだろう?

 

暗殺されてた最期ではあるんですが…

 

 

 

そういや、さっきトイレで

 

「人はそれを認められない時、真実でも否定するものだ」

 

って言葉が降りて来たので、多分幕末の過去生のことを言われてるのかなあ…と。

 

「そんなはずない」

 

「まさか自分が、そんな」

 

って思いがあると、過去生の情報を得ても、真実と認めたがらないとか何だとか…

 

いや、でも、そもそも「ソイツ」の名前すら知らんし、「どっち側」なのかも知らないんですけど!?

 

 

 

まあ…いずれ知る必要に迫られる時があるかもです。

 

それは私の過去生の真相がどうこうというより、「江戸時代」というキーワードが重要みたいで。

 

江戸時代に、何かヒントがあるんです?

 

★★★

 

「地球最後の生」

 

まあ、これは何度も聴いているので、そうなんやろなあって感じです。

 

ただ今回、

 

「地球最後の生…何をするのかを…」

 

みたいな感じで声が聴こえたので、ミッション内容の確認が入ったのかなあ?と思います。

 

 

 

んー…私、初めてハイヤーセルフと対話した時に、ミッションを告げられたんですね。

 

それが、「スピ漫画を描きなさい」ってヤツなのですがw

 

 

 

色んなスピな人が、「ミッションとか使命とかやんなくていいんですよ」って言ってるのよく見かけるんですが、私の場合、

 

「しない方が違和感がある」

 

んですね。

 

多分、嫌ならやんなくてもいいっぽいんですけど、やった方が附に落ちる生き方になるって確信が、自分の内側から込み上げて来るんですね。

 

だから、使命とかミッション、やんなくても良いケースもあるのだろうと思うけど、

 

やった方が世界の色が明るく見えるなら、やってみるといいだろう

 

と考えています。

 

 

 

まーようは、選択権は自分にあるんですね。

 

この宇宙、自由意志だから。

 

ミッションも惹かれるなら、その閃きや声に乗ってもいいと思います。

 

★★★

 

「出逢い」

 

いやー…これも度々メッセージ来るって言うか、最近その頻度が増えてビビるんですが。

 

とうとう、指輪をした男女の手が重なる光景を、瞑想意識の時に視ましたよ!?

 

は?マジ?何それ。

 

 

 

以前にも申し上げましたが、私、恋愛とか面倒くさいんですね。

 

恋人いたら楽しいやろなとは思うけど、人間関係の色々の縛りが面倒くさいので、なら1人の方がいいやって思っています。

 

だから、何でこう度々出逢いがあるって来るのか、うーん?

 

 

 

いや、もしかしたらコレ、直接的な意味の出逢いしゃなくて、私の男性性と女性性の統合を示唆してね?

 

そっちじゃね?

 

 

 

と、ここまで考えて彷彿したのが、奇妙な性的な人。

 

何で毎度、後ろから抱き締められんの?

 

何で毎度、コイツが同じ場所に出てくんの?

 

 

 

もし、私が将来出逢う人がこの人だったら、どうなんの?

 

コイツ、確実に地球人じゃないんですけど!?

 

いやー…笑えない…

 

てか、本当に意味がわからない。

 

★★★

 

とか考えてたら

 

「そう深刻になりなさんな」

 

って思いが来たので、余り深刻にならんようにします。

 

 

 

それにつけても、瞑想状態の時に降りてくる情報。

 

どれも興味深いです。

 

情報を精妙に受け取る技術は自分にはまだないけど、思考が停止してる状態でポッポッと自分の内側から湧いて来るの、不思議。

 

元々内側にあるものが出て来てるだけなんだろうけど、それが人間的には面白いじゃないですか。

 

 

 

そういや、地球最後の…の声を受け取った時、

 

自分は本当に、「わからない」ということを地球人の肉体を通して経験しているのだなあ

 

と思いました。

 

そしたら、この肉体大切にしなきゃと思ったし、肉体を愛しく感じたんですね。

 

大切だから、この肉体には良いものを食べさせたいし、動くのに適した体型にしたいし、良い経験をさせてあげたいなーって。

 

 

 

んで、気づいた。

 

今思ったこと、そっくりそのまま、ハイヤーセルフが私に対して思ってることだわ!って。

 

ハイヤーセルフは私に、分身たる自分に、良いものを食べさせたいし、良い人生を送らせたい。

 

そっかー、そりゃそうだよな、だって自分なんだもん、そりゃ同じこと思うよなって納得しました。

 

 

 

…あ!コレ言いたい!

 

私、自分はエゴで、ネガティブ担当で、

 

ハイヤーセルフはポジティブ担当だと思ってたけど、違った!

 

私は、エゴの部分も、ハイヤーセルフの部分も内包してました!

 

いやー、長いことココ、誤解してました。(涙)

 

全部ひっくるめて私でした!

 

 

 

もし、エゴ=自分=悪と思ってる人がいたら、その考え方、ちょっと軌道修正しとくと良いかも知れません。

 

 

 

よく思い出して。

 

ハイヤーセルフって、自分なんですよ!

 

今更で当たり前なんですけども、意外とコレ忘れてる人多いかもなので、書いておこうと思います。

1つ、報告。

 

いつの間にやら、日光アレルギーが治ってました!

 

あんッッツなに苦しんでた日光アレルギーが!

 

 

 

今日犀川で、職場で貰ったバレンタインのチョコとかクッキーを食べながら日光浴してたんですが、ケロッ。

 

でも、体は元気だけど、クッキーはトンビに拐われました。

 

おのれ。

 

 

 

何で日光アレルギー治ったんかなー?って、思い当たることと言えば、

 

以前:私は人前に出てはならない、恥ずかしい人間だ

 

今:行きたい所はどこでも行こう

 

と意識が変わったから?

 

 

 

細やかな変化ではありますが、一歩前に出た感を感じます。

 

やるじゃん、私!

 

★★★

 

さて、体質変化の報告と併せて、ここ最近の気づきについて。

 

 

 

難病。

 

私は「黄斑ジストロフィ」という、国の指定難病の患者でございます。

 

焦点の周囲がドーナツ状に、視界が欠ける病気です。

 

虹視もあるよ!

 

 

 

最近、「嫌われる勇気」という本を読みました。

 

コレを読みながら私が感じたことは、

 

「もしかして自分、難病にかかったのは、病気を免罪符にする為じゃないのか?」

 

 

 

まあ、この考えは以前からありましたが、正面から向き合う勇気がなくて、何となく避けていました。

 

 

 

しかし、コバシャールさんの難病を治した方の動画を観て、

 

「ああ、とうとう向き合う時が来てしまった。」

 

と思いました。

 

 

 

 

私もこの方同様、目的があって難病を拗らせた、という意識がありまして。

 

 

 

難病に掛かること自体は、魂の計画だとハイヤーセルフは伝えて来ます。

 

けれど、難病になったことを大事(おおごと)にして、大騒ぎして、被害者になって、拗らせて、心まで病んで、症状を悪化させて、都合良く利用して、しがみついているのは、間違いなく今の私の意識。

 

見事なまでに難病ルートにどハマり!

 

我、難病に夢中☆

 

 

 

いや、でも、実際見えないって滅茶苦茶苦しいじゃないですか!

 

読みたい本、何冊も諦めてるんですよ!

 

好きな漫画やゲームを、たくさん諦めて来たんですよ!

 

大切な本、ほぼ全部売りましたよ!

 

 

 

…そういう不満点も、ちゃんと書き残しておきなさいって言われたんで。

 

良いことばかり書いておくのではなく、悪いことばかり書いておくのではなく。

 

 

 

眼病は、魂の目醒めの為に必要な火打石でした。

 

でも、その火打石で、自分の命を全否定する程の大火事を起こしたのは、私という人間の意識がやらかしたことでした。

 

 

 

どうして、大火事にまでなってしまったのか。

 

何故、今現在も延焼し続けているのか。

 

ここ数日、その詳細な理由に気づき、向かい合い、ギャーッ!ってなってるので、ちょっと報告してみようかと思います。

 

★★★

 

えー。

 

私、以前は漫画で収入を得ていたんですね。

 

天狗になったり、自尊心とか自慢とか、えーえー、よくやってましたとも。

 

 

 

でも、難病で描くことが辛い体質になってしまって、引退したんです。

 

でも、引退しても自慢したり、執着したり、まだたくさん色々やらかしておりました。

 

 

 

そして、こんな↓魂胆までありました。

 

この難病を苦とせず、漫画復活できたら、私マジ凄くね?

 

ガチ尊敬ものじゃね!?

 

不死鳥のようなサクセスストーリーを夢見て、難病だけど頑張る私☆ってのをやってました。

 

 

 

…わかってたけど、コレ認めるのキツイな。(涙)

 

いや、続けるぞ。

 

 

 

あと、不安もあったんです。

 

若くて上手い子がどんどん出てきて、私は追い付き、追い越されまくって。

 

悔しくて、プライドが傷付くのが嫌で。

 

 

 

勿論、上達の為の努力はうんとしました。

 

それこそ、うつ病になる程、自分にダメ出しをしまくりました。

 

 

 

そんな私に、難病は都合の良い免罪符でした。

 

「目の病気だから、絵が下手なんだ」

 

「目を使い過ぎるとすぐ頭痛が起きてしまうから、長時間の作画作業ができないんだ」

 

 

 

稚拙な技術的を、病気のせいにしました。

 

締切を破るのを、病気のせいにしました。

 

引退するのを、病気のせいにしました。

 

 

 

そして。

 

「病気で大変なのに、前向きに描いてるひよこさんは凄い!」

 

と褒められるのが気持ち良かった……

 

 

 

嫌らしい話で申し訳ないですが、ココはシッカリ書いておきたいと思います。

 

何せ私、変わりたいもんで。

 

私、この病気から卒業したくて、コレ書いてるんです。

 

日光アレルギーを克服したことが、追い風になって。

 

日光アレルギー克服したことで、欲が出ちゃったんです。

 

★★★

 

私、このブログで、スピ漫画描きたいけどウダウダ〜って話を何度もして来ました。

 

でも、なかなか描こうとしない自分に苛立ち、情けなく思い、何度も自分を責めました。

 

ハイヤーセルフに幾度となく、「コレが本当に私のやりたいことなのか!?」と問いました。

 

返ってくる言葉は、いつも

 

「漫画を描きなさい」

 

でした。

 

 

 

どうしてこんなにしつこく漫画漫画と言われるのか。

 

本当は別の道があるのでは?と何度も思いました。

 

でも、何でかいつも、漫画を描けというポイントに戻されるんです。

 

 

 

理由は、何となくわかっていました。

 

『病気のせいにして、漫画を避け続けた自分の、

 

本気の本心に、気づく必要がある』

 

コレを乗り越えるという魂の目的があるから、上から「漫画を描きなさい」と来る訳です。

 

 

 

それは恐らく、漫画を描くこと自体が魂の計画ということではなく、

 

漫画を通して自分でこさえたカルマの数々を、ちゃんと自力で乗り越えなさい。

 

自己責任で、ちゃんと宿題をやり終えなさいっていう。

 

 

 

と同時、余り深刻にならずに、とりあえず描いてみなよ、という上の意思を感じます。

 

「やっぱり、ひよこは描くの、好きなんだよ。

 

そう身構えず、気軽にやってごらんよ。」

 

って。

 

★★★

 

…この話を、しておきたいと思います。

 

私、本当は漫画を仕事で描くの、嫌だったんです。

 

 

 

最初、同人誌で漫画を描いていました。

 

好きが高じて、漫画は仕事になりました。

 

しかし、その頃から、私は描くのが遅くなりました。

 

気が乗らなくて、何度も締切を破りました。

 

手抜きもたくさんしました。

 

そのくせ、ファンがつき、面白いと褒められて浮かれ、先生と呼ばれて、尊敬されて、いい気になってました。

 

有名な作品を手掛けることになり、それを何年経っても自慢しました。

 

痛々しいまでに、そういうことを繰り返していました。

 

 

 

でも、本心は、仕事で漫画を描くのは、余り楽しくありませんでした。

 

仕事である以上、表現に制限があったり、クライアントの希望を聞かなくてはならなかったり、編集との人間関係等もありました。

 

でも、漫画以外にこれと言って特技もなかった私は、漫画にしがみ付いて、それで収入を得なくてはなりませんでした。

 

 

 

やりたくないことをやり続けると、やがて心が悲鳴を上げるのは、どこの世界も同じだと思います。

 

私はお金が欲しくて、漫画という仕事を続けていました。

 

でも、本心は、描いてて余り楽しくありませんでした。

 

 

 

好きな仕事の時は頑張って描きましたが、それはそれで作品への愛や高評価に対しての執着がありました。

 

「◯◯を描いた人」

 

「面白いものを描く人」

 

という高評価が、執着というネガティブに働いてしまう。

 

 

 

こういうの、書き手のジレンマなのでしょうね。

 

嬉しかったからこそ、そこにしがみ付いてしまうのです。

 

それを失うことが怖かったのです。

 

 

 

今ならそれは、他人軸な意識が招いた不安や恐怖だとわかります。

 

自己評価が低いからこそ、他人の高評価にしがみ付くのです。

 

まさに、無価値感という波動にまみれた私の、弱さを新雪で隠し続ける心の工作。

 

私は描くことを苦しいと思いながら、漫画を描く自分という虚像に酔いしれておりました。

 

★★★

 

私はコレを認めるのも、向き合うのも、怖かったです。

 

漫画で長年積み重ねた努力や名声を、失うことも。

 

本当は仕事として描くのは苦しかったという本心も。

 

 

 

認めてしまうと、それまで頑張って来たことが無駄になるようで。

 

何より、プライドが許さないし、私の本心を知ったファンは怒り心頭でしょう。

 

 

 

果たして、本当にコレに向き合う必要があるんだろうか?と思うことは何度もあります。

 

人間誰でも向き合いたくない過去はあります。

 

ですから、そっと心の引き出しに閉まっておけば、過去の記憶は優しく変換されて、私の奥底に臭い物に蓋をした状態で放置されるはずでした。

 

 

 

でも、私の場合。

 

「難病」という形で、体に心の傷が浮き出てしまいました。

 

 

 

描けない理由を、病気のせいにできる。

 

若い人達に追い抜かれる屈辱を、病気のせいにできる。

 

漫画の仕事が減るのを、病気のせいにできる。

 

あわよくば、復活した場合、病気なのに頑張る努力家として世間に認められる。

 

自分でも呆れる程の、狡猾な計算…

 

 

 

…やはり、コレ、認めるのキツイですね…!(涙)

 

★★★

 

でも、意外に思うかもしれませんが、私はこれらの本心に、つい最近まで気づきませんでした。

 

内心、そんな本音が心の内にはあるのだろうとぼんやり思っていましたが、こうして本気で向き合うのは初めてなのです。

 

向き合ったから、胸の内のぼんやりを、ちゃんと言葉にすることができるようになったんです。

 

これらを避けてた時には、こんな自分がいるなんて、思いもしなかったんですよ。

 

 

 

汚い自分、ズルイ自分と向き合うことは、心底しんどいです。

 

しかし、そんな自分もいるのだと認めることで、

 

「最近、体調がいい」

 

という現実を体験することもあるようです。

 

あんなに辛かった眼精疲労による頭痛が、この頃はケロッと快適です。

 

 

 

多分、こんな具合に実際に体が楽になるのを経験しちゃうと、人間って計算高いから、もっと楽になろうとバンバン自分の闇に向き合っちゃうんですよねw

 

 

 

スピリチュアルの良い所って、こういった自分の闇を

 

悪いものとか、悪と見なすことなく、

 

「ニュートラルに受け取る」

 

ってのが基本じゃないですか。

 

宇宙は、良いも悪いもない、ニュートラルだって。

 

この在り方、私にとってとても楽なんです。

 

 

 

今回の気づき、今までの私だったら、罪悪感と自己嫌悪で心を壊していたかもしれない。

 

こんな汚い考え方をするクズ人間、生きる価値なし!とかやってたと思います。

 

 

 

でも、私の胸の内の、奥底の、暖かい部分から込み上げる何かは

 

「自分が木星になったつもりで、人間の言う良い、悪いを見てごらん。

 

きっと、どっちでもいいと思う自分を見つけるから」

 

と語りかけます。

 

そして、確かに私が過去にやらかした色々は、善悪で処理されることなく、ただの現象に置き換わりました。

 

それが人間の心を、どんなに楽にしてくれることか。

 

 

 

私の漫画に関する醜い色々は、現在、私の中ではただの「現象」になっています。

 

例え他人が私の行為をアレコレジャッジしようが、私の内なる何かは、ただ

 

「かつて、そういうことがあった」

 

と認識しているだけです。

 

んで、執着とか見栄とか、もういらないものは、少しずつ手放して。

 

 

 

もー何てのか、手放すだけでいんだな、本当に、って実感します。

 

見つけて、手放す、でいいみたいです。

 

心の闇と正面切って向き合うのしんどいけど、それは自分の心が

 

「コレ、もう手放そう」

 

と思うものをあぶり出す為に、そのように衝動が起こるみたいです。

 

 

 

「だって、手放しだ方が楽なんたもん」

 

と、私のハイヤーセルフは言います。

 

手放した方が、人生シンプルになるし、生きるの楽になるんですって。

 

★★★

 

思えば、

 

「私はもう楽に生きると決めたぞ!」

 

と宇宙に宣言してから、闇出しみたいなことがジャンジャン起きてる気がします。

 

闇出し、全然楽ちゃうやんけ!

 

って思うけど、自分の闇を認めた後の方が、その前より気持ち軽いんすよね、不思議と。

 

 

 

「どうして状況が悪化してるの!?」

 

とムカつくことはありますが、それはあぶり出しの為に起きてることだったりして、結局上の采配に人生を委ねてる感じです。

 

いや、時々マジギレしますけどね?

 

どうなってんの!って。

 

まあ、そういう時は、近くの河原で日向ぼっこでもして、おやつをトンビに取られたりしてみるのもいいんじゃないかなと思います。

 

★★★

 

私の難病、克服できるかどうかはわからないけど、

 

それを免罪符にしたり、病気を乗り越えて英雄になろとするのは、やめます。

 

それ、私のやりたいことじゃねーから!

 

 

 

私は、美味しいものを食べたり、お気に入りのアニメを観たり、ゲームしたり、時々温泉へ行ったりするのが好きなんだよ。

 

部屋の中で何もせずたらだらするのが、好きなんだよ。

 

もう白旗なんだよ。

 

ありがとう。

昨晩寝る時、ゲームのし過ぎで目と頭が滅茶苦茶痛くなりました。

 

そこで

 

「アルクトゥルス人に癒して貰おう!」

 

と思い付き、アルクトゥルスと繋がりつつ、自分の手を思い付くがまま目の周りとか首とかあちこち当てたりしておりました。

 

今朝、まだ痛みは残ってたけど、仕事中一切痛みなし!

 

 

 

私は頭痛持ちで、こんな風に目や頭が痛くなるとケロリン手放せないし、痛みが数日続くのですが。

 

ケロッ!

 

わー、こんなに楽なの、久しぶりー!

 

 

 

ヒーリング中、余りの痛みに「ケロリン飲んでいい?」と訊いたんですが、そんなもの飲まなくて良いって返事?アレ返事か?

 

言葉でなかったけど、飲まない方がいいって、気が変わるというか、必要性を感じなくなってそうしたら、ベリーグッドだった訳です。

 

 

 

アルクトゥルスにヒーリングをお願いすると良いって話は、これまで何度か聞いたことありましたが、自分の身で実際に経験すると、スゲーな!って腑に落ちました。

 

★★★

 

えー、ここから本題。

 

多分夢?なんだけど、凄く不思議な夢で。

 

 

 

それは、私がとある部屋で兄と話をしている最中に、自分の視点が見る見る上に上がっちゃって、幽体離脱が始まったという所から始まります。

 

おかしなことに、幽体離脱してるのに、眼鏡の縁で視界が遮られて、周囲が良く見えない!って眼鏡を放り投げるんですよねw

 

幽体離脱なのに、何で物質的なものを触って投げてんの?ってことからも、これは夢だと判断しています。

 

臨場感もガチ体外離脱より薄かったですし。

 

ただ、思い通りに展開が運んだので、夢は夢でも明晰夢の方かな?と思います。

 

 

 

幽体離脱した私は、意図せず勝手に意識が抜けちゃったので、やむなく宇宙へ出ることにしました。

 

離脱した後はとりあえず宇宙、っていうのは、私の体外離脱のセオリーです。

 

 

 

宇宙に出ると、銀色のボディに赤いラインの入った妙な機械が3個並んでいるのが見えました。

 

何に使うのかさっぱりわからないソレを、私は「何だこれ」と思いながらしばらく見ていました。

 

しかし、見てても何も変化が起こらず、飽きたので、別の所へ行こうと意図しました。

 

 

 

次の瞬間、私はどこかの小惑星にゆっくりと降り立っていました。

 

そこは岩なのか泥なのか?しかない場所で、太陽光の角度のせいか、モノクロのコントラストが強い光景で、どうにも面白くありません。

 

ですので、私は

 

「あー…そうだ。ハイヤーセルフに会いに行こう。」

 

と思い立ち、ハイヤーセルフへと向かうよう意識しました。

 

 

 

私はどこかに向かって飛んでいて、視界が徐々に明るく、そして一気に眩しくなりました。

 

眩しさの余り、辺り一面真っ白。

 

でも、「到着」したことはわかりました。

 

 

 

ふと、妙にしゃがれた低い声が、何か語りかけて来ました。

 

どうやらハイヤーセルフの声らしいのですが、どうもしっくり来ない。

 

私の知ってるハイヤーセルフの声は、もっとイケボなもんで!

 

 

 

また私の周囲では、何かお経のような、マントラのようなものがずっと聴こえていて、それは音楽混じりに聴こえていました。

 

曲調のリズムからアジアのどこかっぽさを感じましたが、それがどこかは思い当たらず。

 

 

 

私は白い空間に立ちながら、

 

「もしかして、これが覚醒体験ってヤツなの?」

 

と思いました。

 

が、まあ、何か腑に落ちないので、それについての考察は保留しました。

 

 

 

気がつくと、私の背後に誰かが立っていました。

 

多分、私はその人と手を繋いでいたのですが、いつの間にかその人は地に仰向けに倒れていました。

 

あ、この頃から見えてますね。

 

 

 

倒れた人は、人間にしてはやたら背が高くて、男性っぽい体格なのに、お肌がプニプニでスベスベしてました。

 

謎の美肌親父?

 

4~5M程ある巨人の体は半裸で、ギャランドゥが生えているのを確認。

 

誰?と思いながら顔を見てみると、すっごい美形。

 

ギャランドゥ美肌半裸親父が美形、誰得なんだよ。

 

 

 

私は顔の方へ近づき、頬をペチペチしながら、大丈夫ですか?と美肌ギャランドゥに訊きました。

 

すると、その顔は地球人の顔ではないけれど、とても美しい女性の顔に変わっていました。

 

髪は深い緑、目が大きくて瞳の輝きが美しく、まさにこの世のものとは思えない美しさです。

 

 

 

「……っているのです。」

 

美しい謎の美肌が何かを喋り出したものの、よく聞き取れなくて、はい?と聞き直しました。

 

「風邪をひいたから、笑っているんです。」

 

美肌は何とも魅力的な笑顔を湛えながら、寝転がった体勢で、妙なことを言いました。

 

えーと、風邪をひいたから、笑うことでそれを治そうとしてるってこと?

 

何じゃそりゃ。

 

 

 

そう思っていたら、意識が現実に戻っていました。

 

いつ目が覚めたのかわからないけど、私は自室のベッドの上で目を開けていました。

 

そして、今起きた夢だか体外離脱だかわからない出来事について考え、考えてもわからなかったので、また寝ました。

 

★★★

 

変ッッ……ですよね!

 

ギャランドゥのオッサンが近づいたら絶世の美女で、風邪を治す為に寝転がりながら美しく微笑んでいるという。

 

ま っ た く 訳 が わ か ら な い 。

 

 

 

ただ、おかしいついでに、今日の私も何かおかしくて、ずっと楽しくて、でも目の前で何が起きても感情のブレがないというか。

 

いや、その瞬間は感情が起きるんですが、すぐスーッと引くんです。

 

でも、すんごい楽しくて。

 

何がそんなに楽しいのか知らんけど、家に着いた途端、

 

「あ〜、楽しかった〜!」

 

と独り言をこぼす程、今日という日がとても楽しかったみたいです。

 

いつも通りに仕事してただけなんですけども…

 

 

 

「夢で見たアレ、覚醒体験?」

 

という考えがふと頭をよぎり。

 

でも、意識の反転とやらは起きてないし、少し変だけどいつもの自分だし、うーん?うーん?

 

まあ、よくわかりません!

 

明日になったら、いつもの感情に振り回される自分に戻るかもだけど、ともあれ今日という日はとても楽しかったので、全て良し!

 

★★★

 

蛇足ですが、今日仕事中に読んだ本(正確にはKindleの本をボイスオーバーで読み上げて聴く)が、ミチオ・カクという理論物理学者の「パラレルワールド」だったんですが。

 

これはスピリチュアルに目醒める前に、宇宙にドップリハマった時に買った本だったのですが、途中まで読んで、数年放置していたのですが。

 

その内容が、昨日観た動画の内容と同じで、んん?となりました。

 

 

 

その詳細を説明すると長くなるので割愛しますが、私が特に気になったのは、観測可能領域外の宇宙。

 

宇宙で最速のものって光なんですが、その光が届くより向こう側にも宇宙があって、でも宇宙は光のスピードじゃ追いつかないスピードで広がってるから、その領域の宇宙は観測できないんですね。

 

この観測領域外の宇宙が、凄く気になりました。

 

まあ、気になっただけです。

 

 

 

それにつけても、地球における宇宙の研究は紀元前からあるものの、科学的に検証できるようになったのは、ここ数百年でして。

 

ここ数十年ですら、その学説はドンデン返しの連続で、きっとあと100年したら、今の常識は幾重にもひっくり返されているのではないか?と思えました。

 

こういった地球上での宇宙の研究、宇宙の人々はどんな風に思っているのかな?

 

 

 

私は、科学とスピリチュアルはどこかの地点で融合して欲しいという希望を持っています。

 

でも、科学って「誰が実験をしても同じ結果になる」ことを前提としているので、人の数だけ宇宙があると解くスピリチュアルとは、根本的に噛み合わないんですね。

 

同じパラレルワールドという言葉も、物理学とスピリチュアルでは、その解釈はだいぶかけ離れているように感じますし。

 

そもそも、宇宙という概念が、科学とスピリチュアルで既に違いますし。

 

スピリチュアルは宇宙=意識で、科学は意識の概念は観測者を用いてしか見かけません。

 

つまり、双方の語る宇宙は、別物かってぐらい違うなあと。

 

 

 

ただ、物理的手段以外で宇宙を観測したことはまだないので、そこはスピリチュアルの出番もあるのでは?と思っています。

 

一般的に四次元にあてがわれる『時』という目に見えない概念を、一般相対性理論で解き明かせたんですから、

 

『意識』という見えない次元も解き明かせる日が来るのではないかなーと、勝手に期待を寄せております。

 

 

 

(次元って何を当てがうかはその学問によって違うらしいんですが、創作や一般的には時が当てがわれることが多いようです。

 

なので、私は意識を次元と定義して考えることもできるハズと考えている訳です。

 

ただ、意識を次元と定義するには、一次元や二次元といった物質次元と意識をどう絡めるの?って問題がありおりはべり。

 

そもそも、物理学とか習ったことないので、ようわかりません。

 

ふわっふわですみません。)

 

 

 

心や意識という、見えないけれど、この世に確かに実在する概念。

 

これが解き明かされたら、地球は更に面白い場所になりそうだなあと思ってます。

 

★★★

 

次元の話が出たついでに、軽く補足したいのですが。

 

 

 

一般的に空間を指す次元と、スピリチュアルで言う次元は、全く別ものなので、そこはゴッチャにしない方が良いと思います。

 

 

 

世間で言う次元は、空間を座標で示すアレ。

 

 

 

スピリチュアルで言う次元は、意識のレベル。

 

一次元…石や樹木の意識レベル、二次元…動物の意識レベル、って感じだったかと。

 

(ググりましょう)

 

 

 

私もスピリチュアルを知る前は、11次元を検索してスピリチュアルサイトがたくさんヒットして、スピリチュアルうぜえーーー!!!キエーッ!って何度かブチ切れてましたからw

 

いやあ、まさかそんな自分がスピリチュアル方面へ進むなんて、思いもしませんでしたよ、ホント。