タイ北部にスコータイ県があります。
1238年、ここにタイ族最初の王朝、「スコータイ王朝」が成立しました。そのためこの周辺は、当時の王朝を偲ぶ遺跡群が多数あります。1991年にユネスコ世界遺産にも登録されました。
私も何度か行ったことがありますが、美しい自然と静寂の中に残る遺跡を眺めていると、ほんとうに心が落ち着きます。
しかし残念なことに、この美しい古都が殺人事件の現場になっています。
2007年11月25日、ここで日本人女性の遺体が発見されました。警察が調べたところ、女性は大阪市港区の川下智子さん(当時27歳)で、川下さんは一人でタイを観光していたそうです。彼女は喉を切られて殺害されており、性的暴行を受けた痕もありました。
遺体に犯人のものと思われる体液が付着してたため、タイ警察はDNA検査を開始。地域住民300人以上のDNAを採取し、犯人を突き止めようとしましたが、DNAが一致する人物は見つかりませんでした。
それから12年近くが経ちました。
この未解決事件は、その後捜査権が警察から法務省特別捜査局に移管されています(タイでは、一定期間経った未解決事件は、法務省の同局が引き継いでいくことになっています)。
智子さんのご両親は、これまで10回以上タイを訪問し、遺体が発見された現場で供養し、また法務大臣や警察幹部を訪問して捜査を継続するよう求めてきました。
この事件には懸賞金がかけられています。また、こうして被害者のご両親が頻繁にタイを訪問し、事件解決を訴え続けていますので、今でもご両親が来タイするたびに、タイのマスコミで報道されています。
その熱意のおかげでしょうか。
法務省のソムサック・テープスティン大臣が動きました。
同大臣はスコータイ県にある科学捜査研究所を訪問し、DNA捜査状況のブリーフィングを受けた後、マスコミを前に「事件を風化させない。必ず犯人を捕まえる」と力強く宣言。同時に、「有力容疑者の一人で、DNAの提供を拒絶した人物がいた。その人物はすでに死亡しているが、遺族に彼の遺品提供を求めており、そこからDNAサンプルを取るつもりだ」と話しました。ここ数年動きが止まっていた捜査が、再開される見込みです。
ちなみに、ソムサック大臣もこのスコータイ県出身。地元で生じた不幸な事件を、一刻も早く解決して故郷の汚名を晴らしたい、という思いが強いのでしょう。
タイの科学捜査レベルは決して低くありません。
しかし往々にして、正当な捜査が妨害されるケースがあるのです。それは、地元の有力者が関係しているケース。この件も、12年近く経った今頃になって「有力容疑者の一人で、DNAの提供を拒否した人物がいた」との情報が出てくるのは、普通では考えられません。一般市民が警察の捜査を妨害するような「DNA提供拒否」など、実際にはできません。そんなことをしようものなら、すぐに逮捕されてしまいます。DNA提供の拒絶ができるのは、地元有力者か、その有力者と強く結びついている者だけでしょう。
もちろん、警察も含めて地元の人たちはそれをよくわかっています。しかし有力者が怖くて、口を閉ざしているのです。
しかし、ソムサック大臣も地元の有力者。被疑者が死亡しているということもあり、いよいよ捜査が動き出すのかも知れません。そうなることを大いに期待したいと思います。