夫が帰宅するなり「まさかと思ったけど、まただよ」と言う。
同僚のカナダ人が、辞職してカナダへ帰国するという。
私たちと同時期にアメリカに転勤してきた男で、わりと近所に住んでてよく
パーティーに呼んでくれた。いきなりどうして、と聞くと、「いろいろ」
としか答えなかったという。
私にはピンときた。
彼の妻は、生まれも育ちもノヴァスコシア州なのだ。
NS出身の女性は、どういうわけか非常に重いホームシックにかかりやすい。
カナダ国内でさえ、別の州に転勤になって一年もしないうちに重症のホーム
シックにかかり、妻だけNS州に帰ってしまった例がたくさんある。夫の職場
でもいままでそういうケースがいっぱいあった。夫たちはみな、離婚か辞職
かの選択を迫られ、結局は殊勝にも辞職の道をとった。失業率が高く景気が
相変わらず悪いカナダで、中年男が仕事を辞めるのは自殺行為ともいえる。
それだけ女房を愛しているということか。
今回の夫の同僚にしても、せっかく出世街道にのっているというのに(アメリカ
転勤そのものがエリートのリストに入った証拠である)全くもったいない。
あと二年我慢すれば本国へ帰る許可が出る。だが、妻はその我慢ができないのだ。
任期を満了せず帰国することはすなわち辞職だ。どうするんだろう?次の職の
めどはついているのか?
妻の方がそんなに悩んでるなんて、私も気がつかなかった。
彼ら夫婦は私たちと同年齢くらいで、しかも子供がいないので話が合った。
彼女は毎日のように買い物に出かけ、家の中は品物であふれ、充分こちらの
生活を楽しんでいるように見えたが。夫婦の間というものは、他人にははかり
知れないものだ。
ノヴァスコシアの女たちって…
あのちっぽけな州のどこにそんな引力があるのか。ま、日本の女たちが赤毛
のアンの島、プリンスエドワード島に血道をあげるのと似たようなものか。
彼女たちの夫どももたいしたもんだ。出世を棒にふるだけでなく、失業して
物乞いに落ちぶれるかもしれないのに、古女房を選ぶのだ。日本の企業戦士
(死語?)には想像もできまい。ま、どっちがいいとは言えないけどね。