トルコ航空のしおり、ゲットした!
開館20分前に並び、2番目だった。
ちょうど日陰だったので寒かった。
そのぶん、手にしたしおりは、ひときわ感慨深かった。

一般に出回っている、フツーの、細長い長方形のしおりかと勝手に想像していたので、意外だった。
思わず、飛行機好きなあの子のために、次の日も並ぶのだった。
紐のさきについてる青い目玉のようなモノは、ナザール・ボンジュゥというお守り。
嫉妬や羨望などの悪意が込められた「邪視」を跳ね返し、身を守ってくれるという。
なぜか昔から、異文化の交流に興味があった。
留学生を見ると、反射的に話しかけていた。
ホストファミリー募集には、楽しそう!って親に話しても却下された。
だから、早く自分も家が欲しかった。
遠い、見えない世界への憧れか。
小学生の頃からだ。
古代遺跡というものにロマンを感じ、「世界不思議発見」を見て、エジプトピラミッド発掘の吉村作治に弟子入りしたいと思ったこともある。
びっくりマンのテレビアニメを見て、歌のなかで「何のためにひとは生まれて来るのか?」のような歌詞があり、母に問いかけていた。
納得いく答えは得られなかった。
将来、わたしは何をすればいいんだろう?
漫画家になる?
吉村先生に弟子入りして考古学者?
小学6年生のときの学校新聞
将来の夢は何か、クラス全員が書いて先生に提出しなければならなかった。
そのときは私は真剣に「億万長者」と書いたのだが、「女の子はそういうのは書かなくていい」と笑われて返された。
マザー・テレサに憧れていたので、「白衣の天使」と書き直したくらい、看護婦さんも夢の1つあった。
現実味を帯びてきた中学生のとき、医療過誤を起こす自信があり、自分と社会のために諦めたのだった。
いま思えば、子どものころからまだ見ぬ先のために悩むことが多かった。
高校生になったときには
ミッション校だったため、聖書に親しんだ。
ほとんどが意味わからず、とんちんかんだったが
『明日のことを思い悩むな』
というメッセージは、10年以上経った今でも忘れられない。
讃美歌を歌うのは、どのクラスメイトよりも気合いを入れていた。
中学生のときコーラス部だったのだ。
歌うのは好きだった。
コンクールで感動して泣きながら舞台に立っていたときもある。
みんなが嫌がるし、わたしはそれほど嫌ではなかったので宗教委員をしていた。
キリスト教は好きだった。
実家は、仏教系の新興宗教に入っていたからか、褒めてくれるかなと思って報告したら、父からは怒られた。
仏教も好きなんだけど、他宗教を受け入れない父の仏教観は嫌いだった。
わたしは勉強するのは苦手だった。
授業や自主勉強のとき、体力がなかったからかよく白眼をむいて寝ていた、らしい。
ただ、身を乗り出して聞いたり、積極的に質問していた科目がある。
「倫理」だ。
哲学と宗教が好きだった。
いろんな登場人物が出てきた。
その人たちのドラマに、浪漫を感じた。
表面上しか知らないから言えるのかもしれないけど、キリスト教も仏教も、イスラム教もゾロアスター教も、ヒンズー教、バラモン教、どれも好きだ。
人間じゃない存在も。まさに小説の世界だ。
大人になり、いわゆる自己啓発のハウツー本を手にするようになった。
大人の会話に、政治や宗教の話はタブー。
本当にそうなの?
タイに行ったとき、ガイドさんと仏教の話をして、深く交流できたと感じる。
自分の考えと疑うことなくそう思っていた価値観は、本当にわたしのものだろうか。
時折、父の呪いの言葉を思い出す。
「好きなことはするなーーー!!」
「お金持ちの真似して、モノは捨てるなー‼」
「貧乏人らしくしろーー!!!」
強烈に、刺さっている。
刃の傷は確実に癒えていない。
本、テレビ、親、先生、
ありとあらゆる考え。
いつしか作り上げてきた枠は、わたしの世界をどんどん狭くしている。
もう、息が苦しくなってきた。
これが"生きづらさ"か。
胸がつっかえている。
救いを求めて、いろいろ勉強してきた。
自力でがんばってきたけど、もうそれも限界。
専門機関に頼ることに決めた。
初めて、そこを訪ねたのは去年の12月。
タイ行きの4日前だ。
正体のわからない、苦しさから解放される光が見えた。
開館20分前に並び、2番目だった。
ちょうど日陰だったので寒かった。
そのぶん、手にしたしおりは、ひときわ感慨深かった。

一般に出回っている、フツーの、細長い長方形のしおりかと勝手に想像していたので、意外だった。
思わず、飛行機好きなあの子のために、次の日も並ぶのだった。
紐のさきについてる青い目玉のようなモノは、ナザール・ボンジュゥというお守り。
嫉妬や羨望などの悪意が込められた「邪視」を跳ね返し、身を守ってくれるという。
なぜか昔から、異文化の交流に興味があった。
留学生を見ると、反射的に話しかけていた。
ホストファミリー募集には、楽しそう!って親に話しても却下された。
だから、早く自分も家が欲しかった。
遠い、見えない世界への憧れか。
小学生の頃からだ。
古代遺跡というものにロマンを感じ、「世界不思議発見」を見て、エジプトピラミッド発掘の吉村作治に弟子入りしたいと思ったこともある。
びっくりマンのテレビアニメを見て、歌のなかで「何のためにひとは生まれて来るのか?」のような歌詞があり、母に問いかけていた。
納得いく答えは得られなかった。
将来、わたしは何をすればいいんだろう?
漫画家になる?
吉村先生に弟子入りして考古学者?
小学6年生のときの学校新聞
将来の夢は何か、クラス全員が書いて先生に提出しなければならなかった。
そのときは私は真剣に「億万長者」と書いたのだが、「女の子はそういうのは書かなくていい」と笑われて返された。
マザー・テレサに憧れていたので、「白衣の天使」と書き直したくらい、看護婦さんも夢の1つあった。
現実味を帯びてきた中学生のとき、医療過誤を起こす自信があり、自分と社会のために諦めたのだった。
いま思えば、子どものころからまだ見ぬ先のために悩むことが多かった。
高校生になったときには
ミッション校だったため、聖書に親しんだ。
ほとんどが意味わからず、とんちんかんだったが
『明日のことを思い悩むな』
というメッセージは、10年以上経った今でも忘れられない。
讃美歌を歌うのは、どのクラスメイトよりも気合いを入れていた。
中学生のときコーラス部だったのだ。
歌うのは好きだった。
コンクールで感動して泣きながら舞台に立っていたときもある。
みんなが嫌がるし、わたしはそれほど嫌ではなかったので宗教委員をしていた。
キリスト教は好きだった。
実家は、仏教系の新興宗教に入っていたからか、褒めてくれるかなと思って報告したら、父からは怒られた。
仏教も好きなんだけど、他宗教を受け入れない父の仏教観は嫌いだった。
わたしは勉強するのは苦手だった。
授業や自主勉強のとき、体力がなかったからかよく白眼をむいて寝ていた、らしい。
ただ、身を乗り出して聞いたり、積極的に質問していた科目がある。
「倫理」だ。
哲学と宗教が好きだった。
いろんな登場人物が出てきた。
その人たちのドラマに、浪漫を感じた。
表面上しか知らないから言えるのかもしれないけど、キリスト教も仏教も、イスラム教もゾロアスター教も、ヒンズー教、バラモン教、どれも好きだ。
人間じゃない存在も。まさに小説の世界だ。
大人になり、いわゆる自己啓発のハウツー本を手にするようになった。
大人の会話に、政治や宗教の話はタブー。
本当にそうなの?
タイに行ったとき、ガイドさんと仏教の話をして、深く交流できたと感じる。
自分の考えと疑うことなくそう思っていた価値観は、本当にわたしのものだろうか。
時折、父の呪いの言葉を思い出す。
「好きなことはするなーーー!!」
「お金持ちの真似して、モノは捨てるなー‼」
「貧乏人らしくしろーー!!!」
強烈に、刺さっている。
刃の傷は確実に癒えていない。
本、テレビ、親、先生、
ありとあらゆる考え。
いつしか作り上げてきた枠は、わたしの世界をどんどん狭くしている。
もう、息が苦しくなってきた。
これが"生きづらさ"か。
胸がつっかえている。
救いを求めて、いろいろ勉強してきた。
自力でがんばってきたけど、もうそれも限界。
専門機関に頼ることに決めた。
初めて、そこを訪ねたのは去年の12月。
タイ行きの4日前だ。
正体のわからない、苦しさから解放される光が見えた。







