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"Food for Thought"

日々考えていることを、自分の思考をまとめるためにも書きつづっています。

【日中交渉秘話】 垂 秀夫 著

 

 官庁を退官した人は、出身母体を批判したり、関係者を悪しざまに公表することがあります(腹いせのようであまり好きではない)。本書は、(知っている方も多数登場するのですが)一部の政治家を除いてそうした批判めいたことはなく、純粋に「日中交渉秘話」として読むことができます。文章も著者が語ることを産経記者が書き起こす形でとても読みやすくなっています。また、外務省の「工作」や現閣僚の発言など、「ここまで書いていいの?」と思うところもありますが、漁船追突事件や尖閣諸島問題など、実際はどうだったのかが克明に描かれています。

 

 現在、台湾問題で紛糾していますが、著者は武力行使ではなく、「危機の本質はむしろ平和的統一のほうにある」と言います。Amazon Primeでは「零日攻撃」で中国の台湾侵攻を扱っていますが、ほとんど戦闘シーンはなく、グレーゾーン作戦として日常に食い込む「平和的統一」を描写しており、個人的にもそちらが優先されるかなと思っています。

 

 自分自身、長らく中国とはビジネスをしてきましたが、著者のいう中国観はとても似ていて安堵しました(見かけは同じ東洋人ながら思考は米国的でビジョン優先など)。「坊主憎けりゃ袈裟まで憎い」という昨今の風潮にクギを刺し、「戦略的臥薪嘗胆」で長期的な視座に立つべきという論調にも同感です。「外務省のチャイナスクールたちが日夜いかに生命の危険をおかしてでも国益のために働いているか」がしっかり理解でき、今年読んだ中では白眉の一冊です。

 

【「偶然」はどのようにあなたをつくるのか】 ブライアン・クラース 著

 

 「万事は理由があって起こる」という収束性と、「物事は単に起こる」という偶発性との大きく二分類を比較し、後者に力点を置いた本です。

 

 冒頭、具体例として原爆投下の事例を紹介します。かつて京都を訪れた米国人夫婦がその美しさに魅了され、その後、夫が原爆投下チームに配属。チームでは一番打撃の大きいと思われる京都への投下計画がなされるなか、京都に魅了された彼が強硬に反対して広島・小倉などへと変更。広島投下後、小倉への投下は当日雲が多くて「標的」が確認できず、長崎への投下に急遽変更。「もし」この夫妻が京都を訪問していなければ、「もし」小倉上空が晴れ渡っていたら、ことは大きく変わってきますが、これには「理由がある」のか「単なる偶然」なのかと切り出していきます。

 

このほかにも、リンカーン暗殺前の予言、911で生死を分けた「偶然」など、偶発性の議論は別にしても、こんなことがあったのかという「トレビアの泉」満載です。因みに、米メジャー・リーグが「マネー・ボール」化(データを精緻に分析して選手獲得や試合運びをすること)でどの試合も均一となり、2023年から偶然のアクションを重んじる「脱マネー・ボール」化に切り替えたというのは初めて知りました。

 

“世界が絡み合った偶発的なものとして受け容れると、何もコントロールできないようでいながら、実はあらゆることに影響を与えることとなり、一人ひとりの一切の行動が大切になる”と結語で言います。また、このことから(偶然性に身を任せ)「あてどなく探索すること」で真新しい未来が訪れるという著者のメッセージでも元気になれた一冊です。

 

【神と科学】 ミシェル=イヴ・ボロレ、オリヴィエ・ボナシー 著

 

 “本書の目的はただ1つ、「創造神の存在の可能性」に関連する、合理的で最新の知識を集め、1冊の本にまとめることである”と豪語する本です。

 

野心的な試みで、第1部の宇宙生成、物理、生物学などの科学分野では幅広い考察を行っており、「これは今年のベスト書籍だ!」とワクワクして読みました。ただ、第2部では、これらをもとに如何に(旧約・新約)聖書が正しいかを力説。日本には八百万も神様がいるんですけど…と、ツッコミを入れながら後半も読了。

 

 広範な知見をもとに、①宇宙には始まり(ビッグ・バン)があり、始まりがあるということはこれを「創造」したものがいること、②一部でも数値が変化すれば「今」は存在しないほど、この世の全てが精緻に設計されていること、③常に「微調整」が施されており、何らかの意思がなければこれは不可能であること、などから「創造神」が存在することを論述しています。「長く待ちさえすれば、宇宙のホコリからボーイング747ができるのか」という問いには確かに頷けるものがあります。

 

 500ページを超える大著ですが、科学・哲学・神学などさまざま面から考察を加え、知的好奇心を掻き立ててくれる一冊です。

 

【文学は何の役に立つのか?】 平野 啓一郎 著

 

 いつも疑問に思うことがタイトルになっていたので読んでみました。本書は、著者の講演などをまとめたもので、表題については冒頭の35ページとなっています。著者も「答えるのに苦慮する問い」とのことですが、「一つの理由」を見つけたとあります。ネタバレはまずいと思いますが、この理由やその後の論考などは同意するところ大でした。

 

 平野氏の著作は好きでほとんど読んでいますが、本書のほかの論考を読むと、自分と幼少期の経験が似ていることがわかりました。また、文章もきらきらと美しいのですが、三島由紀夫に留まらず、ハイデガー、大江健三郎など多数の文学・芸術に接していることもわかり、本書は一つの芸術評論という建付けにもなっています。

 

 平野氏の『あなたが政治について語る時』も8月に出版され、並行して読みましたが、時事問題についても強い関心を持っていることがわかり、平野ワールドに浸った猛暑日でした。

 

【鋼鉄の城塞】 伊東 潤 著

 

 戦艦「大和」の建造ストーリーで、ほぼ一気読みコースでした。『戦艦大和ノ最期』やレイテ海戦などは多数出版されていますが、大和建造の物語はあまりないのではないでしょうか(と、思ったら、巻末の「参考文献」には結構あげられていました)。

 

 著者は本当によく調べていて、戦艦の建造、特に大和のように極秘レベルでの建造が如何に難しく大変なことかがよくわかりました。「ワシントン条約~ロンドン条約」で戦艦の数が制限されるなか、ひとつの戦艦の装備を如何に充実させて対抗するかの苦闘が書かれています。

 

 前半は技術者としての苦闘を、後半ではロマンス、ミステリーを織り交ぜての進行(戦艦「陸奥」が爆破・沈没した事例も仮説を提示していますが、これはなかなかに大胆)。「ヤマトブジシンスイス」の副題にあるように建造から進水が中心となるため、「戦艦大和ノ最期」は簡略に書かれていますが、本書を通じ、先人の苦労と英知には頭が下がります。山本五十六など実在の人物と「架空の人物」を織り交ぜての小説となっていますが、建造そのものが如何にドラマティックかということが理解できる一冊です。

 

【ユダヤの商法】 藤田 田 著

 

 「ユダヤ商法に商品はふたつしかない。それは女と口である」 やや刺激的な文言ですが、本書を読むと納得できます(藤田氏は、後者の「口」である日本マクドナルドを開業)。ユダヤの法則に「78対22の法則」があると聞いて読んでみたのですが、本当にありました。全編を通じて、日本人とは異なるユダヤの思考法が書かれています。

 

 「歴史の浅い国は、歴史の古い国には、逆立ちしてもかなうわけがない」。建国250年の米国が、5,000年もの歴史を持つユダヤ人に「思うがままに」操られるのは当然と言います。また、世界中に広がったユダヤ人同士は国籍に関係なく「同胞」であり、「常に緊密な連絡を取り合っている」ともあり、初版は2019年ながら、噂されている「ディープ・ステート」を思い起こさせる記述もあります。

 

 「人生の目的は、美味しいものを心ゆくまで食べること」については完全合意ですが、頭に違う思考の刺激を入れたいときにお薦めの一冊です。

 

【ありえない138億年史】 ウォルター・アルバレス 著

 

 これは面白いです。知的好奇心を十分に満足させてくれる本。宇宙誕生から現在の人類の繁栄に至る138億年を一気に書き切っています(訳文も読みやすい)。個々の歴史事象ではなく、「ビッグヒストリー」と言うそうですが、こうして読むと「ビッグヒストリーの果てに生まれた人間世界が、きわめて少ない可能性の上に成り立っていること」がよく理解できます(長い時間における偶然の積み重ねで現在の人類が生まれた)。

 

 原題は「A Most Improbable Journey」で、「Improbable(ありえない)」は含まれているのですが、タイトルから受ける印象よりもはるかに格調高い内容と思います。歴史を見る上で、「時間の矢(歴史には方向性がある)」と「時間の環(歴史には周期性がある)」の二分法があるそうですが、ビッグヒストリーからは、「連続」と「偶然」という別の二分法があるという著者の見解がよく理解できる一冊です。

 

【自由】 アンゲラ・メルケル 著

 

 『WAR 3つの戦争』では、米国の書籍ながら中東情勢がわかる内容になっていました。今度は、欧州事情などがわかるかとメルケル氏の新著を読んでみました。上巻は主に東ドイツ時代から首相就任までとなっており、下巻からはよく見聞きしたメルケル首相の行動履歴が書かれています。

 

 多くの自伝では、思想的背景や信条などを吐露しますが、本書は「叙事詩」となっており、事実関係中心に書かれているという印象です。スタッフを集めて精緻に調査した由で、元・物理学者である著者らしいとも言えます。トランプ氏とは相性が悪かったと本人も自覚していたようですが、この点も頷けます。

 

 それにしても、ドイツ首相ともなると、各国の首脳陣と極めて頻繁に電話会談・面会をし、自国外のことにも深く関与していたことがわかります(日本の閣僚はずっと国会にいてよいのだろうか?)。最後に、「政治家は、次の厳しい質問が飛んでくる時間をなくすために、質問をはぐらか」す傾向にあるが、「具体的な質問に具体的に答える勇気」をもってもらいたいと結んでいます。最近、「丁寧に説明」、「議論する」とか「躊躇なく」という言葉をよく聞きますが、「答える勇気」が必要と痛感した一冊です。

 

【茜唄】 今村 翔吾 著

 

 平家物語を久しぶりに読みました。平清盛亡き後、棟梁・平宗盛を補佐し、実質的に平家を取り仕切った四男で知将・平知盛と、武勇に優れた従兄弟の平経盛を軸に平家物語を復活させています。上巻後半の木曾義仲、下巻の「一の谷の戦」に始まる源義経らとの戦などは圧巻です。描写は、まさにその場にいるようで鮮やか。義経の物語が多いなか、平家側からどう見えたかもわかってとても興味深かったです。

 

 著者の考察として面白かった点は、清盛が源頼朝を殺害しなかったのは、奥州・藤原秀衡、関東・源頼朝、西国・平家による「天下三分の計」によって均衡を図ろうとしたというもの。また、歴史は勝者の論理で書き換えられるため、琵琶による口伝によって平家側の実情を千年後にも伝えようとしたという点も面白かったです。

 

 上下二巻は長いかと思ったのですが、暑いさなかに引き込まれて読んだ一冊です。

 

【WAR 3つの戦争】 ボブ・ウッドワード 著

 

 久しぶりに遅くまで読み耽りました。「訳者あとがき」で書かれているように「ボブ・ウッドワードの数多い著作のなかでも屈指の読みごたえのある傑作」と思います。

 

 バイデン政権下での「ウクライナ戦争」「ガザ戦争」「対トランプ大統領選」の「3つの戦争」を軸に描いています。全て実名表記で、よくここまでホワイトハウスの内情を調べ上げたと感心しました。圧巻は、何と言ってもガザ戦争の部分。バイデン・ブリンケン、ネタニヤフ、さらにサウジやカタールを始めとした中東諸国首脳らの会話が事細かに記載されており、現在のイスラエル・イラン紛争など中東を考える上での解像度が一気に上がります。猪突猛進のネタニヤフを相手に、トランプ政権でも同様のやり取りがなされたものと推察しますが、この地域の安定化はとても難しいことが読み取れます。

 

 新聞・ニュースでは知ることのできない舞台裏が活き活きと描かれており、何かの小説を読むようです。日本については数行しか出てきませんが、逆に考えれば「戦争」に巻き込まれていないためとも言え、日本外交には感謝です。一方で、同様のことが起これば、ここまでのチーム・ワークは難しく、「シン・ゴジラ」のような首脳陣の右往左往になるのではないかなど、色々と考えさせられた秀逸な一冊です。