「リードが長い」と言われたことがあります。犬を散歩させるリードが長いということのようで、アバウトという意味か、失敗を許容するという意味か…。後者だとすると、理由は簡単。これまで、足が震えるような失敗の数々を自分自身がやってきました。なぜか、そのときの上司に追求されることもなく、逆に助けてもらったことが多かったと思います。過去の上司への返礼として、同様にと考えている次第です(できているかは別ですが…)。また、小さいころ見た映画の影響もあります。
「偉大な生涯の物語」は、イエス・キリストの生涯を描いた映画です。布教中に、マグダラのマリアという女性が、罪を犯したとしてイエスの前に突き出されました。当時のユダヤ教の戒律(律法)では、罪を犯した者は石打ちの刑。村人たちはみな石をもって集まり、イエスにどうするのかを迫ります。もし、石打ちの刑を認めれば、イエスがこれまで批判してきたユダヤ教を認めたことになります。一方、もしこれを認めなければ、ユダヤ教の律法に背いたとして告発できます。「Yes」か「No」かの二択を迫られたイエスは、砂に何かを描きながら、村人たちに静かに語ります。
これまでに一度も罪を犯したことがない人から
その石をもって投げなさい
やがて、村人は一人二人と去り、誰もいなくなりました。「行きなさい、あなたの罪は許された」と無罪放免するのですが、結局、マグダラのマリアはそのまま同行し、イエスが十字架にかけられ復活するまで見届けます(イエスの妻であったとも言われています)。
いまなら、「これまでに失敗を一度もしたことがない人から、それを糾弾しなさい」とでも言うのでしょうか。このシーンには、とても感動した覚えがあります。