きっと明日もすばらしい | TAKの部屋

TAKの部屋

ムラムラくんという、よく分からない人がよく分からないことを書くブログです。

日本の音楽史上、最高の名曲のひとつだと思っている曲がある。

 
ユニコーンが1993年に発表した「すばらしい日々」。
 
その曲のAメロに、こういう歌詞がある。
 
いつの間にか僕らも
若いつもりが歳をとった
 
転職をして1ヶ月弱。37歳という年齢を思い知らされる、そんな日々を送っている。
 
昔からはるか歳上に間違われた俺からすると、外見はそこまで変わっていない気がするし、クリエイティブかつ無責任な職場にいたからか精神的にもそれほど変化したとは、少なくとも本人的には思っていなかった。
 
それでも、すべてが新しい職場というものは、覚悟や予想以上に疲れるものであった。
 
不満があるとか辞めたいとか、そういうものは違うのだけれどね。
 
37歳とはいえ業界未経験の新人だから、時間的にも内容的にも難度の高いものは今のところやっていない。勤務時間だって編集時代と比べたらはるかに短い。
 
それでも気が張っているからか、ものすごく疲れている。主に精神面が。
 
夜10時ともなれば眠くなり、11時を迎える前に寝落ちする。そんな日々を送っている。
 
体力の衰えを痛感するばかりだ。
 
業務的にもそうだ。できる・できないとは別の次元として、柔軟性がないなぁ、そんな感想を毎日持っている。
 
周りには覚えるのが早いと言ってもらえるが、それは過去の経験で誤魔化しているだけ。別業の経験を流用しているだけ。
 
中身の伴わない「誤魔化し」だから、スタートダッシュはよくてもすぐに貯金を使い果たすだろう。そのあと、どういう評価をされるのか、少し怖いと思っている。
 
そんなことより。
 
普通に過ごしているつもりなのに心も身体も疲れていて、早い時間に体力が尽きてしまう。この感触、どこかで味わったことがある。そんな気がずっとしていた。そして、思い出した。
 
そうだ。1997年末~1998年始にかけて、初めて長期のホームステイをした時に味わったんだ。
 
同じアイルランドでの生活でも、日本人学校での寮生活とホームステイは大きく違った。当たり前だが飛び交う言葉はすべて英語だし、生活サイクルもアイルランド風のそれだ。
 
とても優しいアイルランド人の気性のおかげで生活に不自由はなかったし、ホームステイをやめたいなんて考えなかったが、それとは別次元でものすごく疲れていた。
 
当時はそれなりの英語力があったと思うけど、それでも
 
●英語で話しかけられる
●その英語の意味を把握する
●そして対応する言葉を英語で返す
●「会話」だからそれを瞬時にこなす
 
こんなことをずっと繰り返していれば、そりゃあ疲れるだろう。
 
あの頃も不思議と夜10時過ぎには眠くなっていたものだ。
 
ただ、結局のところそういう経験が過去にあるから、今普通に生きていけるのかもしれない。
 
だって17歳で外国で、それでも楽しく生きられたんだ。37歳という大人でしかも日本なのに、この状況で楽しく生きられないのだとしたら、それは俺自身が劣化(老化)したということ、そしてそれを認めることになってしまう気がする。
 
もしかしたら既に劣化しているかもしれないが、まだ俺は認めていない。抗うだけの気持ちは残っている。
 
仕事を辞めることを決めた時に周りの仲間に言われた。
 
「勇気、ありますね」
 
でも俺としては、16でアイルランドに行くという選択をしたあの時以上に勇気を試されるシチュエーションは、きっと人生でもうないと思っている。
 
あの時。具体的には、1997年5月25日。
 
親と別れ成田空港の出国ゲートをくぐったあのタイミング以上に心細くなることは、もう、ない。
 
あれは俺にとって人生最高の経験だった。
 
「普段なら絶対にやらないこと」をすること。それが経験だ。
 
経験を得るということは
●人生が変わる
もしくは
●人生の選択肢が増える
そのどちらかが付随してくるものだと思っている。
 
俺は幸いなことに周りのみんなのおかげで、たくさんの経験を積ませてもらった。だからね、大丈夫。
 
来週からは大阪暮らしだ。
 
心構えとしては、ただひとつ。
 
楽しく暮らそう。楽しく酒を飲もう。
 
それが俺なりの「すばらしい日々」だから。