☆☆☆


春の陽気なお天気がつづいていました


カエルのおやこはおよぎのれんしゅうを何度もやっていました


お母さんガエルはなかでもいっぴきの子ガエルのめんどうばかりみていました


「もうほうっておいてよ、お母さん!」


じつはその子ガエルは泳げなかったのです


だからお母さんガエルは子ガエルをはやくりっぱなカエルにしてあげようと思ったのです


しかし、なんどれんしゅうをしてもうまくおよぐことができません


それどころか子ガエルは池をおそれてちかづくこともきらっていました


「ぼうや、どうして池がこわいんだい?」


お母さんガエルはおびえる子ガエルのぎょろりとした目を見ながらききました


「大きなさかなだっているし、ヘビがやってきてたべられるかもしれないよ」


「ぼうや、はっぱの中にいても、木のうえにいてもいっしょじゃないか。 水の中のほうがあんしんなんだよ」


お母さんガエルはそういって、カエルのぼうやにいいきかせようとしました


しかし、なかなかうなずいてくれませんでした


「いやだよ。ぼくは土のなかだけでせいかつするんだ。
 ミミズもいるし、ダンゴムシもいる。こんちゅうははっぱの下にもたくさんいる」


お母さんガエルはくびをふりふりせっとくをあきらめてしまいました


子ガエルはそれから土の中にあなをほっておうちをつくりました


そこでせいかつをはじめたのです


お母さんガエルはときどきようすをみにきていました


「きょうはなにをたべたんだい?」


「ハエを十ぴきたべたよ」


子ガエルはねむそうなかおをしていいました


お母さんガエルはながいベロをだして子ガエルの大きな目をなめてあげました


子ガエルはいいました


「もうぼくは大人なんだよ、お母さん」


「ぼうや、またくるわね」


それだけいってお母さんガエルはでていきました

子ガエルは大きくためいきをついてつぶやきました


「はやく大きくなりたい。そうすればお母さんだってぼくのことをほめてくれるだろう」




きせつは春から夏



夏から秋へと変わっていきました




子ガエルはもうすっかり大きくなっていました


お母さんガエルはそれでもときどきこっそりようすをみにきていました


大人になった子ガエルはそろそろ冬じたくのじゅんびをしなくてはとおもっていました


だからたくさんのミミズや昆虫をたべていました

そんなあるとき、それはとてもしずかなよるでした


くさのはっぱのあいだにイモムシがいたので


ジャンプしてちかづこうとしたのです


それははっぱではなく、じつは池にうつしだされたはっぱだったのです


そうとはしらずとんださきは池のなかでした


カエルはたくさんのエサをたべすぎていたので、からだがとてもおもかったのです


そのうえカエルはおよげませんでした


ジタバタしていると、カエルのにおいにきづいた大きなライギョがちかづいてきました


カエルはひっしでもがいて池のそとをめざそうとしていました


それよりもはやくライギョがどんどんちかづいてきます


ライギョが顔をだそうとしたとき、なにかがライギョの頭にぶつかっていきました


いっぽうそうとはきづかず、カエルはばたばたさせながら池のそとにむかっていきました


もともとがカエルの子です


からだはじっとしていてもうくようにつくられているのです


カエルはがんばっておよいでいるあいだに、れいのライギョがふたたびむかってやってきました


こんどこそたべられるかもしれない


しかし、ライギョはカエルのすぐうしろでなにかをとらえ、水中にもぐりこんでいきました



くたくたにつかれてしまっていたカエルは土のおうちの中になんとかもどっていきました



やれやれだ



からだががたがたふるえ、ねばねばしたものがふきだしていました


お母さんガエルにこのことをはやくしらせてやりたいとおもいました


しかし、お母さんガエルと二度とあえることはありませんでした


そのうち、お母さんガエルはじぶんをたすけるために


ライギョにこうげきをしたあと、たべられてしまったのだと仲間のカエルにきかされました



それいらい、お母さんガエルをうしなったそのカエルはいっしょうけんめいおよぎのれんしゅうをしました


しかし、あいかわらずおよぎはへたで、ほかのカエルたちにいじめられました


それでも負けないようにたくさんのエサをたべました


どのカエルよりからだが大きくなり、そして、一番のちからもちになりました


よるになるとお母さんガエルをおもいだして、牛のように大きなこえを出してなきつづけました


カエルの子供たちもくわわり、そのかなしみがそらじゅうにひびきあっていました




おちまい。








☆☆☆


 空っぽなんだよ!


 プラットフォームから降り立ったとき、

 その声は不意にリフレインした。


 まだ癒えた訳じゃないんだ。

 癒えるはずもないだろう。

 自分の傷口なんてどうだっていいさ。

自分の傷口なんて!



☆☆


 学生のころ、バントのオーディションで合格したとき、

 当然のことさなんて思っていたし、俺たちの存在はもっとデカいんだと疑いもしなかった。


 夏フェスには何度か初っぱなに出してもらった。

 テレビの前説みたいなもんさ。

 客をあっためて次のメジャーバントに場を譲る。


 おいしいことは特にない。


 そんくらい心得てるさ。だけどさ、天狗になってた。メジャーがすぐそこにあるような気がしていたんだ。


 自分の力じゃそんくらい楽勝だって舐めていたんだろうさ。


 しばらくは観衆の前で歌える機会があるだけでもさ、これが肥やしになってバンとのし上がってやるんだってさ


 信じて疑わなかったんだ。


 だけど俺たちがメジャーにいくことはなかった。いつまでたってもバイト生活から抜け出せることもなかった。


 仲間のひとりが脱退した。


 親父が病気になっちまって家業をつぐってんだよ。


 まったくバカげていると思ったさ。

 メジャーになったら、新しい会社だって作れるんだぜ。


 毎晩ドンペリ浴びたってたいしたことはねえさ。



 そんなたわけた気持ちのとき、結子と別れた。

 もともとどうでもいい女だった。

 田舎から上京してきたときくっついてきたスケなんだ。


 高校のころから付き合いだしてその延長で東京でも同棲していた。


 金がないから一緒にくらす。俺は否定できるだけの他の意見を持っていなかった。


 バイトの金が足りないときは結子が出してくれた。


 オンナはいないよりいたほうがマシだ。

 金に困ると結子を求めた。

 結子は封筒に金を入れて渡してくれた。


 便利なオンナ。


 あるとき、結子がいった。


「会社が危ないらしいの。母さんも心労で倒れちゃって」


「田舎に戻るのか」


「うん」


 好きにしろと俺はいってバイトに出かけた後、結子は手紙を残して去っていったんだ。


「好きにつかっていいから。無理をしないでね」

 結子は五年もの間に二百万の預金をしていた。

 二百万か。


 俺はバイトを辞めて曲作りに専念した。


 一年ももたなかった。

 金に困りバイトを再開してますます音楽が遠くに感じることもあった。

 だけどメジャーになれることを信じて生活とも闘うことにしたんだ。


 他の仲間も苦しんでいた。

 自分がなんなのか分からずまたひとり脱退してしまう。


 意志が弱い奴なんだよ。


 俺は去った仲間の背中に向かって投げかけた。

 仲間は憐憫の視線を俺に漂わせた。


 愚かだ。


 俺は一蹴してやった。


 小さなライブハウスで小遣い程度のギャラをもらう。

 その晩のうちにアルコールに消えていく。




 俺が肝炎だと診断されたのは上京して十年目だった。


 若さもひとしおで、マイナーのころの他のバンドの知り合いはリーマンになったり、一花咲かせたものも僅かだがほとんど消えていた。


 メジャーの壁は厚すぎたのだ。


 趣味バンドとは違うんだ。俺は音楽で喰っていく。

 哀れな宣誓なのだろうか。

 俺は一握りの成り上がった奴の手伝いをする形で、多少の金を手に入れることができるようになっていた。


 手伝いなんてたかがしれている。

 俺がやっていたことは新人タレントの送迎だった。


 つまりマネージャー兼運転手さ。


 成り上がりの野郎は最初こそ曲の提供で稼いでいたが、自分で会社をつくりやがった。


 大手の事務所に潰されずにすんだのは目先が利いたからだろう。


 どの手を使ったのか知りたくもねえ。


 とにかく生活はできるようになっていく。


 ところがバンド活動は休止になり俺は新人のエスコートに成り下がる。


 新人のけつの青い娘にコンビニのパシリ扱いだ。

 反吐がでる。
 
 クソくらえだ!


 それでもチャンスのかけらを捜して生きて見せた。


 だがチャンスは来ることはなかった。


 業を煮やして、成り上がりの野郎に訊いた。


「俺に仕事をまわしてくれませんか」


「空っぽなんだよ」


「なにがです!?」


 奴は肩をそびやかして呆れ顔でこういったのさ。


「めでたい野郎だな。オメエの曲はえぐりがねえんだ。それじゃ銭だして買いてぇなんて思わないぜ」


「んなわけないでしょう。ライブじゃ熱くなってましたよ!!」


「オメエがだろ。雰囲気に流されていた奴らはいずれ違う流れに行きたがる生き物さ。オメエはガッチリ相手の胸ぐらを掴んでいたのか!?」


 俺は黙り込んだ。


 相手の目を見ながら恨めしそうに歯がみした。

 自信がなかった。


 自信をどこかに置いてけぼりにしちまっていた。


 探す気力も失っている。


 探し方も分からない。

 俺はラクな生き方に馴染んでいた。


 易きにつくことに抵抗を覚えながらも受け入れてきたのだ。


 マネージャー兼運転手に満足していたのか。


 違うだろう。

 だが受け入れた。

 易きについたのだ。


「オメエ、気づいていなかったんだな」


「うるせえよ」


 上司にあらがう。


 ムダなレジスタンス。

「違う。結子さんのことだよ。オメエの世話を頼み込んだのはな、結子さんだぞ!!」



 俺は膝から崩れ落ちてしまった。



☆☆☆



 泥臭い潮風を頬に受けたのは久しぶりだった。

 結子の親父の会社は倒産して土地も人手に渡っていた。


 親父さんは特養ホームで介護を受ける身になっていた。


 時々結子は親父さんの見舞いにくるとゆう。


 俺は看護婦に連れられて有明海を臨む特養ホームの庭に来ていた。


「そろそろ見えるはずなんですがね」


「結子は元気そうなんですか」


 質問の仕方がぎこちなかった。

 身内と名乗っておきながら彼女のことをなにも知らないのだから。


「ぼうやを連れてくるんですよ。とっても可愛らしいお子さんですよ」


 俺のなかに描いたシナリオが一つ消えていく。

「幸せならいいんです」

 看護婦が去り、秋の空を不意に見上げた。


 鰯雲がかなたへ流れていく。












 俺はポケットから指輪を取り出した。











 そして、かなたに投げ捨てた。







おしまい。