昨日の「移住の話その1ー生活をあるがままに受け入れる」の続きです。

 

移住で大切なことは、何よりもまず自分自身の腹を決める、すなわち覚悟を持つことです。それは移住に限らず、人が生きるために持たなければならない「姿勢」でもあるのだと思います。

 

大谷翔平選手が学んだ高校では、明治から平成を生きた、森信三氏の「腰骨を立てる」という教育を実践されているそうですが、大谷選手が多くの人の心を捉えているのも、その生き方が備わっているからなのでしょう。

 

そして移住生活でもう一つ大切なこと、それは人との繋がりを楽しむことです。

 

移住が嫌になった人の多くが、「他人との距離を大切にしたい、保っておきたい」と思っておられるようです。都会におけるほどよい距離感、あるいは無関心が良かったのに、移住先ではそのような距離感が保てず、他人が自分の生活の中に平気で入ってくることが耐えられないといったものです。

 

京都で生活しているときは、町内会組織というものはあったけれど、「おでかけですか?」「はい、ちょっとそこまで」という会話が成り立っていました。

 

でも、こちらは違います。

 

人口が極端に少ないというのがあるのかもしれませんが、他人との距離はありません。というか、自分以外は「他人」ではなく、大きな家族の一員として生きているという感じでしょうか。

 

今、縄文人の生き方が見直されています。(私だけかもしれませんが…)

 

昨年暮れ、京都文化博物館で開催されていた「縄文時代」の展示を観に行ってきましたが、人々が集落を造り、そこで狩りをしたり農耕をしたりしながら、平和に暮らしていた時代が縄文時代でした。およそ1万年間、こんな時代が続いていたとされています。

 

そして「縄文時代」の暮らしが、今の田舎の暮らしの基本だとされています。

 

人々は大きな集落で暮らし、狩猟、農耕、海辺の集落では漁業。家族という単位はあっても、その集落全体が大きな家族で、皆が親戚。

 

まさにここら辺の生活です。

 

誰に遭っても挨拶が交わせる、バッテリーが上がっていたら助けてもらえる、バス停でもないのに最寄りの道沿いで降ろしてもらえる、峠道を走っているのを界隈の多くの方が知って声をかけてもらえる…。

 

私にはこんな生活が合っているのか、全く気になりません。

 

商売を始めた頃、石川洋氏が小さな掘っ立て小屋で開かれていた勉強会に参加していました。遠くは岐阜県や岡山県などからも通う人がおられる、そんな勉強会でした。何も分からず商売を始めた自分にとって、石川氏の教え一つ一つがありがたく、店を長く続けられたのはそのお陰だったと思っています。

 

商売というより、人としてどう生きるのかを教えて頂いたのです。

 

ちょっと移住から話題がそれてきましたが、「人として何が大切なのかを知り、自分がいかにちっぽけで大したことが無い存在であることを知ること」

 

それが分かれば、人はどこへ行っても生きていけるのでしょう。