一昨年、長男と次男が剣道を習い始めました。
「なんで剣道?」と思ったのですが、なにか、惹かれるものがあったようです。
という私も、子供の頃に剣道を習っていました。
小学校1年生からはじめ、中学に入っても剣道部で続けていましたが、中学校2年生のときにやめてしまいました。
実は、もともそ私は運動が苦手。どんくささはおそらく学校一だったと思います![]()
というわけで、剣道も、まあそこそこ基礎は身に付きましたが、試合となると、勝った記憶がほとんどありません。
剣道は勝ち負けではないと言われますが、しかし、全く勝てないと、さすがにおもしろくありません。
小学校高学年になると、やめたくて仕方なかったのですが、父と「続ける」ことを約束し、はじめたので、イヤでイヤで仕方なくても、泣きながら剣道の稽古には通っていました。
まあ、そんな約束も、中学の頃には薄らいできたこともあり、退部届けを出し、剣道をやめてしまいました。
その後、剣道に触れることは一切なかったのですが、ずっと心の奥底に、しこりのように残っていたことがありました。
それは、段を取れなかったこと。
剣道を続けてきたものにとって、段を取得するのは、直近の目標であり、あこがれでもあります。
私と一緒に続けてきた他の者たちは、中3のときに、一段(初段)を取りました。
当時、中学生での初段合格は結構難関で、合格したかつての剣道仲間たちは、学校で凱旋会を催してもらっていました。誇らしく壇上に上がるかつての剣道仲間。それを、一般の生徒といっしょに拍手する私。
自分の意志で剣道をやめたのだけれど、なにやら悔しくて、なさけなくて、私は凱旋会を途中で抜け出してしまいました。
・・・そんなことが、すっと私の心の奥底に、わずかに残っていて、それが、なにかうまくいかないこと、途中でやめてしまうこと(←そもそも私は飽きやすい)があると、「自分には継続する力がない」と、ふいに思ってしまうのです。それは、自分にいまひとつ自信がもてない自分に繋がっていました。
大人になって、結婚して、子供が生まれて。
仕事の面では、独立し、フリーランスとして自由ながらも厳しい仕事を続けて。
そしてあっという間に十数年がたちました。幸せな現在があるのは、生活のことも仕事のことも交友関係のことも、すべて「継続」のたまものです。
継続すること、できたことは、大きな自信になります。ようやく、継続できる自分にも自信がもてるようになって、なんの因果か、いまは、私も子どもたちと一緒に剣道をやっています。
そして昨年秋、とうとう、初段に合格しました!
剣道は8段まであるので、初段など、「きっかけ」程度にしか思われないかもしれませんが、私には、特別な思いがあり、初段に合格したときには、当然という感じで合格後の手続きをしている他の多くの受験者とは違い、ひとりで感慨にふけんでいました。
もう一生、段を取る機会には出会えないだろうし、死ぬまで、自分が自分に貼った「継続できない人間」というレッテルをはがすことはできないと思っていました。
ですから、初段合格のときには、それはもう、なんとも言えない感情がこみ上げてきてしまったわけです。
42という歳にになっても、やり直しはできるんですね。
そういう経験も大きな後押しとなり、この会社を設立することにしました。
続けられる自分を見いだしたこと、そして、気持ちがあれば、何度でもやり直しやチャレンジができるということを、42年もかけてようやく、「自分だけの真実」として知ることができたわけです。
今は、剣道の稽古が楽しいです。剣道がこんなり楽しく、おもしろいものだと、大人になってようやく知りました。
さあ!今年は目標2段合格だっ!