「ねえ、Little見て!スゴイわ。
ほら、本物のチーターよ。悠々と歩いているわ。
なんて綺麗なの。素晴らしいわ。」
そう叫んだのはウェイバー・グラスコックだ。彼女は、Littleの義父が母と再婚する前に別の女性に生ませた娘で、Littleより10歳年上だった。法的には義理の姉弟になるが、何ら問題はなかった。
二人の出会いは、Littleが家出したニューオーリンズ時代に遡る。そして、10年ほどの期間を置いて、南部ツアー中に二度目の再会を果たしたのだ。以来、ウェイバーは、ツアーコンパニオン兼恋人兼マネージャーのような役割を担うようになった。彼女の仕事は、ギャラの目安となる客の数を勘定することと、ライブ中に汗をかいたLittleにハンカチを持っていくことだった。当時の黒人専用クラブには、白人のためのテーブル席が幾つかあった。無論、金額は黒人客より数倍高額だが、それでも観たがる白人は多かった。そんな白人連中を見下ろしながらハンカチを渡す自分が誇らしく思えて、ウェイバーはこの役割が気に入っていた。
そんな35歳にもなる大人の女性をここまで喜ばせたのは、フロリダにあるアメリカ初のサファリパーク『アフリカUSA』だった。それまでにも多くの動物園があったが、本格的なサファリパークは1953年にオープンしたここだけだった。
「Little、見てってば!スゴイじゃない。
ここしか見られないのよ。」
ウェイバーはそう言いながら、持っていたカメラでチーターの撮影を始めた。
「おい、よせよ。
俺はそういうの好きじゃないんだ。
もう行くぜ。」
Littleはそう言うとくるりと背を向け、チーターがいる場所から離れた。ウェイバーは自分から離れていくLittleの後ろ姿を見送りながら、独り言ちた。「ああ、彼ってなんて素敵なんでしょう…。」
麻のジャケットに、流行りのスリッポン、バミューダ―ショートパンツを着こなす姿は、まるでメンズファッション誌GQから抜け出したみたいだったからだ。
だが、ウェイバーにはLittleが言った意味がよくわからなかった。好きじゃないと言ったのは、カメラ撮影だったのか、チーターなのか。チーターの前足には走れないよう1mもある大きな鎖が付けられていた。
フロリダの空は青くて高かった。シカゴのどんよりした曇天の空とは大違いだった。Littleはタバコの煙を吐き出しながら、デイブのことを考えた。…あいつ、ルイスのところに戻ったんだな。ルイスはオーティス・ラッシュと組んでるらしい。
あいつが抜けたせいで俺はまたロバートJrに頭を下げなきゃならなくなった。
あいつが抜けたのは、54年の8月だった。
辞めると言いだす直前にルイジアナで白人女が元で警官と大ゲンカになったっけな。
ほとんど俺が殴られて、あいつは後ろにいただけなのに…怖気づけやがって。
それで翌日には『辞める』って言いだしやがった。
『おい、Little、お前、ちゃんとギャラってものを計算してるか?俺が今計算しただけでもお前はもらうべき金額をもらってないんだよ。
お前が自分をもっとコントロールしてたら、こんなことにはならないはずなんだ。
俺たちがちゃんとギグの会場に来てスタンバイしてても
メインのお前が顔を出さなかったら、俺たちはただ働きだ。
他にもある。一部に出ても二部からふけちまったら、
やっぱりギャラは半分ももらえないんだよ。
お前さえちゃんとしてたら兄貴だって辞めることはなかった。
俺だって辞めることなかったんだ。
お前には悪いが俺は兄貴についていく。
それしか方法がないんだ。
なあ、Little悪いことは言わない。
友人として忠告してるんだ。
自分を律しろ。大人になれ。もうストリート時代のお前じゃないんだ。
ビルボードで1位が何週も続くスターなんだよ。』
デイブの心からの忠告もLittleの耳には念仏でしかなかった。
怒りのほうが先に立った。
まるでルイスとデイブが一緒になって自分を仲間はずれにしているかのように感じた。
仲間はずれにされてたまるかLittleはそう感じ、棘のある言葉で対抗した。
『デイブ、お前レナード・チェスにでもなったつもりか?
俺が仕事をうまくやってないって言うのか?
気に入らないなら出て行けよ。勝手にするがいいや。
ルイスのところへ行けよ。』
そんな言葉しか出てこなかった。
本心ではなかったかもしれないが、Little Walterは頭を下げることができない男だった。
挙句、プロモーターからもさじを投げられ、契約更新は打ち切り、即時解雇された。
これが潮時だった。
Littleには鎖に繋がれたチーターがどう見えたのだろうか。
……俺はあのチーターのようにはならねえ。
走れないチーターなんてなんの魅力がある?
俺はああはならねえ。
デイブの後に入れたのが、まだ18歳のルース・タッカーだった。連れてきたのはロックウッドだった。ルースが12,3歳の頃から知っていた関係でデイブの後釜に据えたのだ。童顔でどっから見ても未成年にしか見えないルースは、よくクラブ前で止められたが、そのたびにロックウッドが俺と演奏するんだと言ってかばってやった。
だが、ルースが加入してからも無茶な生活は変わらなかった。顔の傷はストリート時代よりも増えていったが、原因はケンカだけではなかった。義妹のシルビアによると半分は交通事故によるものだという。
ケンカには大きく分けて二つあった。女がらみと警官がらみだ。どちらも良くないが、後者はうんとたちが悪かった。なにせ白人警官たちはLittleを殺そうとしているとしか思えない殴り方をしたからだ。だが、なぜLittle Walterという男はそれほど警官たちともめなければならなかったのだろう?それもスターになってからが一層ひどくなっている。
原因は白人警官たちの悪徳ぶりにあった。連中はLittleが稼いだ金を掠め取ろうとやっきになったが、Littleは決して首を縦に振らなかった。これが殴られる原因だった。他の人間なら適当に金を掴ませて上手くやるところだが、Littleにはそれができなかった。結局、顔に傷どころか、半殺しの目に合うことも一度や二度ではなかった。実のところ、彼の死の遠因も警官とのケンカで受けた頭に受けた古傷が裂けたのが致命傷になったのだ。
54年から55年のわずか1年の間にも入院するような危ない目に何度も合っている。しかし、ほとんどがプライベートタイムだった為、バンドメンバーも知らないことが多かった。ある日など、頭に包帯を巻いて出てきたことがあった。理由を聞いても何も言わず、ただ仕事をして帰っていっただけだった。この時の傷もかなり深く、医者にハープを吹くことを止められていたにもかかわらず、Littleは構わず吹いた。銀行にも預けないLittleの金の管理は独特だった。いつも輪ゴムで丸めた札束をキャデラックのトランクに無造作に放り込むだけ、それだけだった。Littleの札束銀行を見た人間は多い。ソウルシンガーのボビー・ラッシュもその一人だ。偶然、道すがら出会うなり、バーに誘われたという。
「今からウォーキーガンでギグをやるんだ。暇なら来いよ。」ってね。
俺も暇だったからついていったんだ。
ギグが終わると、Littleがバーをセッティングしてさ。
店には、女が7,8人いたっけな。
俺も金はあったよ。
あったけどLittleが奢るってんだから、それでいいじゃないか。
でっ、支払いの時間になったんだ。
すると、Littleの奴が俺について来いって言うのさ。
なんだか知らないけど、ついてったんだ。
着いた先は駐車場だった。
奴のでかいキャデラックが停まっていたのさ。すると、おもむろにトランクを開けてさ。
俺は、あんな光景初めて見たよ。
あのデカいキャデラックのトランクが札束で一杯なのさ。
俺は酔ってたけど、そいつを見たら酔いも覚めちまってさ。
袋にもいれず、ただ裸のままの札束がぎゅうぎゅう詰めだったのさ。あれにはたまげたね。
あんまり一杯だったもんだから、風が吹いたら金が飛んじまうのさ。
Littleが風に飛んだ札を拾って、足でトランクに押し込んでたよ。
俺は、後にも先にもあんな景気の良いシーンは見たことないね。
札束って言ったって、今考えたら1ドル札や10ドル札が多かったかもしれないが、それでも当時の俺には『億万長者ここにあり』っていう感じだったよ。それくらい景気が良かったのさ。ただ、そんな時代は長くは続かなかったけどね。
驚く俺を尻目にLittleは、掴んだ札束をくれるのさ。
やるよってね。感動したね。
俺は、明日からハーピストになろうって思ったくらい感動したんだ。
それくらい当時のLittle Walterって男はカッコよかったんだ。
おしゃれで、景気が良くて、悪口言う人間も結構いたけど、
悪い奴じゃなかったんだ、でも、それも50年代までだったけどね。
Littleの札束銀行はボビーが言うように長くは続かなかった。Littleが怖れていた悪魔は、警戒していた他のハーピストでもなく、ライバルと敵視し続けたマディでもなかった。悪魔は、笑いながら通りの向こうから歩いてやってきた。
次回、半径1mの男その2をお楽しみに。









































