行ってきました『大関ヶ原展』。
東京の大評判を受けて、合戦地に近い京都での開催地は、
レンガ造りの元郵便局を活かした古風な作りと
モダンな建築物が融合した素敵な京都文化博物館ですから
嫌がおうにも期待が高まるというもの。
6月2日~7月26日までですが、
前期と後期とでは多少展示品が異なるのは
最近のパターンです。
さて、目玉はなんといっても関ヶ原合戦屏風ですが、
これを見る際に是非覚えておきたいのが東西軍の軍旗です。
これがわからないと何がなんだかわからない。
とはいえ、最も美しい軍旗&家紋は?と尋ねられたなら
私は迷わず石田三成と答えるでしょう。
誰もが知る『大一大万大吉(だいいちだいまんだいきち)』は、
文字だけで構成された美しいデザインです。
このようなものは古今東西を見ても他には思い浮かびません。
さて、その意味ですが、
『万民が一人のため、一人が万民のために尽くせば太平の世が訪れる』
という有難いお言葉でございます。
言葉そのものは鎌倉時代ごろから使われていたそうです。
石田三成はとかく評判が悪い武将ですが、こと軍旗&家紋に関しては
優秀なデザイナーだったことがうかがえます。
それにしても美しい。
名高い関ヶ原の合戦後、時代は徳川へと突入していくわけですが、
関ヶ原合戦図や屏風が地方に多いのは、先祖がいかに徳川に仕え、
今があるかを子孫に伝える目的があったためです。
ですから、制作された時代も江戸中期から後期、なかには幕末といったものまで。
そういった図版は使っている絵具や筆さばきからすぐにそれとわかります。
なにせ金箔は一切使ってませんからね。
狩野派というより土佐派のごとく殊更雅に描いているものも多くありました。
当時は誰も戦いを知りませんから、摸本を参考に一生懸命描いた感じですね。
健気です。
さて、この展示で最も人気があった武将は誰でしょう。
そうです、鹿の角に、木製の巨大数珠でおなじみの武闘派『本田忠勝』です。
肖像画も豪快ですよね。
展示終了後にはおなじみのショップがあるのですが、
そこでも甲冑のレプリカやら屏風のレプリカやら、肖像画のレプリカが
置いてあったのですが、一番人気は『本多忠勝』の肖像画でした。
予約シールが少なくとも50近くありましたからね。
着用して写真が撮れる甲冑のレプリカも展示即売。
私が見たときは3体あり、左から徳川家康、真田幸村、本多忠勝の順でした。
意外にも本多忠勝は100万いかず、徳川家康のものが120万くらいでしたかね。
幸村はその間でした。
あんなの買ってもお店屋さんならいざしらず、
そうでないとよほどの豪邸でないと無理ですよね。
こういったまさに甲冑といったものが展示されているかと思えば、
まるで戦う気がないという体の甲冑もありました。
脇坂安治が太閤豊臣秀吉から賜ったという名品です。
胴の表面は黒漆、金蒔絵で描かれた絵は狩野探幽の手によるものです。
前面に布袋図、後面は菖蒲が描かれています
展覧会ではこれで戦ったと紹介されていましたが、絶対に戦っていませんね。
美術工芸品を戦場に見せに行っただけでしょう。
しかも甲冑には珍しい青色で染めています。
まるで歩く美術工芸品ではありませんか!
やる気あんのか!って思わず言っちゃいましたよ。
とにかく甲冑や屏風、絵巻、日本刀などなどお宝がたくさん
陳列してありました。豪華でしたね。
笑いも満載です。
ものすごく大笑いしたのが『金扇馬標(きんせんうまじるし)』です。
とにかく巨大。
こんなの突風が吹いたら持ち手は飛ばされるよな~ってな感じです。
西軍を笑わそうとしているとしか思えません。
お茶目でしたね。
耳が長いので『兎』のようですが、
デザインの元は中国は唐の役人が被る冠です。
それにしてもこんなので馬に乗り、突撃したら大変だろうな。
藤堂高虎という人は、秀吉同様に足軽から身を起こし、
戦国武将であり、加藤清正と並ぶ城作りの名人という凄い人物です。
しかも身長が180cm以上あったとかという伝説があります。
楽しかったので、是非お出かけを。