俺生誕記念日。
以上。
何らかの形で祝って欲しい。
あと。
ヴァイスうんたらっての始めてもいいが、なんらかの援助を期待する。
今は、対戦に力注いでるからね。
それだけさ。
報告終わり。
んじゃまた。
俺生誕記念日。
以上。
何らかの形で祝って欲しい。
あと。
ヴァイスうんたらっての始めてもいいが、なんらかの援助を期待する。
今は、対戦に力注いでるからね。
それだけさ。
報告終わり。
んじゃまた。
明日は部活休み。
イエーイ。
この前更新した質問のところを振り返ってみたら、俺はアホなんだとおもった。
というか、その日暮しなんだろうな。
Q、どうしてもこれだけは譲れないものは?
A、平均値
・・・、何のことやら。
梅干好きなのはよくわかる。
特にもう何もないなぁ。
うん。
さぁ、何しようか。
んじゃまた。
今日、部活休んだと言いましたね。
なんか、俺のいない間に部で事件がおきたようで。
キャップと連絡したらそんな事を言われた。
解散て。
また解散ライブか。
デーモンの思考回路はどうなってんだか。
お前の考えてる事が一番わからんたい。
朝練は休むと決めたので、ゆっくりするが。
キャップ曰く「決着は朝」とのこと。
キャップ、ただでは死ぬな、せめて片目はもってけ。
同じ部の同胞として、幸運を祈る。
それじゃ早いがお休み
んじゃまた。
のどの痛み、頭痛、このけだるさ。
部活休みました。
これはかなりだるい。
昨日の夕方頃から症状が見え始めたので、決心した。
明日もあったらどうしよ。
学校行くけど、部活どうしよ。
体育やるけど、部活どうしよ。
そもそも朝練どうしよ。
悩むところである。
んじゃまた。
やっほ。
最近、某ちくばしとの三国志大戦にはまっておりまして。
はい。
大好きな魏を使用しておりますが。
すごく・・・難しいです・・・。
うん。
それだけ。
二十七から補助員として借り出されるので。
不在です。
と言うわけで。
んじゃまた。
二日目
昨日と同じ、午前六時にいつも通りのケイタイの目覚ましで起きた。
朝練はきつい。
特に今日も何もないのが、当たり前だが。
ウィンドウ。
イチロー。
早漏れ。
これらを合わせると遅刻魔と眉毛に接点があったりもする。
どうでもいいけど。
右手首が痛い。
鴻門がいたい。
誰か山月記を漫画化してくれないだろうか。
なんとなく。
うん。
おやすみ。
寝ないけど。
んじゃまた。
オッス
今日から部活が金曜までありませんので
勉強をちょろちょろしようかと思いまして
ちょろちょろ
いや、特に何もないんですけれども。
国体が近くなってきました。
右手首が痛い。
何もしてないのに。
おかしいな。
ところで。
夏休み中は埼玉に行ってきましたが。
東京も含め。
人が多かったなぁ。
池袋に泊まりましたね。
あと、物が少し高かったな。
秋葉原には少し行きましたが、電気街しか見ませんでしたね。
修学旅行はどうなるのやら。
なんか色々あったけど、忘れ申した。
んじゃ
また明日。
いつだって、どんなときだってそうさ。
ようやく掴みかけてきたのに、ようやく見え始めてきたのに。
何故こうも容易く、180度手のひらを返すのだろうか。
一種の裏切りを超えて、その向こうにあるほど、憎い。
別にたいした願望じゃない、無視できるほどのちいさな願いなのに。
それさえも許そうとしないのか、それさえも叶えられないのか。
誰だって一度は絶望する、誰だって一度は諦める。
少し願った、少し追いかけた、そして手が届きそうになった。
そうしたとたん、大きく突き放される。
なにに?追い求めるものに?
得体の知れぬ何かが、一度上がった高みから突き落とそうとする。
別にたいした望みじゃない、それさえも、それすらも叩き潰そうとするのか!!
悲しくはないか、切なくはないか、寂しくはないか、そして、憤ろしくはないか。
なんて残酷で、たちの悪い何かが、そこにあるのだろう。
それはきっと運命なのだろう。
そして人はそれを打ち砕く事を、『復讐』と名づけたのであろう。
あぁ、全く、これほど邪な感情を覚えさせるとは。
いつだってそうだ、絶望は、希望で照らした運命の影からやってくる。
この不可思議な世界、何が不可思議か。
それは、全く分からない、ゆえに不可思議なのだろう。
誰も知りえない、理解する事は出来ない、誰にも分からぬ。
一体俺たちはどこまで分かっているのだろう。
自分の名前、生年月日、性別、住所、親の名前、友人、人間関係、人の気持ち、自分の国の事、この星のこと、この世の果ての事。
所詮俺たちは、何かに証明されてないと自分を証明する事は出来ないのだ。
全てを無に返したとき、自分を証明する術はどこにもないのだ。
「あなたは誰ですか?」
目に見えぬその声に対する答えは、見つからず、苦し紛れの答えしか搾り出す事が出来なかった。
「俺は、俺です」
今思えば笑ってしまうかのような返答、それだけ見てしまえば苦笑いしそうな返答。
「それがあなた自身の証明です」
しかし、それが答えであると証明された時、俺はようやく俺になれたのかもしれない。
たとえ全てのものから自分を否定されたとしても、俺が俺である証明。
それは内から光り輝き溢れ出し、自分と言う影を映し出していく。
それはそこに実体があることを証明し、尚更存在は存在へと確立されていく。
故に存在は存在していて、俺は自分として等しくされるのだ。
そんな回りくどい事をしないと自分を証明できないなんて。
それすらもしないのに自分を証明するだなんて。
あんたは一体誰を証明するつもりなの?
そこに立っているのはあんた以外のものか何か?
そんな下らない立証。
永久に続けているといい。
見ようとしても見えないものや、考えた末にも出ない考え、そして結果に決してたどり着く事の出来ない過程。
そんなどうでもいいようなこと、実際にはありえないことでさえも、今ここに関わっている事もないわけではない。
確かにそこにそれらはあるのかも知れないが、やはり、それらは気にかけなかったらいつまでたっても気づかないものであろう。
見ようとするから見え始め、考えようとするから浮かび上がり、結果に向かおうとするから近づく。
そんな矛盾したことも、現実に起こりうる事である事を、俺はこの年になって悟ったのかもしれない。
唯一つ、どうしても自分の気持ちには、どうしてもたどり着かず、見えずにいた。
そう、それは自分が自分を蔑ろにしてきた結果にたどり着いた事であるのは、そんな俺でも理解できた。
今、自分はどう思っているだろう。
恐怖、歓喜、悲哀、憤怒。
この不可思議な世界に迷い込んでしまった俺は、どう思っているだろう。
元の世界では絶対に見えなかった、考えなかった、たどり着かなかったこの世界。
だが、見えてしまった、認識してしまった、たどり着いてしまった今、ここから抜け出す術は俺にあるのだろうか。
そんな事は、誰にも分からない、誰にも。
明日の行方も分からぬ今の俺には、自分の思いと同様に、何も理解できる事は出来なかった。
今出来る事があるとするのなら、それは唯一つ。
“不可思議な世界から抜け出す術”と言う真実にひたすら向かうことだろう、いや、それしか出来ない。
俺がそれ自体を認識する事が出来るまで。