椿の花が咲く、焼畑農業の椿山集落より | がんばる地上の星たち!高知と松山のまんなか・仁淀川町

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土佐の山間・仁淀川町(によどがわちょう)の(元)地域支援企画員の日記!

仁淀川町の椿山地区にBスタイル事業に関係して、地域の達人たちを訪ねました。


 つば やま

椿山地区


いつのころから、「椿山」と呼ばれていたのだろう。

地区の方に聞いても「???」でしたが、地区内のいたるところにとっても綺麗な「椿」が咲いています。




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こんな白ツバキもひっそりと咲いていました! なんと優雅なのでしょう。。。。。


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また、明治から戦後までずっと地域経済の根幹をなしていた紙産業の原料、「ミツマタ」の産地でもあり、地区の収入源であった。あちこちの庭先、畑に見られるミツマタの花が美しい。

カワイイ花を咲かせるのですね~ ヾ(@^▽^@)ノ


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見上げると、空き家がたくさんあります!かつては賑わったことだろうと思います。



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集落内を縦横に走る小道、子供達の歓声が谷にこだましたのだろう。。。。


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氏仏堂にあった「ちから石」・・・一日の仕事を終えて、ここで若い衆が力比べで持ち上げたりしたそうである。

かなり、重量があります!ためしに持ってみてください。 p(^-^)q


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家の周りの畑も機能として、生活に密着したものだったと聞きます。機能的な家屋、営農に考えぬかれた作業効率を極限まで煮詰めたシステムがあったのである。



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Bスタイル事業では、そういった過去の先人達に習い、現代に復活させるべく活動しています。



空き家です。かなり前から住んでいないようです。


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少し、お邪魔して外側から見せてもらいました。


「さわち」のお皿ですね。どんな料理が盛られていたのだろうか?

どんなドラマがあったのだろうか?


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椿山地区では、「焼畑農業」を中心とした生活・暮らしの録画記録があるという。

地区の方に頂いた資料によると

民族文化映像研究所が制作した「椿山 ~焼畑に生きる~」というものらしい。


その中にBスタイル事業で取り組む「百の生業づくり」のヒントはあると思います。

また、地域で、仁淀川町内で、最近までこのような「椿山地区」があることは、ちゃんと後世に伝えていかないといけないと思います。


この地で観れるような取り組みができないものかな。映画会!



現在、住んでおられる方は7戸程度にまで落ち込んでいると聞きました。


以前のような活気は無理にしても、先人達の技術、生活の知恵など現代人が学び活用すべきところは大いにあると思います。





これは、椿山地区内の各エリアにある神様です。組ごとにおり、全体として瀧本軸之進さんが椿山地区の神様となり祀られています。


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あ、ミツバチがたくさんはいっている!       お、ワサビじゃ!


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地区のはずれには、椿山神社がどーーーーんっとあります!


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地域で今でもちゃんと管理しているのがわかります。


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このような立派な神社があります。ここの境内には

さんぼう様、両社様、こんぴら様、荒神様、八幡様とあり、この画像のは本殿です。


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こちらもおそらく、長州大工の建築ではないかと思います。特長的な彫り物の数々。


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椿山神社は、椿山ヲヲモトに鎮座している同地区の氏神である。

古くは、「大元大社権現」と称せられていたという。


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椿山の地は、寿永の昔(約800年前)、安徳帝御潜幸の地として伝説を残している。


天皇が椿山から仁淀川町の奥名野川、別府を経て、越知・御嶽山(横倉山)に入られ、その行在所にとどまられて再起を計られたが事ならず、西暦1200年、わずか12歳でその御生涯を終われた時、一羽の白鳥が御嶽山より飛び来り、元の御潜幸の地「おおした」の洞窟に入られたという。

そのため、村人たちも後変事を知り、祠を建て奉祭したという。


のちに、


「かみやしろ」に奉遷し、「安徳天皇、平知盛、平教盛、平経盛、二位尼、虎岡姫、瀧本軸之進」の7名を古宮床に「大元七社権現」として祭ったのが始まりとされています。


現在の社殿は、明治19年の暴風被害により、明治20年に造営されたもので、ケヤキ造りの立派なものである。特に境内は杉、檜など古木に覆われた荘厳さがある。

(旧池川町の広報いけがわよりS59.12)



一言で言うと、スゴイです!(*^ー^)ノ



この日は、3人の地区の方にお話を伺うことができました。

畑で作業をしていたけど、手を止めて、私達の質問に答えてくれました!

このおばあちゃんはとっても椿山地域にお詳しいので、いろいろと教えてくれました。神社や伝説、etc。

この方にはもっともっと聞きたいと思います。


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御苦労されてきた手を見ました。これからも元気でいてほしいと思います。ありがとうございました!


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