東京の大学で文章創作の講座を受け持つ著者が、
その生徒たちの書いた小説風の文章を題材にして書いた本で、
本の中には実際に生徒たちが書いた文章が載せたあるのだが、
これが実にヤバイ。

「ヤバイ」というのは、

①素人なのに、それなりにオモシロイ物語を書き、

 洞察に優れた箇所も見受けられ、意外に(?)よくできている

②性や暴力の描写が激しくて荒々しい

という意味である。


作家としては素人の女子大生の文章がそのようにヤバイのは、

メール文化で育ちのため、(メールは短文ではあるが)文章を書くことに慣れているという点と、

映画やネットなどで暴力や性シーンが過激なコンテンツに容易に触れられるようになったため、

自分の中でそのようなシーンを想像しやすくなったためだと考えられる。


それゆえ、女子大生の書いた文章というのは、いろんな意味でヤバイのだ。


それだけに、読んでいて発見もあったりする。

つまり、友人関係、家族関係、恋愛関係など、

文章に彼女らの本音が垣間見えるのだ。


それゆえ、面と向かったインタビューや調査では汲み取れない深層心理は、

このような文章創作や絵などをとおして、掘り出すことも手段の一つなのかもしれない。





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CMに必要な要素。

それは親近性(なじみ深い要素)と新規性(新しい要素)である。


なぜなら、人類が生存する確率を高めるために、

脳が親近刺激、新規刺激を「快」として感じるよう、

進化してきたからだ。


まず、親近性についていえば、

人間は本能的に、何度も遭遇する同じような状況は、

未来への予測もしやすく、自分の行動も規定しやすい(接近or回避)ため、

比較的安全であると認識することができる。

そのため、なじみ深いもの=安全なものとして、「快」と感じやすいのだ。


一方、同じような状況が毎回起きるわけではないため、

変化する環境にどれだけ適応できるか、

またより安全な状況をどれだけ探し出せるかが、生存のために重要であった。

そのため、変化を検出し、新しい刺激を本能的に好み、「快」と感じることで、

生存確率を高めてきたのだ。


またそれらの2種類の刺激は、相互に関連がある。

つまり、新規刺激で新しい刺激を検出し、それが何度も続くことで親近刺激になり、

安全だと感じる。その安全な状態から新たな新規刺激を探すことで、変化に対応したり、

安全領域を拡大することができたのだ。


それゆえ、人類が生存し続ける上で、本能的に、

親近性(なじみ深い)ものと、新規性(新しいもの)を「快」と感じる機能が備わっており、

CMにもそれらの要素があれば、「快」と感じさせることができると考えるのである。


例えば、サントリーボスのCMや、ソフトバンクの白戸家のCMは、

シリーズCMの中で同じ登場人物を何回も使い(親近性)、

違う物語を描いている(新規性)。

それゆえ、何度も見ているうちに、それらのCMに親近感を感じ、

またストーリー違いの新しさも感じることができるため、

好意度が高いと考えられる。


したがって、CMをつくる際のポイントとして、

消費者にとってなじみ深い部分と、新しい部分を、

どう演出するかが大切なのである。



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スラムドックミリオネアは、

その映画をとおして、インドの社会を表現している。


その実態とは、ある意味騙し合いの社会で、

自分以外の者は、いつどこで自分を騙し、裏切るかわからない、

頼れるのは自分だけ、という社会だ。


頼れるのは自分だけ。

それは日本社会にも当てはまる。


騙し合いの世の中とはいわないが、

自分でどれだけできるかが重要なのだ。


なぜなら、自分の周囲の人間、助けてくれる人が、

必ずしも100%自分を助けてくれるとは限らないからだ。

100%コントロールできるのは自分自身で、

周りの人を完璧にコントロールし切ることはできない。


そのため、ベースは自分自身でどれだけできるかで、

周りの人が助けてくれれば、それは幸運だと思うべきだ。

言い換えれば、万が一の状況を想定し、

自分一人でできることをできる限り増やしておくべきだ。


確かに、自分一人だけでやるには限界がある。

仕事は周りの人や利害関係者と協働して進めるべきであって、

一人でやるもものではないというのも正しい。


ただそれも、自分一人でもできることがある人たちが集まるから、

相乗効果が働くのである。


それゆえ、大切なのは自分一人でどこまでできるかなのである。