天平17(745)年に行基によって建立された大乗寺です。
こちらのお寺の住職が、京都で修行中の貧しい頃の円山応挙に学資を援助したことが縁で
寺の客殿の建築の際、円山応挙がその恩返しとして弟子とともに障壁画を描いたそうです。
江戸時代中期建築の客殿には、円山応挙とその門弟12名の筆になる障壁画165画があり
全て国の重要文化財に指定されています。(そのため応挙寺と呼ばれています)
寺の正面から上がってすぐの間
13部屋ある客殿の中心部に位置する孔雀の間
には十一面観音菩薩を安置し
応挙がなくなる3ヶ月前に描き終えたと言われる「松に孔雀図」があります。
見学はこちらからスタート
「松に孔雀図」NHKから拝借した写真です
客間正面左側に菩薩がおられます。
ガイドの方が、菩薩の前の襖を閉めると
そこは応挙の世界。
どうぞ、座ってご覧になってくださいとのこと。
こちらのお寺の襖絵は全て座った目線で鑑賞するように描かれているそう。
そこには可愛らしい応挙の作風は感じられません。
素晴らしい墨をすったのであろうと推測させる黒々とした墨
原寸大の孔雀に力強い筆さばきの松
ホーーーってなっていると
ガイドの方が、パチンと電気を消されました。
西日が当たる時は一面が金色に輝くそう
(残念ながら、昼間でしたし、曇っていましたので体験ならずです
が、昼間の光を障子を通して十分推測することができます)
普通われわれは、これほどの襖絵というのは
美術館で、上からの光で鑑賞することしかできません。
従来襖絵というのはこういう風に、畳に座り
障子を通した光で拝見するものだと感じました。
また、絵の中の松は外の風景ともつながっているそうで
残念ながら障子を開けてくださることはかないませんでしたが
障子を開けるとそこには
こういった松の古木が見えます。
襖絵とつながる外の世界。拡がる世界
ここに来るまでに見てきた山陰の風景の先に広がる金色に輝く襖絵が
賓客にどれほどの感動を与えたのだろうかと想像するとそれも楽しいものでした。
大乗寺はかなりの田舎にあります
山陰ジオパークを走って大乗寺に伺いました。
本当にすごい田舎で、京都から行くにしても山を抜けなければ行き着けません
ガイドさんに応挙はどうやって来たのか?と聞きましたが、
息子を始め、長沢芦雪などの弟子たちは実際に来て寺で襖絵を描いたらしいですが、
応挙は京都で描いたのを運ばせたのではないかとのことです。
そうそう、こちらの孔雀の間は賓客の控えの間としての役割があったそうですが
私、こちらの間に通されたらずっといてもいいです。
障壁がある13室のうち、円山応挙が手がけたのは、「孔雀の間」「郭子儀の間」「山水の間」の3室です。次に通されたのは、
「郭子儀の間」
高価な岩絵の具を使ったようで、素晴らしい色合いです。
そして、この絵は八方睨みが起用されています。
子どもの視線、郭子儀の視線どこまでも追ってきます。
お次は「山水の間」
天橋立(お隣の丹後半島を抜ければいけます。車で1時間半くらいです)や
琵琶湖や近江富士などが広がっています。
ガイドさんによると、障子を開けると日本海が広がっているということです。
有機と無機が脳内で繋がり、美術館では絶対にできない体験ができます。
途中で見た奇岩(山陰ジオパーク)
応挙の手になるのは以上の三室ですが
他にも、呉春、長沢芦雪などの円山派の門人の手になる作品が多くあります。
そういえば、長沢芦雪のこの作品はお出かけ中でした
他にも八方睨みの技法が駆使されたお部屋も多々あり
可愛らしい犬の視線が私を追いかけてくれます。
そして、昔、茶室として使われていた部屋には
亀居山という地名から、亀の香炉から出る香の煙の先に天女が描かれている間がありました。
そこには床の間はありませんでしたが、この絵があれば必要ないなと思ってしまいました。
最後に、なぜにこの時期にここへ伺ったかというと
年に一度ゴールデンウィークだけ、応挙の全作品が拝見できます。
応挙の作品の半分ほどは収納庫に収まっています。寺にある半分はコピーなのです。
一年に一度だけ、虫干しをかねて一般公開してくれます。
厳重なセキュリティーで守られた収蔵庫です。
たぶん将来は全ての応挙の作品がこちらに収まるのでしょうね。
こちらの収蔵庫を建てるにあたって、檀家さんたちは
かなりの寄付をされたとか。
何にもない場所ですが、ここ香住町は
松葉ガニのメッカです。すぐお隣はブランド蟹の柴山。
蟹の恩恵はここにあり。なんて邪推してしまいました。












