たそがれ館へようこそ -7ページ目

「もしもし」
耀は急きこんで呼びかけたが
返事がない。
息をつめて耳をすましたが
無言のまま、ぷつりと途絶えた。
今のは何だ。何があった?
一度確かにつながったはずなのに。
耀は慌ててかけ直したが
今度はなかなか電話に出ない。
いくら待っても
不毛な呼び出し音を繰りかえすだけ。
電源が入ってないわけでも
電波が届かない場所にいるわけでもない。
相手が出ないのだ。
20回ほど呼び出し音を聞いたところで
あきらめた。
「ちくしょう」
開場の時間が迫ってきた。

入り口には
そろいのTシャツを着たスタッフが
待機を始めている。
あと数分立てば館内に
客の誘導を始めるだろう。
そうなればもう耀はお手上げだ。
コンサートが終わって
客が出てくるまでに
最低でも二時間は待たなければならない。
帰りはいっせいに四方八方に散らばるので
探すのはもっと難しくなる。
せっかくあの女店員から
二人の情報をもらったというのに。

耀は再び発信し
携帯を耳に当てたまま走り出した。
携帯の着信音がどこかで鳴っていないか
誰かとる動作をしていないか
視線を素早く左右に巡らせる。
行列の先頭がぞろぞろ入りだして
耀の焦りがピークに達したその時だった。
どこかで携帯の着信音が鳴っている。
耀は振り返った。
10メートルほど先の大きな柱の陰に
男女二人が立っている。

音はどうやらそこから聞こえてくるようだ。
「出ろよ。どうして出ないんだ。
さっきから何回もかかってきているじゃないか」
男が怒鳴っている。
上背があり、がっしりとした体格の男だ。
そのそばに立つ女は
男の影にすっぽり隠れてしまいそうなほど
華奢で小さかった。
だが女も負けてはいなかった。
「必要ないからよ。
知らない番号には出ないようにしているの」
二人は自分たちの口論に気をとられ
耀が近づいていっても気がつかない。
着信音はまだ鳴り続けている。
耀は自分の手の中の携帯電話を見た。
画面には例の「くるみ」の番号が表示され
呼び出し中でつながったままだ。
そっと「切る」ボタンを押してみた。
数メートル先の着信音もぴたりと止んだ。
まさか、この電話番号は、あの女のものなのか!
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「彼らと何か話しをしたかい。
これからどこに行くかとか
何でもいい。
何か教えてくれないか」
店員は「さあ」としばらく考えていたが
「あ、でも今日ならば
町の公会堂に行っているはずよ」
「それは確かなの?」
「ええ。納涼コンサートがありますから。
この町の若い人なら
ほとんど皆が参加する夏のイベントよ」
「でも、彼らが必ず行くとは
限らないだろう」
「いいえ、まちがいないわ。
偶然その話が出て
チケットを見せてもらったから」
それだけ聞けば充分だった。
耀は礼を言って「北田時計店」
をあとにした。
くるみの名刺を取り出し
新しく判明した
残りの電話番号を書き込み
通りでタクシーを拾った。
10時15分。
耀が公会堂前の広場に着くと
すでに大勢の人であふれていた。

ざっと見渡したところ
20代の若者がほとんどだ。
あの店員が町じゅうの若者が
集まって来ると言ったのは
決して大げさではない。
彼らは数人ずつのグループでまとまり
屈託のない様子で話に興じ
時おりあちこちで笑いを爆発させていた。
この中に本当に
浩とくるみがいるのだろうか。
どうやってこの大勢の中から
二人を探し出せばいいのだろう。
正面入口横の案内板には
「納涼コンサート 10時半開場」
と掲示されている。
あと15分しかない。
耀は人垣に沿ってじりじりと移動し
一人ひとりの顔を確認していった。
ときどき伸び上って奥まで見渡すが
いくら180㎝の高身長とはいえ
全員の顔が見えるわけではない。

耀は意を決し
人波をかき分けもぐりこんだが
誰かに突きあたり
あえなく押し出された。
耀は今度こそ思いきって
人垣に体当たりし
集団の中にもぐり込んだ。
「きゃあっ」「何なのよ」
「痛い」と非難の声が上がったが
かまわず人を押しのけぐんぐんと進んだ。
もみくちゃにされても突き進み
そして人の固まりを縦断し
反対側に出た。
だめだ。
人が多すぎて捜し出せない。
もうこれに頼るしかない。
耀はポケットから
名刺と携帯電話を取り出した。
頼む。頼むよ。電話に出てくれ。

女店員に教えてもらった電話番号を
一つ一つ注意深く押した。
携帯を耳に当てて祈るような
気持ちでじっと待つ。
思いがけず三回めのコールで
相手が電話を取った。
「もしもし」
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店員の左手に目が止まった。
受付台の上で軽く組んだ手の甲に
サインペンで書いたと思しき
長い数字の列が並んでいる。
090で始まるその数字には
見覚えがあった。
「ねえ、その手どうしたの」
「ああ、これ」
店員は恥ずかしそうに手をひっこめた。
「石けんで洗っても消えないんです。
おかしいでしょ。癖なんです。
子供みたいって笑われるけど」

確かに忘れないように
手にメモしている人がいるが
今、耀が問題にしているのは
おかしい、おかしくないではなく
その数字の方だ。
「ちょっと見せてもらってもいいかな」
耀は勢いづいた。
「ごめん、変なこと聞いて。
でもその数字って携帯の電話番号だよね」
まちがいない。下4桁は同じだ。
これって、どのくらいの確率だろう。
10の四乗、1万分の1!
それに小さな町の中という
限られた範囲を考えると
確率はもっと上がってくる。
「これを見て」
耀はくるみの名刺を差し出した。
「浩が持っていたものなんだ。
君の手に書いてある番号と
下4桁いっしょだろう。
今、浩はこのくるみって娘と
いっしょにいるかもしれないんだ。
ねえ、君。
その電話番号は
どうやって手に入れたの。
誰のものなの」
店員はさすがに困った顔をした。
聞かれたからといって
客の個人情報をそう簡単に
教えるわけにはいかない。
もしもしゃべった事が店長にばれたら
怒られるにきまっている。
でも目の前にいるこの人も
悪い人ではなさそうだ。
できることなら力を貸してあげたい。
彼女がそう迷っているように
耀には思えた。
「あなたのいなくなったいとこと
何か関係があるっていうの」
「浩の行方がわかるかもしれないんだ。
無理な頼みかもしれないけどお願いだ。
助けてくれよ」

耀の真剣な眼差しに圧倒されて
女店員はふっとため息をついた。
「これは女性のお客さまの
電話番号です。
正確に言うと
カップルで来たうちの一人のもの。
商品を取り寄せるのに
何日かかるか調べてほしいって言われて。
でも昨日のうちに連絡は終わって
すでに解決済みよ」
「二人連れ?」
耀はどきりとした。
それが本当ならば
張り込みの最中に
彼女に会っていたということになる。
いや、まだ浩だと
決めつけるわけにはいかないが。
「その二人、外見はどんな感じだった?」

「そりゃ、お似合いの
すてきなカップルでしたよ。
女性は髪が長くスタイル抜群で
男性は何かスポーツで
鍛えているようなタイプでしたね」
「そうか、それじゃ、やっぱり浩たちだ」
耀が小声でつぶやくと
店員はつられたようにうなずいた。
「彼らと何か話しをしたかい。
例えば今後の予定とか
これからどこに行くかとか
何でもいい。
何か手掛かりになるような事があったら
教えてくれないか」
店員は「さあ」としばらく考えていた.

