「僕たち、その、つまり僕といとこは

ある用件があって

四日ほど前からこの町に滞在している。

 

 

この部分は話せば長くなるので

省略させてもらうね。

そのいとこが

何も言わずに出ていって行方不明なんだ。

 

 

心当たりの場所を

探しまわっているんだけど

今のところまだ見つかっていない。

 

 

行く当てなんてないはずなのに

どこに行ったのか

さっぱり見当がつかない。

 

 

今、偶然この店の前を通りかかって

思いだしたんだ。

そう言えば彼の時計が壊れていたってね。

 

 

これは全くの当てずっぽうだけど

もしやと思って。

この二、三日中ここに

腕時計を修理に来た男が

いなかっただろうか」

 

 

女店員はますます

困惑した様子だった。

 

 

「僕に似てけっこうかっこいい奴なんだ。

覚えてないかな」

 

Iwe-o_rd35ozcnzmcuxurck from Pixabay

 

耀が冗談っぽく言って

髪をかき上げる仕草をしたのが

彼女の気持ちを和ませたらしい。

 

 

「かっこいいかどうか

私にはわかりません」と笑ったが

耀を見る目はまんざらでもない。

 

 

「交代勤務なので

全てのお客様には会っていませんが

少なくとも私の時には

そんな人はいませんでした。

 

 

この2、3日の事だったら

来店リストで調べられますが

どんな時計だったんですか。

それと、いとこの方の名前も

教えてもらっていいですか」

 

耀は我が意を得たりとばかりに、カウンターに身を乗り出した。

「彼の名前は林浩。

時計はブルーの文字盤とブルーのバンド。

これでわかるかな」

 

 

「ちょっと探してみます」

 

 

女店員がうつむいて

帳簿をめくっている間

耀はわずかに期待を持ちながら

待っていた。

 

 

これで何か良い情報が

得られればいいのだが。

 

 

彼女はすぐに帳簿から

顔を上げた。

「残念ですが

そんな方はいらっしゃらないようですね」

 

 

「そうか、やっぱり」

耀は肩を落とした。

よく考えてみれば

そう上手くいくわけがないのだ。

時計店に寄ったんじゃないかというのも

単なる憶測だ。

 

 

「ありがとう。

手間かけて悪かったね」

耀があきらめて

店を出て行こうとしたその時だった。

 

店員の左手に目が止まった。

 

 

受付台の上で軽く組んだ手の甲に

今までは台の下で見えなかったのだが

サインペンで書いたと思しき

長い数字の列が並んでいる。

 

090で始まるその数字には見覚えがあった。

 

Image by Tania Van den Berghen from Pixabay

 

夕暮れのように薄暗い中

煌煌と明かりがついている店がある。

 

ショーウインドウがきらきらと輝き

中から「おいで、おいで」と

優しく手招きする者がいる。

 

 

耀の顔にふわっと笑みが広がった。

その手に呼び寄せられて

通りを急いだ。

 

 

店の前に「北田時計店」の

看板が立っている。

ガラス張りの窓からは

高級そうな機械仕掛けや

アンティークの置き時計が

飾ってあるのが見えた。

 

 

耀がガラス戸を押しあけ中に入ると

ドアチャイムが鳴った。

 

 

受付台の上に

高さ三〇センチ程の

金色の招き猫が鎮座して

首と丸めた右手を

一定のリズムで揺らしている。

 

 

「ありがとう。恩にきるよ。

小猫ちゃん」

耀が猫の頭をぽんぽんと軽く叩くと

猫はいっそう早く首と手を揺らした。

 

 

この猫が呼んでいたから

耀は「時計店」の看板を見て

思い出すことができたのだ。

 

 

最初の晩から

浩の腕時計が故障していたことを。

合間をみて

早く修理に出さなければならないと

話していたことを。

 

 

その後、浩が修理に出したのかどうか

耀は知らない。

二手に分かれて行動していたので

個人的な動きまでは

お互い報告していないからだ。

 

 

この店に立ち寄ったかどうかも

単なる憶測にすぎないが

「五山荘」からは比較的近い場所なので

可能性としては高いと耀は思った。

 

 

仮にこの店に来たとして

その時何か手掛かりに

なるものを残していっていないだろうか。

 

 

例えば時計を預けていて

後で取りに来る手はずにしているとか―。

何ともむしのいい楽観的な想像だが

当たってみるだけの価値はある。

 

Photo by Jon Tyson on Unsplash

 

奥から、色白の若い女性店員が

現われた。

黒い髪をすっきり後ろで束ね

鼈甲のボストンフレームの眼鏡をかけている。

 

 

知的で清潔な感じの娘だと耀は思った。

年齢はたぶん自分と同じくらいだろう。

 

 

「通りで見かけて入ってきたんだけど―」

「はい」

女店員が礼儀正しくかしこまった様子なので

耀は私事を切り出すのが申し訳なかった。

 

 

「がっかりさせてごめん。

実は買物じゃなくて探し物なんだ。

それも時計じゃない。人を探している」

 

彼女はとっさの事で

面食らった顔をした。

 

 

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焼鳥屋の話によると

自称「くるみ」と名のる

果物売り娘がいたのは一カ月程度。

 

 

「これが長いのか短いのか

何とも言えない。

二、三日でやめる娘もいるし

もう辞めた方がいいんじゃないのと

陰口叩かれる年になっても

辞めない娘もいる」

 

 

「彼女何か言っていませんでしたか。

辞めた後の予定とか。

これからどうするのかとか」

 

 

「知らないね」

男はあっさりと言った。

 

 

「果物売りは

住みか定めない渡り鳥稼業なのさ。

そもそも彼らは堅気じゃないからね。

 

 

あの箱も店主もいつの間にか

変わっているが

誰もそんな事気にかけちゃいない。

ましてや女の子たちが

どこから来てどこへ行くかなんて」

 

 

耀が落胆した表情を見せると

男はまた一本、串棒を差し出した。

 

 

「おれも彼女の事は気になっていたんだ。

こんなこと言うのも何だけど

彼女まともな方だったでしょ。

スケじゃなかった。

きちんとした家の子のようだった。

 

 

こんな所で働くのは

何かしら訳ありなんじゃないかって

思ってたね」

 

 

浩の行方が分からない。

鍵を握っているかもしれない

果物売り娘「くるみ」もいなくなった。

 

 

八方ふさがりで

気が滅入っている耀には

男のささやくような声が

耳に入らなかった。

 

 

 

「もしあんたが本気で

女を探す気があるのなら

俺が口利きしてやってもいいんだがね。

この稼業の裏道にはちょっと通じているんだ。

何といっても俺は―」

 

 

 

 

耀は市場をあとにした。

 

再び浩の携帯にかけてみたが

やはりつながらなかった。

 

 

万が一、浩は宿に戻って来ているのでは

ないかと思って

「五山荘」にもかけてみたが

電話口に出た女主人は

呆れたようにため息をつくだけだった。

 

 

朝には青空だった空が、いつのまにか

灰色の分厚い雲に覆われている。

まるで、今の自分の心模様を

表しているようだと耀は思った。

 

 

なすすべもなく途方にくれ

とぼとぼと目の前の道を歩きだした。

理髪店、不動産屋、クリーニング店など

個人商店が並ぶ昔ながらの

小さな通りに入った。

 

 

夕暮れのように薄暗い中

道の先に一軒だけ

煌煌と明かりがついている店がある。

 

 

時計店だ。

ガラス張りの窓からは

高級そうな機械仕掛けの時計や

アンティークの置き時計が

飾ってあるのが見えた。

 

 

ショーウインドウがきらきらと輝き

中から「おいで、おいで」と

優しく手招きする者がいる。

 

 

耀の顔にふわっと笑みが広がった。

 

 

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