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「やるじゃないか」

耀はそっとつぶやいて

背後から様子を見守った。

 

 

浩と果物売り娘は

クスクス笑いあってずいぶん楽しそうだ。

 

 

もちろんその間にも

果物を買っていく客はいるので

浩は体をよけて話を中断する。

 

 

「はい、マルメロ1個で五百円。

おつりです。またどうぞ」

 

「こちらのお客さんは

三千円ですね。

はい。ありがとう」

 

 

娘が客の応対をしている間も

浩はブースの側に立ったまま

彼女の顔をじっと食い入るように

見つめている。

 

 

 

そして接客が終わると

また楽しそうに二人の話に戻る。

よほど気が合うのか

初対面とは思えない話の弾みようだ。

 

 

耀はなぜだか腹立たしい気持ち

妬ましい気持ちは

わいてこなかった。

不思議な事だが

逆に微笑ましいとさえ思った。

 

 

 

それはもっぱら果物売り娘の

キャラクターによるところだろう。

 

 

他の娘たちのように

色じかけでうんと稼いでやろうという

媚やだらしなさが感じられないのだ。

遊園地でポップコーンでも

売っているかのように

明るくあっけらかんとしている。

 

 

この娘なら

浩を惑わす危険性はないだろうし

多少見過ごしてもかまわないと

耀は思った。

 

 

けれど、浩が

これほど乗り気なのも珍しかった。

今まで見たことのない姿だ。

万が一これ以上

深入りするようなことがあっては困る。

もうそろそろ潮時だ。

 

 

耀は背後から浩の肩を叩いた。

「ここにいたのかい」

「ああ」

振り返った浩は特に悪びれた様子もなかった。

 

 

「何か収穫はあったのか」

「ううん。そうだね。

収穫というほどのものは何も」

「まあ、俺も似たようなもんだ」

耀はそこで諭すように声色を変えた。

 

「もう九時だぞ。今日はそろそろ帰ろうか」

 

 

「えっ、まだそんな時間じゃないよ」

 

 

浩は腕を目の前に突き出して時計を見せた。

丸形で青い文字盤、青いバンドのもので

引き締まった浩の腕によく似合っている。

 

 

時計の針が示しているのは七時だった。

 

 

「五山荘」を出た時刻で止まっている。

 

「どうやら修理に出す必要があるようだな」

と耀が言うと

「わかった」

浩はおとなしくうなずいた。

「かまわないよ。どうせもう話はすんだから」

 

 

浩は娘に目配せして、別れの挨拶をした。

 

 

「悪いな、いいところ邪魔しちゃったみたいで」

耀は浩を促しながら

自分が気のきかない

野暮天のような気持ちになってきた。

 

 

その時、ブースを離れぎわに

ちょっと面白い事があった。

 

 

娘が浩を呼び止め

手を伸ばして指先を

浩の指にからませたのだ。

 

 

少しの間

二人は手を軽く握りあった。

そして娘は顔を寄せて二言三言ささやいた。

 

 

UnsplashKateryna Hliznitsov

 

 

やっぱり二人は

もう少し話していたかったのだと

耀は思った。

 

 

一連の動作を耀は

何とはなしに見ていた。

文字通り眺めていただけだった。

 

 

 

後に大きな意味を持つ出来事が

目の前で起きたのに

その時は気が付かなかった。

 

 

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果物売りの娘はダンスの最後を

天を指さすポーズで決めた。

 

 

曲が終わると浩は弾かれたように

はっと姿勢を正した。

まるで催眠術がとけたかのように

瞬きをくり返した。

 

 

次に浩がとった行動は

意外なものだった。

 

 

周囲の取り巻きをかき分けて

彼女の前に進み出た。

 

 

直立して、右手が拳、左手が掌で

さっと手を合わせる。

いわゆる武術の抱拳礼であいさつした。

 

うーん。これには耀もとまどった。

 

 

浩はいったいどういうつもりなのだろう。

何か考えがあってのことなのか。

 

何の目的でわざわざこの地までやってきたか

忘れていないだろうな。

 

 

林家の存亡にかかわる一大事

せっぱつまった

お家の事情があることを。

 

浩は、九鬼の跡を追う手がかりを

何かつかんだのだろうか。

 

それとも単純に、この娘が気に入ったのか。

 

 

自分は硬派な男で

そのへんのちゃらちゃらした

軟派な男とは違う。

武術の心得のある礼儀正しい青年なのだと

彼女にアピールしたいのだろうか。

 

 

でもそんな必要はないだろう。

 

 

白いTシャツ一枚の浩の体は

誰が見たって最高にかっこいい。

均整のとれた長身に、

肩や胸、腕にはたくましすぎない

柔らかい筋肉がのっている。

日頃何かの運動で鍛えている事は

容易に想像できる。

 

 

 

浩は今年23歳。

耀より二つ年下だが

もっと幼く夢見がちに見える。

一族の中で末っ子として

可愛いがられてきたせいか

いまだに甘ったるさが抜けきれない。

 

 

 

少年のように優しい顔と

ほどよく男性的な体。

この二つがそろっていれば

たいていの女性は

参ってしまうのではないだろうか。

 

 

はたして果物売り娘は微笑んだ。

 

 

ブースの前には他にも取り巻き客が

数人いたが、

浩はOKサインをもらったようだ。

 

 

カウンターに身を乗り出して

彼女と顔を寄せて話し始めた。

まるで以前からの友だちのように

自然な感じだ。

周りからは嫉妬と諦めの

うめき声があがった。

 

 

「やるじゃないか」

耀はそっとつぶやいて

背後から様子を見守った。

 

 

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image by ErikaWittlieb from Pixabay

 

果物売りの若い女性たちは

おおむね露出度の高い格好をしていて

音楽に合わせて思い思いに体を揺らしたり

ダンスを踊ったりしている。

 

 

そして時おり目の合った客

気のありそうな客に

身振り手振りで

何かのサインを送っているようだ。

 

 

果物売りというのは

表向きのことなのだとはっきりわかる。

 

 

虚空に馬田の声がよみがえってくる。

「価格はあってないようなもの。

おばさんが売っていると

五百円のものが若い娘だと千円になる」

 

 

それでつい

「あの子はいくらぐらいだろう」

などと不埒な想いが耀の頭をよぎってしまう。

 

 

事実、果物売りのブースの周りには

常に男客が数人たむろしており

立ち去りがたい様子で

遠くからじっと見ている者もいる。

 

 

耀は夜市の通りを見て回ると

途中でホットドッグを買い

歩きながら食べて空腹をみたした。

 

 

その後も九鬼につながる

手掛かりがないか

一軒一軒見て回っていたが

ふと足が止まった。

 

 

 

五メートルほど離れた先

人波の頭越しに

浩の姿を見つけた。

光や音があふれ

人が行き交う流れの中に

一人ぽつんと立っている。

 

 

浩の視線の先をたどると

果物売りの娘に突き当たった。

 

 

耀はそっと近づいたが

全く気づく様子はない。

浩の集中力が回りの時間を止めていた。

まるでそこだけが

無音の大きなシャボン玉に包まれていて

静かな異空間のようだ。

 

 

Photo by Rodion Kutsaev on Unsplash

 

浩が見ている果物売り娘は

ロングの髪をゆるくまとめて結い上げ

青いTシャツに

ベージュのショートパンツという格好で

露出の点からいうとやや控えめと言っていい。

 

だが、何よりすらりと伸びた脚が美しい。

 

 

彼女のブースからは

最近よく耳にするポップスが

流れてくる。

一昔前に流行った

ディスコ調にアレンジされた曲だ。

 

 

 

浩の横顔は

まだらな電飾の反射を受けて

きらきらと輝いていた。

 

 

 

曲は終盤にさしかかって

さびのフレーズを何度も繰り返した。

娘は左右の手を交差させ

斜め上下に分け開き

左手は左腰の横前

右手はすっと上に伸ばし

最後は天を指さすポーズで決めた。

 

 

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