
Image by Gerd Altmann from Pixabay
「やるじゃないか」
耀はそっとつぶやいて
背後から様子を見守った。
浩と果物売り娘は
クスクス笑いあってずいぶん楽しそうだ。
もちろんその間にも
果物を買っていく客はいるので
浩は体をよけて話を中断する。
「はい、マルメロ1個で五百円。
おつりです。またどうぞ」
「こちらのお客さんは
三千円ですね。
はい。ありがとう」
娘が客の応対をしている間も
浩はブースの側に立ったまま
彼女の顔をじっと食い入るように
見つめている。
そして接客が終わると
また楽しそうに二人の話に戻る。
よほど気が合うのか
初対面とは思えない話の弾みようだ。
耀はなぜだか腹立たしい気持ち
妬ましい気持ちは
わいてこなかった。
不思議な事だが
逆に微笑ましいとさえ思った。
それはもっぱら果物売り娘の
キャラクターによるところだろう。
他の娘たちのように
色じかけでうんと稼いでやろうという
媚やだらしなさが感じられないのだ。
遊園地でポップコーンでも
売っているかのように
明るくあっけらかんとしている。
この娘なら
浩を惑わす危険性はないだろうし
多少見過ごしてもかまわないと
耀は思った。
けれど、浩が
これほど乗り気なのも珍しかった。
今まで見たことのない姿だ。
万が一これ以上
深入りするようなことがあっては困る。
もうそろそろ潮時だ。
耀は背後から浩の肩を叩いた。
「ここにいたのかい」
「ああ」
振り返った浩は特に悪びれた様子もなかった。
「何か収穫はあったのか」
「ううん。そうだね。
収穫というほどのものは何も」
「まあ、俺も似たようなもんだ」
耀はそこで諭すように声色を変えた。
「もう九時だぞ。今日はそろそろ帰ろうか」

「えっ、まだそんな時間じゃないよ」
浩は腕を目の前に突き出して時計を見せた。
丸形で青い文字盤、青いバンドのもので
引き締まった浩の腕によく似合っている。
時計の針が示しているのは七時だった。
「五山荘」を出た時刻で止まっている。
「どうやら修理に出す必要があるようだな」
と耀が言うと
「わかった」
浩はおとなしくうなずいた。
「かまわないよ。どうせもう話はすんだから」
浩は娘に目配せして、別れの挨拶をした。
「悪いな、いいところ邪魔しちゃったみたいで」
耀は浩を促しながら
自分が気のきかない
野暮天のような気持ちになってきた。
その時、ブースを離れぎわに
ちょっと面白い事があった。
娘が浩を呼び止め
手を伸ばして指先を
浩の指にからませたのだ。
少しの間
二人は手を軽く握りあった。
そして娘は顔を寄せて二言三言ささやいた。
やっぱり二人は
もう少し話していたかったのだと
耀は思った。
一連の動作を耀は
何とはなしに見ていた。
文字通り眺めていただけだった。
後に大きな意味を持つ出来事が
目の前で起きたのに
その時は気が付かなかった。
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