新・カクテルグラスの夜景 27 止まった手 | たそがれ館へようこそ

たそがれ館へようこそ

夕暮れ時に物思うことはありませんか。来し方のことを振り返って小説を書いています。

 

「聞いたところによると

その人は使い込みをしたんじゃないかって話よ。

 

大事にはせずに

内々で処理しようとしたけれど

やっぱり周囲にばれて処分されるのを

苦にしたんじゃないかって。

 

 

あらあなた何だか顔色悪いわよ。

どうかしたの」

 

「ええちょっと」

 

「繊細な人はこんな話聞いただけで

気分悪くなるわよね」

 

「別館のどこなんですか」

 

「えーと、どこだったけ」

向井はしばらく考えていたが

「あ、そうそう、確か資料室だったわ」

 

 

えり子の脳裏に

すぐに清司のことが思い浮かんだ。

「そうだったんですね」

 

 

「あ、私ずいぶん休んだからもう行かなきゃ。

あなたはまだゆっくりしていってね」

 

「いえ、私も引き上げます」

とえり子は言ったものの

急に胸苦しい思いに襲われた。

 

 

清司に今すぐに電話して

話したい衝動にかられた。

 

ジャケットのポケットから

携帯電話を取り出し

清司の番号を押そうとしたが

かろうじて思いとどまった。

 

 

だめだよね。

今仕事中だから話しできないよね。

 

 

えり子は窓の外に目を向けた。

窓の下には大きな道路があり

多くの車が行き交う音が聞こえる。

 

 

 

道路を隔てて斜向かいにあるのは

大正時代に建てられた

由緒ある堅牢な造りの建物だ。

 

 

近くに来たんだからいいよね。

また後からゆっくり話そうね。

 

清司。

 

えり子はしばらくの間

窓の外をじっと見つめていた。

 

 

 

※ 2021年2月~に掲載したものを

   修正して再投稿したものです