焼鳥屋の話によると

自称「くるみ」と名のる

果物売り娘がいたのは一カ月程度。

 

 

「これが長いのか短いのか

何とも言えない。

二、三日でやめる娘もいるし

もう辞めた方がいいんじゃないのと

陰口叩かれる年になっても

辞めない娘もいる」

 

 

「彼女何か言っていませんでしたか。

辞めた後の予定とか。

これからどうするのかとか」

 

 

「知らないね」

男はあっさりと言った。

 

 

「果物売りは

住みか定めない渡り鳥稼業なのさ。

そもそも彼らは堅気じゃないからね。

 

 

あの箱も店主もいつの間にか

変わっているが

誰もそんな事気にかけちゃいない。

ましてや女の子たちが

どこから来てどこへ行くかなんて」

 

 

耀が落胆した表情を見せると

男はまた一本、串棒を差し出した。

 

 

「おれも彼女の事は気になっていたんだ。

こんなこと言うのも何だけど

彼女まともな方だったでしょ。

スケじゃなかった。

きちんとした家の子のようだった。

 

 

こんな所で働くのは

何かしら訳ありなんじゃないかって

思ってたね」

 

 

浩の行方が分からない。

鍵を握っているかもしれない

果物売り娘「くるみ」もいなくなった。

 

 

八方ふさがりで

気が滅入っている耀には

男のささやくような声が

耳に入らなかった。

 

 

 

「もしあんたが本気で

女を探す気があるのなら

俺が口利きしてやってもいいんだがね。

この稼業の裏道にはちょっと通じているんだ。

何といっても俺は―」

 

 

 

 

耀は市場をあとにした。

 

再び浩の携帯にかけてみたが

やはりつながらなかった。

 

 

万が一、浩は宿に戻って来ているのでは

ないかと思って

「五山荘」にもかけてみたが

電話口に出た女主人は

呆れたようにため息をつくだけだった。

 

 

朝には青空だった空が、いつのまにか

灰色の分厚い雲に覆われている。

まるで、今の自分の心模様を

表しているようだと耀は思った。

 

 

なすすべもなく途方にくれ

とぼとぼと目の前の道を歩きだした。

理髪店、不動産屋、クリーニング店など

個人商店が並ぶ昔ながらの

小さな通りに入った。

 

 

夕暮れのように薄暗い中

道の先に一軒だけ

煌煌と明かりがついている店がある。

 

 

時計店だ。

ガラス張りの窓からは

高級そうな機械仕掛けの時計や

アンティークの置き時計が

飾ってあるのが見えた。

 

 

ショーウインドウがきらきらと輝き

中から「おいで、おいで」と

優しく手招きする者がいる。

 

 

耀の顔にふわっと笑みが広がった。

 

 

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 Peggy und Marco Lachmann-Anke from Pixabay

 

耀は五山荘を出て市場へ向かった。

 

夏の間は早朝から開いているが

いくつかの店は

昼と夜では看板を掛け替えていた。

 

 

「一杯飲み屋」が「朝粥の店」になったり、

「秘密のマッサージ」が

「総合整体」になったりと、

安心、健全な昼用の店構えに変えている。

 

 

耀は記憶をたよりに

格子状の道を何度か曲がった末に

ようやく目当ての果物売り娘の店の前に

たどり着いた。

 

 

ブースの中に娘がいるにはいたが、

件の娘とは似ても似つかない

不器量な娘だった。

 

 

「君はいつからここにいるの」

耀はくるみの名刺を差し出した。

「この子知っているよね?」

 

 

彼女は自分の客でないとわかると

面倒くさそうに「知らない」と顔をそむけた。

 

「そんなことないだろう。

彼女ここで働いていたじゃないか。

僕は知っているよ」

耀はつい、かっとなって声を荒げてしまった。

  

   

「お兄さん」

どこからか呼ぶ声がした。

 

 

向かいの焼鳥屋の男が

手招きして呼んでいる。

どうやら二人のやり取りを見ていたらしい。

 

 

「これサービスだから遠慮しないでね」

男は小さなナゲットの串を

一本差しだした。

 

Photo by Léo Roza on Unsplash

 

「知りたいのは果物売りの彼女のこと?」

 

 

耀はうなずいた。

「夜の娘と違いますね」

 

 

「きのう急にやめちゃったみたいだよ。

夕方まで待ってても

もう出てこないよ」

 

 

耀はうっかり串を取り落としそうになった。

「本当ですか。

ずいぶん急じゃないですか」

 

「うん」

 

耀は言葉を失った。

 

何らかの関りがあるのではないかと

当てにしていた

果物売り娘が昨日のうちに辞めていた。

浩が姿を消したのと同じ日に。

これって偶然だろうか。

 

 

娘は浩に名刺を渡していた。

近いうちに店を辞めるつもりならば

そんなことはしないはずだ。

 

 

わけがわからず

しばらくぼんやりしていると

「残念だったね」

と焼鳥屋は慰めるように言った。

 

 

「がっかりするのも無理はない。

いい娘だったからね。

俺も寂しいよ」

 

 

耀は力なく笑った。

どうやら彼女にご執心の男だと

勘違いされたらしい。

 


 

耀は夜市での帰りぎわの光景を

思い出した。

二人は最後にあいさつ代わりに

そっと手を握り合った。

 

 

そう、たぶんあの時

耀の目の前で受け渡したのだ。

 

 

それにしても、この名刺が

今回の失踪と何か関係があるのだろうか。

まさか浩は果物売り娘の誘いに乗って

のこのこ出向いて行ったり

していないだろうな。

 

 

名刺の電話番号にかけてみようにも

肝心の番号は一部伏せ字になっている。

 

 

最近、警察の取締が

厳しくなってきているので

足がつかないように

業者側が対策を立てているのだ。

 

 

娘たちはこれぞと思う客には

名刺を渡し

顔を近づけた時に

伏せ字の電話番号を教えるのだろう。

 

 

 

「落ち着いて考えよう」

耀はベッド脇の椅子に腰かけた。

 

浩の失踪の原因で考えられること。

 

一つは果物売り娘と関わりがある線だ。

 

 

あまり認めたくはないが

夜市の晩の意気投合した様子と

名刺をもらっていた点を考えあわせると

何らかの事情があって

自発的に出て行ったというのも

あるかもしれない。

 

 

もう一つは、本人の意志とは関係なく

無理やり誰かに連れ去られたという線。

特に、今回二人は

九鬼に誘い出されて南関に来たので

九鬼の手の者である可能性は大いにある。

 

 

「ーが、これもまた考え難い」

と耀は首をひねる。

 

浩がそんなに簡単にやられるだろうか。

 

 

浩の父親は、近隣では名の知れた

中国武術の師範である。

 

 

浩も耀も小さい頃から

彼の手ほどきを受けて育ってきた。

腕前については

次期後継者の意気込みもあってか

浩の方がやや勝っている。

 

 

その浩を打ち負かし

力づくで拉致できる者などいるだろうか。

 

 

やはり今朝がた見た夢は現実だったのか。

人智を超えた力が浩を襲ったのだろうか。

 

 

誰もいないしんとした部屋に一人でいると

不安が次々に襲ってくる。

 

 

いてもたってもいられなくなった。

耀は部屋を飛びだした。

 

 

女主人が慌てて追って来て

背中に呼びかける。

「ごはん食べないの。

浩くんどうしたの。

それに馬田さんも」

 

 

「おばさん・・・・。ごめんね・・・・。

食事は・・・・いらない・・・・」

 

 

耀はどんどん走りながら

切れ切れに大声で返事をした。

誰もいない外に向かって。

 

 

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