彼女が

良き話し相手になるかもしれないと思うと

清司は心が浮きたってきた。

 

 

「それ私わかりました。

わかりましたよ。

名前は何て言うかわかりませんが」

よし子嬢はきらきらと目を輝かせ始めた。

 

 

「そう、わかってくれたんだ」

 

 

「わかりました」

彼女は勝ち誇ったような顔をした。

「ブタの鼻みたいなものですよね」

 

 

清司は絶句した。

 

彼女は同意と賛辞を待つ得意げな顔を

しばらく維持していたが

清司は何のフォローもできなかった。

 

 

気の利いたお返し一つ言えない。

 

こんな時、日隈だったら軽口をたたいて

もっとくだらないギャグを言って

彼女を笑わせるだろう。

だから彼らは馬が合うのだ。

 

 

清司にも

心が通い合う瞬間が訪れたと思った。

 

 

冷え冷えとした関係から一

気に雪解けになるかと思われたのに

彼女の期待する反応がとれずに

その機会を失ってしまった。

 

 

やはり自分は真面目でつまらない男なのだ。

 

清司とよし子嬢。

広い会議室に二人っきり。

 

 

おりしも夕日が斜めから差し込んできて

室内をオレンジ色に染めた。

二人の交流の時間を

ドラマチックに演出するかのように。

 

 

よし子嬢は清司が気落ちしているのをよそに

舞台のライトを浴びて

別人の用にぺらぺらしゃべりだした。

 

 

「ねぇ、ちょっといいかな」

清司が声をかけると

よし子嬢は手を止めて振り向いた。

 

 

「二口になっている電源タップはあるかな。

できれば三角形のものがいい。

余っている古いものでもいいよ」

 

 

「電源タップって何でしょう」

彼女は首をかしげた。

とぼけているわけではなさそう。

本当に知らない様子だ。

 

 

「ああそうだね

僕の言い方が分かりにくかったかも。

何て言えばいいだろう。

コンセントに取り付けるものだよ」

 

 

「コンセント?」

 

彼女は尻上がり調に節をつけて

笑いながら言ったので清司も少し笑った。

 

 

コンセントもわからないようだった。

そう言われると

清司も確たる自信がなくなってきた。

 

UnsplashKelly Sikkema

 

確か日本語のコンセントは

英語では全く違うものらしい。

これは実物を見せて説明しないと-。

 

 

壁のいわゆるコンセントを

「これ」と指さして

「この差し込み口が足りないので

二又になっているものが欲しいんだ」

 

 

彼女は耳を傾け、うんうんと頷いている。

いつもは清司に対して白けた態度だが

興味をひかれたのか

協力的で素直な態度をとっている。

 

 

日隈たちとしゃべっている時と同じ態度だ。

初めの印象が無愛想なだけで

打ち解ければ本当はいい子なのかもしれない。

 

 

彼女が

良き話し相手になるかもしれないと思うと

清司は心が浮きたってきた。

 

 

 

それにあの言い方

清司が疑問に思っていることを

室長は先回りして封じ込めている。

 

そんなことでごまかされたりしない。

 

どうしようか。

日中合間をぬってやっても時間はかかるし

資料を持ち出すと目立ってしまう。

時間が足りない。

 

 

それと一番大事な資料は

室長の手元にある資料だ。

デスクの中か、室長席の

ラックに置いてある。

 

 

誰もが簡単に見られる場所には

置いていないだろう。

やはり休日に出てきてやるしかないのか。

 

 

バイトのよし子嬢が

小さな箱を持って会議室に入ってきた。

 

 

 

部屋の一角にある備品棚へ向かい

抽斗の中に鉛筆、付箋、原稿用紙を

補充していく。

 

 

ああ、そうだった。

彼女が文房具の管理をしているんだった。

 

 

「ねぇ、ちょっといいかな」

清司が声をかけると

よし子嬢は手を止めて振り向いた。