第七話 敵の影・彼女の真実
「門限までに帰ってこなかったことなんて一度もないんです」
愛子付きの執事。石原はそう言った。
「愛ちゃーん」
雨の中、ボクと姉さんは走った。
どこか愛ちゃんの行きそうなところ。
そう考えて、ボクは気付いた。
ボクは愛ちゃんのこと何も知らない。
お嬢様っていうのは、会ったときから何となくわかっていた。
でもそれ以外で知っているのは、中学3年生で、かわいい女の子ってぐらい。
何が兄だ。
妹のことを何も知らない兄なんて、いるはずもない。
妹のことを殴ろうとする兄なんて、いていいわけない。
もし、そのことを気に病んでいなくなったとしたら、
もし、自分の命を粗末に扱おうなんて考えていたら、
ボクは、ボクは。
「私はこちらを探しますので、真田弟様は逆の道を」
「はい」
「わたくしは携帯で一度、家に何か情報が入ってないか聞いてみます」
「お願い致します」
三人三様に道を分かれる。
愛子の家の人も総出で探しているらしい。
「ほんと、大事になってきた」
全部はボクのせいだ。
あのとき、逃げ出さずにちゃんと彼女に向かい合っていたら、
あのとき、ボクがボクに負けたから…
考えが、マイナスばかりに向かう。
最悪の選択肢だけは、選ばないでくれ。
そう願いながらボクは走った。
「ふむ、本当にそっくりだな」
いきなり虚空から声がした。
「!?」
「右斜め上だ」眼鏡ニア。
壁がある。
「アレの向こう?」
「う・え・だ」
しかし、壁の上には何もない。
「魔法?」
「後ろ」眼鏡ニア。
ぶっ飛ばされた。
痛い。
たぶん後ろから殴られた。
「見えない魔法っ!」
「ほう、もう気付いたか」
「なんだ、お前なんだ!?」
とりあえず立ち上がり、声が聞こえてきたあたりに向かって話す。
「あのお方の姫をさらったものだよ」
「さらう?」
少し考えて、気づく。
「愛ちゃんのことか!」
「ふんっ」
答えの替わりに拳が飛んできた。
今度は真正面。
まともに問答する気がないってことだ。
だからと言ってこのままやられ続けるわけにはいかない。
なんでも良い、情報を引き出さなければ。
「名前ぐらい名乗れ!」
「馬鹿」眼鏡ニア。
「誘拐犯が自分の身元教えるわけないだろ」
しかし、
「我が名は、風。冥府四天王のひとりだ」
「……名乗りやがった……まぁ、身元分かんないが」眼鏡ニア。
「冥府?」
殴られた。また後ろから。
「相手馬鹿だ、もっと情報引き出せるぞ、聞け聞け」眼鏡ニア。
「愛ちゃんはどこにいる!」
「あのお方の身元だ」
「やっぱ馬鹿だ」眼鏡ニアが納得する。
「何でこんなことをする」
「お前に、魔法の恐ろしさを教えるためだ」
「そうか、あっち側のやつか」眼鏡ニアが何かに気づく。「かまうな、ぶっ飛ばせ」
「ニア?」
「奴らの最終目的がわかった。狙いはお前だ」
「ボク?」
痛い。また殴られた。
「代われ」
「嫌だ!愛ちゃんは僕が助ける」
「ロックしやがったな、くそ時間がかかる」
「ニアは黙ってて」
立ち上がる前に踏みつけられた。
「この至近距離からの魔法弾、くらって無事に済むと思うなよ」
空中に光弾が現れる。
「くそ、位置が分かるのに体が痛くて動けない」
「代われ、死ぬぞ」
「嫌だ」
光弾が徐々に大きくなる。
「代われっ」
「いや…だっ」
その時だった。
衝撃波が優希の上をかすめて行った。
「な、なに?」
見えない敵―――確か風と名乗っていた―――による攻撃ではない。
むしろ、その風を狙った攻撃だった。
「ぐふっ、な、何者だ」
そこに魔法のほころびが生じる。
風が姿を現す。
それは、巨漢の大男だった。
あれとは魔法なしでタイマンしても勝てそうにない、優希の感想だった。
衝撃波が2度3度、風を襲う。
そして風は倒れた。
「だ、だれ?」
「私です、真田弟様」
「石原さん?」
石原に傷の手当てをしてもらった。
「すみませんでした」
「?助けてもらったのはボクですよ?」
傷の手当ては近くにあった屋根つきのバス停で行った。
石原の魔法の技術は素晴らしく、あっという間に傷は完治した。
隣では、風が縄でぐるぐる巻きにされながら、気を失っている。
ちなみに風の傷も、石原が治した。
「この執事、ずっとお前をつけていたんだ、気づいてなかったのか?」眼鏡ニア。
「じゃあ戦いの最初から見てた?」
「はい」
つまり、優希が殴られているのをただ見てた。
「はは、まあ傷も治してくれたし問題ないです」
「そうでは……それもあるのですが、それだけではないのです。謝った理由は」
「?」
石原が姿勢を正して言葉を続ける。
「疑っていたのです。真田弟様を」
「?」
まだつながらない。
「証言があったのです。真田弟様がお嬢様をさらったと」
「ボクが?」
「魔法で探っても、似たような結果が返ってきました」
しかし、もちろん優希にそんな覚えはない。
夕方、愛子と別れて、それっきり。
さらって行けるはずがない。
「いえ、ちょ、ちょっとボクはしていません」
不安が、優希を襲う。
疑惑が自分に向いている。
正直、今の優希にそれを背負う余裕はなかった。
だから次の石原の言葉には大変助けられた。
「はい、まだ疑いは晴れていませんが、この者の証言でそれの矛先が少しずれました」
「矛先がずれた?」
「ほかに犯人候補が現れたってことです」
優希は、ほっと息をつぐ。
疑いは完全ではないが、少し晴れている。
それだけで今は充分だった。
「それでその犯人候補は?」
「冥府の王です」
「?」
「オリンポス十二神、イレギュラーナンバー冥府の王、ディス、その姿は誰も見たことがないといわれる、学園の番長です」
「それが、ボクの姿を使って愛ちゃんをさらった?」
「いえ、魔法で姿を変えていたなら、そのことは魔法で探ったときに気づいているはずです」
「じゃあ?」
「真相はわかりません。だから真田弟様の疑いが晴れていないのですが、私は真田弟様を信じることにします」
「信じてくれるんですか?」
「お嬢様が兄と呼ぶ方を信じれなかった私の方がどうかしていたのです。それはきっと当り前のことです」
「ありがとうございます」
その言葉には何よりも心強いものがあった。
雨はまだ降っている。
風は、目を覚まさない。
風は唯一つの情報源だ。
人質にもなる。
いざとなったら、こいつと愛子を交換するって手もある。
とにかく風が起きるまで2人は待つことにした。
時間が空いたので優希は疑問に思ったことを石原に聞いてみた。
「そのディスって、愛ちゃんより魔法が強いんですか?」
「?」
なぜか、石原がハテナ顔になる。
「いえ、愛ちゃんも相当な魔法の使い手ですよね。それより強いのかなーって」
「?確かにディスの魔力はユピテルに匹敵するといわれています。でもお嬢様は、」「もっと強いの?」
石原が、目をパチクリとする。
「本当にご存じないのですね」
「?」
今度は、優希がハテナ顔。
「お前気付いてなかったのか?」眼鏡ニア。
「???」
石原が深く息を吸う。
はく。
「お嬢様は」
石原の言葉が優希を貫く。
「魔法を使えません」
「――――――え?」
ボクは、まだ何も知らかったんだ。
後で思い出すとつくづくそう感じた。
そう―――。
式臥愛子は、魔法を使えない。
雨はどんどんひどくなっていった。
