誰かを思う行為そのものの美しさを確かな技術で服にしたコレクション
大切な人を思うとき、なぜか一輪の花が心に浮かぶ——そんな経験はないだろうか。RIV NOBUHIKOのRakuten Fashion Week 2027ss新作コレクションは、まさにこの個人的な感覚を出発点にしている。
とはいえ、モチーフとして登場するのは特定の花ではない。バラでもチューリップでもなく、記憶の奥にぼんやりと残る輪郭、ふわりと漂う色や気配。だからこそ単純な花柄プリントには終わらせず、オートクチュールの技術で一着のワードローブへと丁寧に落とし込んでいるところに、このコレクションの見どころがある。
技術の精度がとりわけ光るのが、ジャケットやブラウスの見返し部分だ。
普段は表に出ない裏側にこそ華やかな装飾を仕込み、それをどこまで見せるかは着る人自身に委ねられている。飾りを一方的に見せつけるのではなく、扱い方を本人に預ける——そんな姿勢が伝わってくる。
角度を変えてメリハリを見せる「オートクチュールの技術」
ウエストをきつく締めなくても、肩や腕にボリュームがあるだけで全体が美しく見える。身体を理想の型にはめ込むのではなく、構築的なバランスで輪郭を描き出す発想である。年齢や体型を問わない服を目指すなら、サイズ展開を広げるだけでは足りない。身体への負担を減らしながら、着たときの造形美は損なわない。この袖のデザインは、その難題への一つの答えと言えるだろう。
機能そのものからデザインを生み出す
スカートの大きなポケットも見逃せない。
単なる収納ではなく、シルエットそのものを形づくる要素になっている。物を入れるという日常のしぐさが服の形を変え、動きに応えてくれる。機能を美しさの妥協点にするのではなく、機能そのものからデザインを生み出す——このコレクションらしい発想だ。
メゾンで培った確かな技術を多くの人へ
RIV NOBUHIKOが大切にしているのは、メゾンならではの手仕事の美しさを、限られた人だけの特権にしないという姿勢だ。
高度な技術と時間を要する服づくりを、もっと多くの人が楽しめる形に開いていきたい。その思いは、ブログで手仕事の担い手を募った際、想像以上に多くの応募が寄せられた経験とも重なる。理念を掲げるだけでなく、仕事を求める人たちの現実に触れたことで、作り手との新しい関係のかたちが少しずつ見えてきたという。
こうした背景を知ると、今回のコレクションが打ち出す「日常性」は、単に着やすいという意味だけではないとわかる。クチュールの手仕事と人を想う美しいのイメージを、特別な日のためのドレスとして閉じ込めるのではなく、日々の生活の中で機能する服へと落とし込むこと。見返しの装飾、締めつけを抑えたシルエット、大きなポケット——どれも、装飾性と実用性を対立させないための具体的な試みだ。
花の選び方にも同じ視点が貫かれている。誰もが一目で美しいと認めるような華やかな花だけでなく、紫陽花のように身近すぎて見過ごされがちな花にも、クチュールならではの眼差しを向ける。すでにある美をそのまま引用するのではなく、日常の中で見落とされているものに新しい価値を見出す。それは、服を通して「美しさとは何か」を静かに問い直す行為でもある。
今回のコレクションが示したのは、人を想う美しい気持ちを花の飾りや装飾だけで終わらせない服づくりだった。心に浮かぶ花のイメージは、ボリュームのある袖や立体的なポケット、見えない場所の装飾へと翻訳され、現実の身体や暮らしへとつながっていく。
花の美しさは、華やかさだけに宿るわけではない。誰かを思う記憶や、見過ごされがちな身近な存在、そして着る人だけが知っている内側のディテールにも、同じように宿っている。RIV NOBUHIKOの服は、そうした見えにくい価値を、実際に着られる形で社会に提案をしているのだ。
美しいイメージを抱きながらも、服はあくまで現実の身体に寄り添う。締めつけすぎないシルエット、見せ方を自分で選べるディテール、暮らしの動作をそのまま受け止めるポケット。そこにあるのは、飾るための服ではなく、思いと暮らしを同時に支える服をつくろうとする意志だ。
誰かを思うときに浮かぶ、名前のない花。その個人的であいまいなイメージは、確かな構造と手仕事を通じて、一着の服として現実に姿を現す。RIV NOBUHIKOは、夢と現実のあいだを行き来しながら、服が人の記憶や暮らしに触れるための方法をこれからも探り続ける。

































