先日、Rakuten Fashion Week TOKYO 2027 S/Sの記者発表に足を運んだ。
渋谷ヒカリエでの本番(8月31日〜9月5日)を前に、参加ブランドや今シーズンの見どころが発表される場だったが、私が一番耳を傾けたのは「by R」プロジェクトの話だった。
楽天という、圧倒的な消費者接点を持つ企業が、リアルなランウェイショーとどう向き合っているのか。それは単なる一企業の取り組みという以上に、これからの日本のファッション産業の在り方を占う話だと感じている。
KHOKIという選択
今シーズン、「by R」が支援するのは「KHOKI」というブランドだ。2019年創業、蚤の市のような高揚感をものづくりに落とし込むというコンセプトを掲げ、東洋と西洋の美意識を折衷させながら、記憶と空想が入り混じるような服を作り続けてきた。2023年にはTOKYO FASHION AWARDを受賞し、2024年にはLVMHプライズのセミファイナリストに、2025年には「10 Asian Designers to Watch」に選出。すでに世界的な評価の階段を、着実に上ってきたブランドである。
楽天の担当者に「数あるブランドの中で、なぜKHOKIだったのか」と尋ねたところ、返ってきたのは「楽天とKHOKIだからこそ生み出せる新たな表現を届けたい」という、両者の想いの合致だった。正直なところ、これは決め手というより理念に近い言葉で、質問への直接的な答えとは言い難い。
ただ、その裏にある事実は興味深い。今回の支援に先立ち、7月27日には「Rakuten Fashion」内にすでにKHOKIのショップがオープンしている。ランウェイショーという「見せる場」の前に、まず「買える場」を整えていたということだ。ここに、この提携の本質が透けて見える。
「自己表現」を聞いたら、「接点設計」が返ってきた
もうひとつ、私が投げた問いがある。「by Rを通じて、ファッションと自己表現の関係を、一般消費者にどう感じてほしいか」。
私にとって、装いとは自己認識が顕在化したものだ。だからこそ、この問いを投げた。しかし返ってきたのは、EC支援の強化、ユーザーとの直接的なタッチポイントの創出、特設ページでのインタビューや限定アイテムの展開——という、事業設計の言葉だった。
これは担当者の力不足というより、構造的な必然だ。企業広報が語れるのは「どうやって消費者を服に触れさせるか」という接点の階層であって、「その服を着ることが、その人にとって何を意味するか」という内面の階層ではない。前者はビジネスの言語であり、後者は個人の言語だからだ。同じ「by R」というテーマを語っていても、見ている階層がまったく違う。
このズレそのものが、実は今のファッション業界と消費者との距離を映し出しているのではないか、と私は思っている。
数字がまだ出ていないからこそ、見えてくるもの
KHOKIは国際的な評価こそ積み重ねてきたが、それが「売上」という数字にどれだけ直結しているかは、まだ見えていない。だからこそ、楽天側の言葉も「シナジーが見込める」「エンパワーメントする」といった、期待値でしか語れない抽象的なものに留まっているのだろう。
だとすれば、この提携は今すぐの売上を目的としたものというより、KHOKIのようなクリエイティブ性の強いブランドを通じて、まだ楽天の主要顧客層になっていない、感度の高い新しい層にリーチするための布石なのではないか。by Rは2019年から数えて今年で7年目を迎える。単発のプロモーションというより、3年後、5年後のトレンドの土台を仕込む、時間軸の長い投資として捉えている——そう読み解くのが自然に思える。
これはあくまで私の仮説だ。楽天側が数字で明言しているわけではない。ただ、企業が語らない部分を、業界の構造から読み解いていくこと自体が、今の私にとっての取材の意味だと感じている。
装いは、企業の言葉の外側にある
結局のところ、「自己表現とは何か」という問いに、企業は答えを持たない。持てないのだと思う。それは本来、着る人自身の中にしかないものだからだ。
「by R」がどれだけ接点を設計しても、その先で服を纏った一人ひとりが「自分は何者であるか」を感じる瞬間までは、企業は手が届かない。届かせることもできない。だからこそ、そこを言葉にしていくのが、私たちのようなファッションジャーナリストの役割なのだと、あらためて思う。
KHOKIのランウェイショーは9月4日、Rakuten Fashionで無料ライブ配信される予定だ。企業が仕込んだ「接点」の先に、KHOKIというブランドが本当は何を語ろうとしているのか——それを見届けたいと思っている。






















