しるくらし。

しるくらし。

学校へ行かない選択。
子どもとの関わりなど。

発達や生きづらさの話しなど。

名古屋市内にて不登校の親の会を開いています。

対話、安心できる温かい場にしていきたいです。





わたしには1人時間が必要だなと感じて、

今日はとことん1人で。


時間気にせず。

買い物して、お茶して。


いつもは時間ばかり気にして、いつも焦って慌てている。

とにかく急いでいる。


だから、今日は時間も気にしない。

早歩きじゃなくゆっくり歩く。


私にとって、

時間を気にしなくていいってのはとても豊かなんだ。

改めて感じた。



未子がダウンしていて、私も在宅時間が長く

だいぶ疲れとストレスが溜まってたみたい。

無自覚だったけど。



それから、うちにいる時間が長いと、

嫌なとこばっか見ちゃうから。子どもたちの。


なんか監視してるみたいになってた、最近。

だからわたしも苦しかった。


それで、意図的に離れてみた。

わたしを大切にするのは、まずわたし。


わたしを大切にして、それから子どもたち。

それでいい。


自己犠牲の上に子どもたちを優先してたんだな、最近は。

食べ物も、風呂上がりのタオルも、時間も。


むかついても怒らずに、

子どもを優先して。


けどそれ、

誰も幸せにならない。

って知ってるのに、やっちゃうんだなぁ笑い泣き


ということで、

今日の対話で、

またやっちゃってたことに気づけました。


だからわたしのための時間をとった。

お金も時間も気分もわたしのために。


また忘れてしまうだろうから、

今日のことを書いときます。



当事者研究


とは、自分はどんな人?と知っていくこと。


だから終わりなき旅。


こないだ書いたのは“分かってもらいたい旅はもうやめた”ということ。


わたしの中の“分かってよちゃん”は、


「そーなのね、あなた人に分かってほしかったんだね」と認める事で少し鎮火した。


分かってほしいのは、まず自分に。

自分が自分を一番ムシしてたってやつ。



わたしはどんな人?

これはなかなか試練な旅なんですよね。


だって見たくないから、

かっこ悪い自分、

情けない自分、

惨めな自分、


だから蓋してきた。

見ないふりしてきた。



だ、か、ら、

これからは、そんな中じゅうにぶんに頑張ってきた自分を知る旅。



知ったかぶりで

完璧主義で

いい子ちゃんで、


欲張りで、

人一倍考えすぎて、

考えすぎるから振り切って(一周回って)ぶっきらぼうだったり、

やりたい事多すぎて

中途半端。

愛情が半端なく深くて、

自分の気持ち伝えようとしたら、力みすぎて怒ってるように見えたり、

何か言われると責められてるように感じる。

すぐに自分責めて、だから硬い分厚い殻で自分を守っている。


そんな自分は今まで気づいた事。



当事者研究というものは名前は知ってたけど、

深くは知らず。

まだタイミングじゃなかったのかもね。



そろそろ人生も後半戦。

ええ加減準備はええか、とタイミングがきたみたい。



だから、

これからは外側はどうでもいい。

事象は事象としておいといて、

見るのは内側。


わたしはどうなの?



そんな旅を始めるのです。



抽象的でごめん。



未子のダウン。

看病で在宅が長く、心身(いや、身体は疲れてないか…精神疲れたな…)ともにおつかれモード。



ひといきつきに、家族が居る間にカフェへ。


ひさびさひとりでボーっとしながら浮かんできた言葉、そのまま載せました。



学校では声の大きい人や目立つ人の話は聞かれたが、

自分みたいに目立たない人の話が聞かれることがなかったと思う。

 

そもそも、何か意見をという前提が、

みんなから平等に聴きましょう、

ではなかった。

 

そんな中で

自分は人に話を聴かれる価値はない、とか

私の話なんか誰も聴きたくない、とか

 

話すなら、面白い話をしないと、

と思うようになったんだと思う。

 

それが無意識に価値観としてしみ込んでいた。

 

 

大人になり、

自分の意見を言うことが怖くて、

何を感じているのかさえ分からなくて、

 

ただ批判されたくない、

という思いが先に立つ。

 

この場にそぐわないことは言わないように、

なんて言えば満足してもらえるのか、

 

そんなことばかり考える。

 

自分の言葉なんて少しも出てこない。

 

 

話を丁寧に聴いてもらうことなんて本当になかった。

話を丁寧に聴く事もなかった。

話を丁寧に聴き合う環境でもなかった。

 

 

ようやく今、それを知り、

まずは自分が丁寧に聴いてもらう経験をし、

話を聴いてもらうことのパワーを実感した。

 

 

いろんなところへ行くと感じる。

みんな自分の話を聴いてもらいたくて仕方がない。

自分もふくめて。

 

 

どうやったら人の話を丁寧に聴けるのか、

学び実践中。

 

思うようにはできないけど、

そうでありたいと思う気持ちは変わらない。

 

 

先日の対話の練習会で、私の癖に気が付いた。

 

私は何か”いいこと”を言いたくて仕方がない。

一目置かれたい、みたいな。

 

いいこと言わないと、発言の価値がない、

そう思ってるらしい。

 

知らなかった自分の一面を発見した。