しるくらし。

しるくらし。

学校へ行かない選択。
子どもとの関わりなど。

発達や生きづらさの話しなど。

不登校の親の会を開いています。

対話、安心できる温かい場にしていきたいです。





ヨガの母校、松下ヨガの合宿に参加してきました。
松下ヨガで学び始めたのが娘が3歳(次男5歳、長男7歳)、未子はまだいませんでした。

30歳で兵庫県から名古屋に来て、遠距離をしていたパートナーと住み始めました。
仕事も辞めてきたのでハローワークへ行きつつ、何か始めたいなぁと思って何気にやり始めたのがヨガ。

そもそも運動は苦手だと思っているし、特に体を動かすのが好きでもなかったのでヨガってそれまで全くやったことなかったのですが、やってみたらこんな自分でもできたんですよね。

できたというか、できるできない、の世界じゃないというか。
なんというかとにかく‘よかった’んですよね。

それからすぐに妊娠して、妊娠中は日赤のマタニティヨガに通ってました。

産後はやっぱりメンタル的にしんどいことが多かったです。
ひとりになりたいとか、誰にも邪魔されずにゆっくりすごしたいとか。

パートナーが帰宅してから夜のヨガへ行ったり、週末に行ったり、そんな感じでにわかにヨガは暮らしの中にありました。

その後は親子ヨガとか、子連れヨガとか、平日昼間に子どもと一緒に行けるとこ探して行きました。
ヨガとは何ぞや?なんでこんなに気持ちいいんだろう?って体系的に学びたいっていう思いはこの頃からかんじはじめていました。
いつかやろう、まぁ退職して60歳過ぎた頃かなぁ〜、なんて漠然と思っていました。

その後、3番目の子が3歳の時に、当時やっていた訪問介護の仕事を辞めた際にふと思ったんですよね、
なんでやりたいことやるのに60歳まで待たないといけないって思ってるんだろう?って。

まぁ、自分でびっくりしました。
当時、アドラー心理学を学んでいて人生が少し今までと変わり始めていた時期でもあったと思うんですが、そんなこともあり、
やるなら今だなと思って、辞めた翌日には養成講座の申し込みに行ってました。

子育て全盛期、子連れヨガに行ってた時の指導員さんが素敵な方で、
私もいつか体系的にヨガを学びたいです。どこで学べますか?と聞いていたんです。

その方が松下ヨガを卒業されていて、なので私も学ならそこしかないな、と自分の中で決めていたんだとおもいます。全く迷いがなかったので。

それが11年前。

卒業してからは津島のお寺の一角を借りてヨガをしたり、カラオケのカルチャークラブでレッスンしたり、パン屋さんの2回のレンタルスペースでヨガしたりしました。
途中からは自宅の一室を開放してそこでレッスンを。

4人目の子が生まれたあと、ちょっと色々としんどくなっちゃったんですよね。
もともと精神的に不安定なところがあります。ヨガやってるにも関わらず、ですが。
いまでもそうです。

上の子たちはお家にいるようになり、私自身も初めてのことばかりで、全く余裕がなくなりました。
継続していれば良かったのですが、一度全てをストップしてしまいました。

ヨガを全くしない時期もあったので、修行生11年目ですが、ブランクが結構あります。
4年ほど前からまた自分自身のためにヨガを再開しています。
合宿はようやく行けました。
ハグ行法、笑ヨガ、ハタヨガ、じっくりほぐすのも良かった。
何よりそこにいられることが嬉しかったです。
そこでの出会いもまたたまらない。

今のお家では自宅でヨガは難しそうなので、公民館を借りて再始動しようと思います。
自分自身のためにも、振り返り、それとこれからの気持ちをここに書いておこうと思いました。

何と言ったらいいのか分からなくて、なかなか動き出せなかったのですが、一歩踏み出してみようと思います。


6年?ほど前からオンライで聴くこと話すこと、を継続して続けてきました。

私は参加している形で、主催ではないです。


毎月定期的に集い、

ただ聴く 話す をしてきました。


当時の私は何も言葉が出てこなくて、

自分の話す時間10分を

ほぼ無言で過ごしたこともありました。


涙だけがボロボロと出てくるっていう。



3人、時には4人。

この6年で2回メンバーが変わり、今は残った2人で継続してやってます。


自分でも驚きです、よくこんなに続いてるなぁと。



そして、一年前から、リアルでの聴き合う場に参加しています。

全く違う場です。


こちらでは15分、語り手が語ります、

それを録音して逐語録にます。

そしてそれをメンバーで聞き味わうのですね。



私は継続してスクールカウンセリングや、

親会などでのグループカウンセリングにも参加してます。

また最近はあまり参加してませんが、一時期はアダルトチルドレンの自助会にも参加してた時期もありました。


AAのような言い放ききっぱなしの会にも数回参加したり、当事者研究にも何度か足を運びました。


振り返ってみるとここ数年、ずっと聴いてもらうこと、話すこと、とともに生きてきた気がします。


最初の聴き合う場での話に戻ると、

何も言葉が出てこなかった経験から、自分が今までの人生で全くと言っていいほど聴かれてこなかった、ということに気がつきました。


話なんて聞いてもらったことがないし、

自分のことなんて何を話せばいいか分からない、もうめちゃくちゃびっくりしました、そんな自分に。

自覚がなかったんですよね。


子どもの頃から生きにくくて、

どうしてこんなに生きるのがしんどいんだろうと、いろんなことに手を出してきました。




ただ聴く、ただ話す、はカウンセリングやセラピーとは全く違います。

そこにはアドバイスも何もありません。

そいうのに慣れてる人は最初は違和感があるかもしれませんね。


けど私は、この聴き方には、何かあると思っています。

聴くことの偉大さを毎回感じます。

そして自分自身に宿る力も。


とても生きやすくなったわけではありませんが、

聴いてもらうことには、他の何にも変えがち何かがあるんですよね。



聴くことは難しいなぁ、と同時に感じます。

子どもの話を聞く時に、いつも自分が出てきてしまいます。

気づいたら子どもの話を取っちゃって、自分の話をしてる時があります。

はっと我に返って、やってしまった〜と思うことが度々あります。

ごめんねって言います。話取っちゃった、って。

けど、もう戻らないですね、そういう時は。



日々練習です。


安心して話せる場

聴ける場

そんな些細なものがあるだけで人は生きていける、そんな気がしています。


小さな一歩です。


こんな自分の周りにも、そんな場を育てていければ、と思います。


聴き合う場を始めます。


最初はお一人ずつがいいなと思っています。

一対一で。

15分。

わたしはそこにいてお話聴かせていただきます。


アドバイスをしたり、情報提供のようなことは一切しません。

ただただ耳を傾けてお話聴かせていただきたいと思います。




未子、体調不良で寝込んでます。ふだんほとんど風邪ひいたりしなくて元気なんですが、こうして体調崩すとほんとしんどそうにしてます。

父親ってこういいうときはなかなか居どころがない、というか、子どもは母親を呼ぶんだなぁ、と面白く観察してます。

そんなわけで父親には間接的に関わってもらうわけですが。(なんか買ってきてもらったりですね、吐きそうってなってゲロ袋をキッチンから急いで持ってきてもらったりですね←昨日の話)

わたし自身もここ数日の予定の変更を余儀なくされました。
こういうのも最近はあまりなかったから、これはこれで少し懐かしい感じもあります。

子どもたちが小さかった頃は、熱出たとか中耳炎で、とかで保育園行けないってなると、仕事休んだりその都度モヤモヤしてたんですが。
大きくなるとそういうのもなくなるので。

なので、これをきっかけにわたしも溜まってた読みたかった本読んだり、DVD観たりしてすごしてます。
昨日は数年から全巻買って置いてた“逃げるは恥だが役にたつ”っていうコミックを一気読みしました。

あの作品、わたしてっきり恋愛のストースーだと思っていたんですが、ところがどっっこい、そういうわけでもなく。

仕事に関することやコミュニケーション、パートナーシップに関することなど、人間関係に関するヒントがいっぱいあるではないですか。

何でもっと早く読まなかったんだ〜、って感じなんですが、いやきっと全てはベストなタイミングなんでしょうね。

わたし今、夫との関係性を見直し中で、というのも、夫婦20年続けてきてそりゃあ20年といえば大変な変化があるんですよね。

2人で生活するところから始まり、子どもが産まれ2人3人4人と増え、わたしはいつの間にか子育てに没頭して(だってやったことないことばっかり、初めて尽くしですから)
その間も夫は変わらず外で働いて、これを何年もやって。
(とは言え、夫は夫で私には分からない知らない変化があったと思うのですが…余裕がないとそんなこと想像もできませぬ)

気づいたら子どもたちは大きくなってて、もうそんなに私たち親としてはやることがなくなってて、
ほとんど戸惑うのは母親の方が大きいと思うんですが。

だってあまりにも自分を見てなかったので、「あれ?これからどうしましょ」という感じでもあるんですが。

子育て没入期の夫との関係性ももちろん変わってきていて、そしたらそこの関係ももちろんのこと、
これからどうしましょ
共に生きてくのか、ちょっと違う方向性になるのかいろんな可能性を含めてですね、
ちょっともう一度話し合って再構築士しましょうか、となって当然のような気もしています。

対話の場(オープンダイアローグのような)で定期的にセラピーをしているんですが、まぁ自分でもびっくりするくらいわたしの中で恨みつらみが溜まっていたんですよね。笑

その都度出してこなかったので、たまってたまって発酵していたというわけです。

夫にしたらたまったもんじゃないですねよぇ、なんで都度言ってくれなかったんだよーという感じだろうと思うんですが。

まぁこれはね、本当に自分でも驚きなんですが当時は自分のこと何も気が付いてなかったんですよね。

それだけ一生懸命だったってのもあると思いますが、なんだかねぇやって当たり前、とかそういうのとも少し違うような気もするんです。

きっとそれはそれで承認欲求というか何かが満たされてたんだと思います。

セラピーは約一年続けてますがわたしにとっては有効だと思ってます。そうじゃないとつづかないですが。
まさに関係の再構築中です。

わたしはいいタイミングでこういうことができてよかったと思ってます。
子どもがいるとその子たちの成長に伴い、関係性や役割が変わってくるのが当然で。

それを自然に上手いこと移行できる夫婦もいればやっぱりそうじゃない夫婦もいて。

私たちはすこぶる下手くそだった。笑
わたしは自分たちではもうにもできない〜、
お手上げってなって、信頼できる方に依頼しました。

逃げ恥からパートナーシップ、コミュニケーションについて書こうと思ってたら、思いがけず夫婦の暴露話しになってしまいましたが…
子どもの体調不良も時にはいいもんです。

普段出たがりのわたしは(じっとしていられないとも言う。かなりの重症😆)こういうことがないとうちでじっくり何かをするということがないので、まぁ末っ子くんに感謝でもありますね。

おかげで積読なんかが読めて達成感もあったり、こういう振り返りができたり。

あとついでに…この20年の子育て期間んのおかげで、少しは臨機応変力が育った気もしてます。思いどおりにいかんこと多くてそれはそれで“じゃあどうしよ”って都度考えてくふうしてきたよな、と。

振り返ってこんな風に想いも書き留めておけたし。