今日はお寿司好きの長女だけを連れ(学校が休み)て友人と
お寿司を食べに行く。友人もこれまたお寿司好きの娘さんを
連れてくる。娘、この街でお寿司食べ放題初挑戦![]()
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朝だけどもうお腹が空いた…。
さて、姉の件の続き。
今どき別居だ離婚だなんて、特にアメリカでは珍しくもなんとも
ないし、恥ずかしいことでもない。
ただし、姉は結婚した当時、敬虔なクリスチャンであったので
家庭内不和、別居、離婚、といったことは「恥ずべきこと」
「人生における大失敗」的な捉え方をしていたと思う。
ミッドライフクライシスを迎えたとき、姉はチャーチへ行くことを
止めた。クリスチャン生活から足を洗い、「人生、こう生きなきゃ
いけない」という枠から外れることになった。
これも多分義兄と上手く行かなくなった理由の一つだと思う。
義兄は今でもクリスチャンだから。
しかし、長年「(神様の次に)家庭が第一」として生きてきた姉。
やはり、人生の基盤である「家庭」の維持に失敗したことには
罪悪感や敗北感があったはずだ。
だから妹である私に知られたくない。家庭が円満であること、
自分が如何に幸せであるかを過去に常々話していた姉。
「おまえが結婚するなんてねぇ」
「おまえが母親になるなんてねぇ」
と、ダメダメの妹である私はいつも言われていたものだった。
そんな立場が逆転したことを、姉は多分恥じていたと思う。
とてもプライドが高い人なのだ。
この街に引っ越すことになり、それを2年半前に告げたときも
無関心であったし、引っ越してきてから連絡しても無しのつぶて。
ようやく連絡が付いた時に、この街で時折り姉の仕事関係の
カンファランスやセミナーがあるという話が出たので、そんな時
はうちに泊まれば?と促すと、
「人の家は落ち着かないから泊まらない。ホテルに泊まる。」
(そして姉は子供が嫌い
うるさいから)
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姉はそういう人。
姉は私をますます遠ざけるような素振りを続けていた。
そして先日、なんだかずっと気になっていたし、家を購入して
住所が変わったことも知らせてなかったので電話を掛けメッセージ
を残した。ドキドキしながら待っていたら数分後に携帯が鳴った。
姉は相変わらずぶっきらぼう。そして今回、私はハッキリと訊いた。
「今、義兄と暮らしていないの?」
「…そう。」
姉は初めてそれを認めたけれど、別居なのか離婚なのか、二人に
何があったのか、ということに関しては、「話したくない」の一点張り。
そして初めてハッキリとイタイ所を突いてきた私に我慢ならなかった
らしく、
「アンタと話したいことなんて何もないから」と突っぱねた。
「今だって直ぐに電話を切ってしまいたいくらい」
「血が繋がってるからとか、そんなことだけで私を理解できるワケが
ない」
「相談したければ友人がいる」
「姉妹だからといって性格が合うわけじゃない」(それは正解
)
その他かなりキツイ、意地悪な言葉を吐かれた。
よくよく聞いてみると、ハッキリは言わないが、日本旅行の時の
別れ際の私の言葉や態度で傷ついたらしい。自分は人を傷つける
けど、傷つけられることには繊細な姉。
それ以降は、もう私に心は開くまい、と決めたようだ。
そして、もう旅行の件に関して、話し合う、とか仲直り、とかそういった
ことも真っ平ごめん、と。
私とは無関係で生きていきたいらしい。私から電話が来るから
仕方なく掛け直すのであって、姉からは何もしたくない。
自分の身に何かが起こっても、私に知らせるつもりもないと。
人間生きていれば、家族であっても意見の食い違い、言い争い、
仲たがい、いろいろあるはずだ。私は、旅行からもう10年以上も経って
あの時は腹を立て、姉とはもうこれっきり、と思ったりしたけれど、
もういいじゃないの、姉妹なんだし、と段々と思ってきていた。
ところが姉の方はまったく真逆。
姉が言うには、「妹である私が嫌い」なのではなく、
「分かり合えないなら、血の繋がった妹であろうがなんだろうが
自分の人生に必要ないから切る」というようなことなんだそうだ。
この10年間ほどは親しくしていたわけでなないので(そして
私からのちゃんとした謝りの言葉もなかったので)
「今更何よ?もう遅いわよ」というような感じ?
分かり合えないと言ったって、姉は何も言わないんだから分かり
ようがない。実際、旅行での件が無かったとしても、家を失くしたこと、
義兄との問題、など、プライドが邪魔して姉は絶対に私に話せなかった
はずだ。
そして、多分、私がもっと自分よりも可哀想な立場に居たとしたら、
今幸せに暮らしていなかったら、姉の態度はもっと違っていたに
違いないと確信している。