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一旦止んでもいずれまた雨は降るし、夜は毎日必ず来る
by hayatakaさん
Yonyonさんのホームページから拝借
実銃の構造図などほとんどなかった1960年頃、ここまでの物を創造できたMGCの知識と技術は驚異的だ。当時、銃のカッタウェイ写真はMGC以外どこにも存在していなかったと記憶している。いったい何を参考にしてこれほどの物を作ったのだろうか?
カートリッジ後部のコブラキャップを撃針が叩く。初めてこの写真を見てから60年以上経つが、今もこの構造は私にとって永遠の憧れである。実銃やブランクガンは皆この構造だと言われても、後撃針カートリッジ自体の特別感が良いのだ。
手間と費用をかなりかけて復元したMGCコマンダーとベレッタ。
スライド上部にブリーチ固定用のナベネジが見えてしまっている。どうしても適合する皿ネジが見つからなかったのである。
この一連のモデルガンはハンマーに難があり、厚い鉄板に取り付けたリング部分がブリーチ後部に当たって外れてしまうのが問題だ。日本全体でも一桁くらいしか現存しないこのシリーズは、大半がリング部欠損だと思う。
純正のハンマーはリング部が大き過ぎるので、私はベレッタ復元用に少し小型の物を発注した。単品のオーダーはかなり高くついた記憶がある。
コマンダーはフレーム側面の皿ネジが欠損していて、ヒューブレーの物を代用した。
Yonyonさんのホームページから拝借
中央のコマンダーには見事なウッドグリップがついている。MGC純正は硬質ラバー製だけなので、これは高品質のホームメイドだと思う。
トリガーの形も多くのMGC製とは異なる。スライドは刻印がないからヒューブレーを取り付けているようだ。この個体はブリーチを止めるスライド上のネジが皿ネジになっていないのが興味深く、フレーム側面のネジも米国ヒューブレー製オリジナルのままだ。
じつは、私が作った復刻版コマンダーもこのスライドと同じ仕様なのである。本当はスライド上部にザグリ加工をしたかったのだがちょうど良いドリルが手元になく、ただセンターに穴をあけてナベネジを使ったしだいだ。
ハンマーの停止位置が少し後ろになっているのは、ブリーチ内の撃針を諦めてここに小さな突起を設けたからのようだ。ベレッタ・ガバメント・S&Wオートはその突起にコブラキャップを被せて音だけを楽しんだのである。
コマンダーの凄さは撃針があること。ハンマーがそれを叩けば撃針がカートリッジ後部のコブラキャップを発火させて銃口から火と音を出すのが魅力だった。その機構が禁止されてしまうと最大のセールスポイントがなくなるわけだから、4000円近くもしたあの一連のシリーズはあまり売れなかったと思う。
今と違って上野駅近くにあった中田商店に、このベレッタが置いてあった。東京オリンピック(1964)より前の時代に4000円もしたのだから、大人でも簡単には手が届かなかった。子供だった私は電車に乗って上野までこれを眺めに行き、それから何日間あるいは何週間かは夢に酔っているだけで幸せだった。
まさかアメリカでこれを日本から譲り受け、復元する機会に恵まれる日がくるとは想像もしなかった。夢や憧れは、捨てない限りいつか必ず叶うのである。
Yonyonさんのホームページから拝借
1962年にコマンダーが登場した。しかし、それはすぐに発売禁止となってしまう。実銃と完全に同じセンターファイア機構になっているのが良くないとされたからだ。
既に量産体制を整えていたMGCは発注済みのパーツなどが数多く在庫になっていたらしく、1963年の春か夏には、コマンダーのブリーチに撃針のないタイプでコマンダーB型という物を発売した。その同時期に出たのがベレッタ・ガバメント・S&W44(初代モデル)だ。
当時は海上保安庁がS&W 39を採用していたが、モデル44などという製品は誰も知らなかった。アメリカ本国でさえ知る人のいないS&W44を、情報の大変に少ないあの時代に知っていたMGCの知識量には感心してしまう。
このモデルの存在は昔から知っていた。現物を見たのは20年ほど前に行った中田商店の資料室が初めてである。何人かのオフ会仲間と中田商店を訪ねたとき運良く社長が居て、わざわざ資料室を案内してくれたのである。MGCによるヒューブレーの改良モデルがいくつかあり、P38やベレッタと共にこのS&Wも金色塗装で残されていた。