Rampant Classic, TRC SAA
Marushin SAA, MGC SAA
Marushin M39, CMC Commander, MGC P-08,
MGC 1911A1, MGC 44 Auto. Hudson M1934
MGC New Chief, CMC M29,
MGC Police Positive, MGC Lawman
イヌ
ルイジアナ州 日本語版を出せる
ソ連について
ニート
--- since 1979 ㉙ ---
今になってみると、どのようにして二重録音をしていたのかよく思い出せない。
テープレコーダーが2台あれば話は簡単なのだが、あの頃の機器は大変に高くて買うのが難しかった。
録音ヘッドと再生ヘッドが別になっている機械なら左右のチャンネルをうまく使って1台で済んだのか・・・? あまりにも遠い昔のことなので思い出すことができない。
しかし、とにかくいろいろな事を工夫して頑張ったのが物のない時代である。
ビートルズが1965年発売のアルバム、Help!, Rubber Soul, Revolver などでラブソング以外を書くようになる頃、日本では周回遅れでグループサウンズなるものが登場した。このGSブームは完全な企画ものであり、「音楽の内容よりは外見優先」「今は、これが儲かる」という発想で始まっただけなので、2年は続かなかった。
歌謡曲にあまり関心がない。日本のGSのようなことはしたくない。欧米では社会問題を扱った曲が注目されている。私はビートルズのコピーだけをすることに少し物足りなさを感じ始めていた。
ボブディランやピートシーガーなどによって、社会の矛盾などを突いた曲の出てきたのが1960年代だった。
私はこの頃に岡林信康や高田渡、そしてバンドとしてはハッピーエンドなどを知る事になった。
ハッピーエンドは日本語でロックをやる珍しいバンドだったが、「日本語ロックなどあり得ない」という社会風潮の中ではあまり高く評価されていなかった記憶がある。
乱魔堂というバンドは結構良くて一枚だけアルバムを持っている。
安全バンドも日本語ロックでアルバムを出したが、どの曲も歌詞が少しつまらないのが惜しい。





