国内規制適用外

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日本製輸出仕様と実銃

↓ from bokete ↓

主人が段ボールに「かわいがってください」と書いている。   

 

by   てけすたさん

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

S&W  M539                   MGC  M44                  S&W M 39-2

 

 

この3丁を並べられる人は少ない。S&W 39 は何処にでもあるが539は極めて数が少ない。そして、MGC 44 の日本仕様はアメリカに数丁しかないと思う。

亜鉛製ハンマーの付いた輸出仕様は少数存在するが、商品サンプルとして送られてきたデトネーター付き完全日本仕様は一般消費者が見る機会もない。

この539には39のスライドを載せている。同一モデルの材質を変えただけと思われている39と539だが、実際はいろいろな部分が違っていて完全な互換性がなく、一部を削らないとスライドも入れ換えることはできない。

S&W純正グリップパネルが少し格好悪かったからホーグ社製か何かを付けた。価格は純正品のほうが安い。

 

 

 

 

 

第一次規制の頃はモデルガンの趣味から少し離れていて、MGC 44 Auto.が発売されていたこともよく知らなかった。最大の関心事は別の方向に行っていたのだ。

1971年10月20日以降モデルガンが黄色くなってしまうのは知っていたが、当時はそれがどれほど大きな出来事なのか理解できていなかった。

MGC 44 Auto.は1万円だったと思う。あの時代でその額はかなりのものだったので、経済的にゆとりのある人かモデルガンに全財産を注ぎ込む意気込みのある好き者しか手が出せなかった。

私はそのどちらにも属さなかったから当然ながら44 Auto.など買えるわけがなく、その後何十年もこのモデルに憧れ続ける結果になった。

第二次規制までは金色さえ我慢すればブローバックする物は店頭にあったが、銃口の塞がったモデルガンを発火させることに意義を感じなかったので、買うこともなかった。

アメリカに移り住んでからは輸出モデルの44 Auto.を探すようになった。ところが、ガバメントモデルやドイツのミリタリー物と違って人気がなく、輸出は1970年代初期に少しあっただけでカタログにも載らなくなっていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

--- Since 1979 --- ⑲

 

2025年10月9日に⑱を書いてから久々に続きを書く。今回はアメリカに来るより前の子供時代に触れる。

 

人は誰でも、その人生の中で大きな出会いが何回かある。
子供の頃に自分を可愛がってくれた先生や、テレビや映画で見た憧れのスターやヒーロー、青春時代に出会った恋人あるいは後の配偶者などである。
そういった何人かの重要人物の中で、今日は友人の和田について書いてみる。
私は小学3年のとき一度転校し、浦和のT小学校からM小学校に行った。3年生は途中からだったせいかその年と翌学年の記憶がない。
時代が違うのか子供たちが違うのか、当時は転校生に対して特別な歓迎も冷たい無視もまったくなかった。
本当に何ひとつ記憶に残る出来事がないということは、おそらく転校してきたその日から自然に皆が受け入れてくれたのだろう。
和田が同じクラスに居た記憶は5年生からだ。特に勉強ができる生徒でも体育が得意な生徒でもない和田はどちらかと言えば日陰の存在だった。
私は比較的に良い子そして良い生徒だったつもりだが和田は少しひねくれた感じがあり、こちらはその和田の悪ガキ的なところが面白くてよく遊んだ。
今回、和田の本名を使ったのは、偶然に本人がこのブログを知って「それ、俺の事だろ?」と連絡してくることを期待しているからだ。

(続きは明日)

 

 

 

 

 

 

 

 

地球温暖化説は疑っている。特に二酸化炭素がその元凶という説は怪しい。

 

 

ニートの酷い話2連発

 

 

 

イランの件で、多く(中国)の嘘が判明した。

 

 

 

戦国時代の音楽番組

 

 

 

 

 

生まれて初めて、歩行に杖が必要となった。スポーツで怪我をした人なら慣れているだろうが当方は初体験だ。思いのほか実用性が高い。