【東京往復の新潮文庫】

 さて「無人島にふたり」である。

 2021年、山本文緒は膵臓癌ステージ4b、余命4か月の宣告を受け、5ヶ月後に没した。その最後の著作となる「日記」である。

【決断の凄み】

 第一に、化学療法、すなわち抗がん剤の拒否に驚いた。

 最初は投薬を受けたらしいが、副作用が重かった。また、治癒ではなく、せいぜいが生存期間を倍に延命するだけの効果と知って、緩和療法を選んだのだ。苦痛を耐えての9か月か、無痛の4か月かの択一で後者を選んだ。

 通常、自分では決断できず、担当医師に判断を委ねてしまう。すると、その時期における標準治療ということになり、手術困難であれば抗がん剤である。自分だったら、死の確定を回避するために、劇的効果が万に一つのあるかもしれないなどと期待して、抗がん剤に同意するだろう。

 山尾の思い切りがすごい。しかも、4か月というならそれ以上生きてやろうじゃないかとの決意つきなのである。

【全て緩和ではない】

 「日記」なので、緩和治療の実相、その経過が窺える。

 痛みは訴えていない。現代の麻酔技術は痛みを完全にブロックできる。それは、自分の手術体験からも裏付けられる。内蔵を切り刻まれたのに痛みはまったくなかった。点滴に加えて、首にぶら下げたアルプス救助犬の酒樽のような装置のおかげだったと推察する。癌患者が癌細胞の増殖がもたらす痛みに悶え苦しみ、苦悶の余り病院屋上から投身する、などというのはもはや過去の話なのだ。

 ただ、吐き気や食欲を投薬その他で解決しても、全身の不快感や睡眠障害などは克服できないようだ。そして食えなくなり、歩けなくなり、寝たきりになる。あらゆる臓器が機能を低下させていくのだから、当然ではある。

【寂静寸前の意識】

 ただ意識は健常である。腹水を抜き、酸素吸入となっても記述に乱れはない。死亡2週間前に余命が週単位と告げられて驚き、友人、家族と最後の別れをしている。この辺は、今日の日常が明日も続くに違いないという、人間特有の感覚からかもしれない。状態の悪化は認知するが、その悪くなった状態で明日を迎えるのだろうと、何となく楽観する。そのように明日がやってくると信じられる限り、終わりはない。

 ただ、「日記」の最後の記述は異様である。人格に裏付けられた思考の一貫性が感じられない。肉体の機能不全が脳にまでおよび、あるいは麻酔の作用が強められ、意識の混濁が始まっているのだろう。そこから先は昏睡であり、1週間ほどで入寂となった。

【人を救うのは人でしかないのでは】

 恨み辛みや、恐怖は訴えていない。泣き言もいわない。山尾自身の人間性はもちろんだが、配偶者の存在が大きいのかもしれない。ふたりで耐えるから、ぶざまな混乱に陥らずに済んだ。だから「無人島のふたり」なのだ。死もまた人間関係の中にある、ということだ。

 釈迦の救済も、神秘的な作用などではなく、そのように人間として向き合うというものだったのかもしれない。大抵の人は、実は誰にも向き合ってもらえない孤独の内に生を終える。土壇場になって不安となったときに、手を差し伸べ、「怖がらなくてもいい」といってくれる人がいるなら、その手、眼差しは、確かに救いとなるだろう。

【後悔先に‥】

 他人事ではない。最近どうも体調が悪いのである。息苦しさを感じるし、咽喉に違和感があって呑み込みも悪い。術後4年の節目まで、あと2か月である。実は断崖の縁、生の瀬戸際に立たされているようなものである。しかし当方の場合、家人とはつまらぬこと(ワンタンのスープ調理をめぐって)でケンカをし、現在冷戦中である。万一、緩和治療となっても冷たくされ、山尾のようには沈着でいられないかもしれない。釈迦にでも縋るしかないのかもしれない。