私アメリカ人になりました:ロスで日々思うこと日記 -7ページ目

私アメリカ人になりました:ロスで日々思うこと日記

アメリカに住んであっという間に29年。セラピストになって17年。アメリカ市民になって3年。不妊治療を経て養子をもらう事になりました。早くわが子の顔が見たいよ~。そんなサンフラワーの見たり、経験した事をおもうままに書いた気ままな日記

最近、国内養子縁組で女の子の赤チャンをアダプトした知り合いの人とランチ。彼女の体験を聞かせてもらった。彼女とだんなさんは、彼女がインド系、だんなさんは、日本人とラテン系のハーフで、私たちと同じように、不妊治療を経験し、養子を迎えた。


はじめは、アジア系の女の子がほしいと弁護士に相談したが、ほとんど不可能といわれたらしい。でも、3ヵ月後に白人のボーイフレンドとの間の子を養子に出したいアジア系のハーフの女性が現れ、5月に女の子が生まれたとのこと。


彼女は、これは宇宙の果てにいる子が自分たちを見つけてきてくれたと言っていた。養子縁組が完了するまでの色々なプロセスやできごとが全て自分とその子を結びつけるために起こったことだよといった。


そうか、私たちの子供も私たちのことを探しているに違いない。そう思える一日だった。

国内養子縁組のエージェンシーの弁護士とフリーコンサルテーションに行ってきました。このエージェンシーは、4年前、養子を迎えると決めた時、初めて説明会に行ったエージェンシーでもあり、国際養子縁組のエージェンシーから、薦められたところでもあります。


このエージェンシーは、全米に妊娠している女性へのアウトリーチに力を入れているため、それへ当てられる料金が結構高い。弁護士のオフィスだから、良く映画に出てくるような、高いビルの全面窓、みたいな所を想像していましたが、以外と、小さい、私の働いている非営利団体のようなオフィスでした。本当にオフィス代ではなく、クライアントのサービスにお金をかけているとすれば、好印象でした。


やはり、人種と性別にオープンであれば、養子縁組が早く決まるとのこと。60%以上の赤ちゃんは、白人か他の人種とのMixで、黒人の数は少ないけれど、黒人の子を養子にもらいたいカップルが非常に少ないので、オープンであれば、バースマザー(産みの母親)に私たちのプロフィルをみせ、決まる可能性が高くなるとのことでした。


だんなと私は、ほぼ、国内養子縁組を始める事を決意しました。いやはや、私たちの旅は、山あり谷ありでした、これからもそうでしょうね。でも、あきらめませんよ~。

日本は、ジメジメしていて蒸し暑い。去年、兄が突然亡くなって、慌ててアメリカから帰国した1年前を思い出します。今週末は、兄の一周忌。そのために日本に滞在中。

このように日本に4ヶ月おきに帰国するようになって初めて、アメリカ市民であることで、色々な手続きがややこしい体験しています。アメリカのパスポートでは、身分証として認められないので、プレペイドの携帯電話も、母の名義で、契約しました。本当は、インターネットの回線も実家に引きたいが、きっとお年寄りのうちの両親には、理解を超えることなので、説明して彼らの名義で。って無理だしな~。

兄からの相続手続きは、保険会社と銀行に何回も問い合わせた。その度、外国人の身分証明書に関して言われることが違い、いいかげんなところは、アメリカとそう変わらない( ̄ー ̄)。 そして、私もしつこく何回もコールセンターに連絡し、納得する答えが出るまで引き下がらないでいると、
やっと、アメリカのパスポートで、手続きを完了することができた。係りの人は、私のパスワードの全ページをコピーしましたが。

外国人でいる事って結構大変だったなと、アメリカで外国人だった頃を思い出しております。