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私アメリカ人になりました:ロスで日々思うこと日記

アメリカに住んであっという間に29年。セラピストになって17年。アメリカ市民になって3年。不妊治療を経て養子をもらう事になりました。早くわが子の顔が見たいよ~。そんなサンフラワーの見たり、経験した事をおもうままに書いた気ままな日記

昨日は大変な一日だった。夜中に産みのお母さんから電話があり、陣痛が始まったとの連絡。そこから飛行機、ホテル、レンタカーの手配を寝ずにして、やっと空港へ。今や飛行機に乗ろうとしている時にケースワーカーから連絡で、お母さんは、産んだ子を見て養子縁組を辞めると決断したので、本当にごめんなさい。とのことだった。現実的には、経済的にもきっと非現実的な判断けれども、産みのお母さんに決める権利があるので、今回は養子縁組不成立とのことだった。

こういうことが起こりうるとは聞いていたが、本当に自分たちにも起こるのだ、現実は厳しいなあと思う。

また仕切り直し。

この日は、こんな風に訪れるものなのですね。


日本に滞在しているお正月明けに、アメリカ国内の養子縁組エージェンシーから連絡があり、私たちが養子先の家族として選ばれました、おめでとうございます。と。 生みの母さんとお父さんのインフォメーションがE-mailで送られてきた。


あわててコンビ二で送られてきたインフォメーションをプリントし、だんなの実家へ向かう新幹線で目を通した。若いお母さんとお父さんなのに、もう2人も子供がいる。サプライズの妊娠だったらしい。 だんなと、断る理由がみつからないね。と言った。私たちが出した条件(薬物を使っていない事、妊娠中にアルコールを使用していない事、等)を満たしていた。


次の日に、ケースワーカーらか、24時間たったけど、どうする?との催促。もちろん、興味ありますとの返事をした。5日に日本から帰国し、7日には、生みのお母さんと最初の電話。カワイらしいティーンエージャーのような感じの声で、とても緊張しているようだった。良く考えれば、自分の親と多分同じくらいの歳の私たちと話すわけですから。


お互い、気に入ったとの事で、どんどん準備は進んできています。私たちもカーシート、赤ちゃん用品等揃えて、生みのお母さんは、カリフォルニア州外なので、1週間ほどの荷物をスーツケースに詰めました。


31日が予定日ですが、いつ生まれても良いように、毎日電話がかかってきたら、すぐ飛行機に飛び乗れる準備は整えました。あわてて、病院が提供している新生児ケアのクラスにも参加しました。


まだ、時々、信じられない自分がいるのですが、とにかく、生みのお母さんが、赤ちゃん誕生後、養子縁組のペーパーにサインをしてくれたら、縁組成立なので、気は抜けません。とにかく、生みのお母さんといい人間関係を作り、信頼関係を作る事が大切。


私たちの生活、人生が大きく変わろうとしています。

今、両親のもとへ里帰り中。日本は、厳しい寒波で、北陸や北海道では、大雪。東京は、雪は降ってはいないが、めちゃめちゃ寒いよ~。


今日は、クリスマスイブ。年老いた両親は、今日がクリスマスイブであることも気づいていなかった。クリスマスケーキだけでも、買って雰囲気を味わおうと町に出たら、家族連れや恋人たちでごったがえしていた。


そして、一番、行列ができていたのが、ケンタッキーフライドチキンのお店。日本では、クリスマスは、チキンですもんね。アメリカ人の友人に日本のクリスマスは、ケンタッキーフライドチキンがご馳走なのよ~っていったら、非常に引いて、異常なものを見る目でみられたっけ。アメリカでは、ケンタはチープなファーストフードですもんね。他のお総菜や、スーパー、コンビニに至るまで、鶏の足のローストだらけです。


去年も日本で、もしや次の日は、チキンが安くなったりするのかと期待しましたが、きれいさっぱりチキンとクリスマスケーキは店頭から消えていました。あのチキンとケーキはどこへ行ってしまうのでしょうか?誰か、どこかで食べ物を必要としている人たちの手に渡っていたら良いのですが。


皆様、メリークリスマス。