2週間ほど前の、産みのお母さんの心変わりで、養子縁組の話が白紙に戻った日に、もう一つの事が
ありました。自分たちの中でもなかなか整理がつかなくて、ブログにやっと今、ブログに書いてる。
それは、両方の両親、特に母親たちの養子縁組への理解や受け入れる姿勢のこと。国内養子縁組は、国際養子縁組と違って、最後まで、養子縁組成立がわからない。ということもあって、両親には、確実になってから、連絡しようと決めていた、養子縁組に関しては、私たちからしたら、この3年半、きちんと説明し、それなりに受け入れてくれていると思っていた。
ところが、産みのお母さんが、予定日より6日早く出産することになり、あわてて電話したのがあまりよくなかった。私の母は、怒り出し、誰にも孫と思われない子供をもらうのはやめろという始末。だんなは長男だから、変な子供だったら、跡継ぎとして受け入れられないだろうと。そうしたらどうするのかと。だんなのお母さんは、ひたすら私の母が、眠れないほど心配していると。
すでに、わが子が来なくなったことと、産みのお母さんとマッチングが決まってからの、怒涛のごとくの3週間で精神的にも体力的にも、限界に来ていた私たち。[何で、こうなるのー」としか思えなかった。日本の親にとって、産みの母親が心変わりをしたことは、まったく頭になく、じゃあ、何が問題なのってことだが、
きっと突然だったことで、私たちが勝手なことをしていると思ったらしい。そして、もらった子が障害児だったらどうするのか、ということが心配だったらしい。 まず、、子供は、きちんと新生児のテストなどを受け、健康かわかってから、私たちも養子縁組の最終的な書類にサインするからと説明した。そして、’国内養子縁組は、突然決まるかもしてないとも説明した。でも、あまりにも、わからない世界のことだから、理解をこえているんだろうなと思っている。
母は、なんで私のやりたい事をわかってくれないのだろう。久しぶりに、ティーンエージャーになった気分。そして、アメリカに来てからも、何度も思ったっけなあ。と思う反面、私が母親で、娘に一生、わからない親だと思われていたら、悲しいだろうなあと、母の心情も感じる。きっと、とても心配で、こんな形でぶつかってきたんだろうと思う。年老いて、いつかは別れを言わなければならない母と、分かり合えないままは、やっぱりいやだなと思う。そしてわが子のことは、やっぱり受け入れてほしいと思う。だから、娘、息子の私たちが成長して、両親にも、もっときちんと説明して、心配で色々言われても、大きい心で受け止めながらも、私たちの夢である、わが子を迎えることは、絶対にあきらめないと決めた。