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私アメリカ人になりました:ロスで日々思うこと日記

アメリカに住んであっという間に29年。セラピストになって17年。アメリカ市民になって3年。不妊治療を経て養子をもらう事になりました。早くわが子の顔が見たいよ~。そんなサンフラワーの見たり、経験した事をおもうままに書いた気ままな日記

友人からもらったGuppy。めだか?に似た魚です。とても一般的で飼うのも簡単なので、仕事場のオフィスで飼っている同僚もいます。


このGuppyちゃんたちをじっと見るのが、楽しみの毎日。生まれて間もない子達は、小さくてシラスのような大きさです。そして、一匹、妊娠中です。卵ではなく、赤ちゃんを産むらしく、同僚はその瞬間を見てえらく感激してました。(仕事に集中しなさいよ!)


写真を撮るのが難しかったので、Webから写真をダウンロードしましたが、本当にこんな感じ。生まれる日が近くなると、おなかの辺りが少し透き通り、赤ちゃんの目が見えるそうです。


早く、生まれないかなあ~。


私アメリカ人になりました:ロスで日々思うこと日記-guppy


しかし、母親は、産んだシラスちゃんたちを食べてしまうそうで、子供たちがかくれる場所を作るか、別の水槽にいれるのが良いそうです。


なので、生まれたら、母親を別の水槽に移そうかと毎日目が離せません。



ネパールからの養子縁組が不可能になってから、わが子を迎える新たな道を探している私。卵子提供の不妊治療ももう一度考えてみようと思った。心配だったのが、私の年齢。もうアラフォーでも四捨五入するとアラフィフティーになった私。卵子提供を扱っているエージェンシー2件に問い合わせてみると、女性は50代位まで治療が可能で、更年期を過ぎていても、可能だとのこと。


高年齢で卵子提供で妊娠する成功率や体験談をGoogleしていたときに見つけたこのBlogサイトstories of Pregnancy&Birth over 44 years old

そこに掲載されていた記事に、びっくりしてしまった。インドで66歳の女性が三つ子を産んだというもの。しかもこの女性、人生初めての出産。

インドでは不妊治療にとても積極的らしく、最近では70歳の女性が卵子提供の治療で女の子を産んだらしい。


妊娠、出産もましてや子育てもここまで高齢になったらどんなに

大変だろうと思ってしまう。親が70歳で生まれた子は、親がなくなった後どうするのだろうか。そう考えると、医学が発達し、子供がほしければ何歳でも産めるようになってもそれが子供の為なのか、疑問だ。


だんなにこのブログを見せたら、、「ひえ~。あんたが66歳で3つ子を産んだら、僕はいつまで働かなければならへんのや~。」とびびっていた。


私はとうてい66歳で妊娠しようと思わないが、ちょっと勇気づけられたのは本当。If she can do it, I can do it:)

親が遺棄したとされるネパールの子供の養子縁組をアメリカ政府が停止して2週間以上たった。その後、アメリカ政府からは、何も新しい情報は流されていない。80組のReferralのある(自分の子供が決まり、ネパールにCountry Feeを支払った)ケースに対する対処も、厳しい審査をするとだけ発表され、具体的なプロセスは決まっていないようだ。この家族たちのあせりや怒りはとてもよくわかる。やっとわが子が決まり、ネパールに旅立とうとしていた矢先の家族もいて、この先、その子を養子としてアメリカに連れて帰ってこれるか、いつそれがわかるかも検討がつかない。


今、ネパールにいて、施設にいってわが子に会い、ネパール政府側は問題なく養子縁組の書類にサインし、実質、養子縁組は成立しわが子になってもアメリカ政府からビザが下りないため、この子を連れて帰ってこれずにいる家族が10組ほどいる。2002年にもそういうケースがあり、2年間、ネパールに住み、その後再度ビザ申請をしたらしい。しかし、国外に2年間も住める家族などそうはいず、毎月施設に料金を払いわが子を置いてこなければならなくなる。それは、あまりに残酷だ。


アメリカ政府は、何をしているのだろう。それって人権問題ではないのか。


そしてReferralがまだきていない私たちのような家族は、ほぼ養子を迎える可能性はないといわれた。ネパール政府のシステムや、法律が変わらない限りアメリカ政府の基準である、合法的に孤児を孤児と証明することは今のところ不可能だといわれている。 また、親権を放棄したと認められるケースはプロセスされるといっているが、今まで、ネパールで親権を放棄したケースは皆無である。もしかしたら、これから何年も待てば、可能性はゼロではないとも思うが。。。。


というわけで、何が新たな道なのか少しづつ検討し始めている。不妊治療が失敗だった時のように、あせってはいない。ある意味、ここまでやってきているのだから、私たちの道が開けると信じているからだ。


ほかの国から養子を迎えるのか、国内で養子縁組をするのか、また、こちらのFosterCare(里子制度)の里親になり、親権が剥奪された子を養子に迎えると言う方法もある。一度は、二度とやらないと思っていた、不妊治療も今度は卵子提供を使ってやろうかとも考えている。