少しずつでも前進している実感を得ることで、気付いたら以前より家を出るまでの時間が短縮されているのを感じられた。

いくつかある確認行為のうち、軽いものから試していった。

水道の蛇口がしまっていか確認。
コンセント、ガスと比べると火事になる可能性がゼロということで、一番確認行為が不要に思われた。

当時は、蛇口をじっと眺めたのち、手をかざして、手が水で濡れないことを確認、再度蛇口を見て、手をかざして、、、、何度も何度も繰り返していた。
まず、手をかざす行為をなくし、見る時間を減らしていった。
だいぶ減ったところで、思い切って水の確認をやらないと決めた。
やらないことの気持ちのよさ。
朝の時間短縮につながった。
そして、何よりもできたことで、次のステップにつながった。

悪化の一途を辿る自分の症状に、心身ともに疲れ果て、今後も一生これに苦しむと思うと、何も手立てもなく、底なし沼にどんどん沈んでいく気分だった。もがけばもがくほど、沈む速度も速くなる、何もしなくても沈んでいく。何かできないか、と、カウンセラー、催眠、その他様々な本を読んだ。

治る可能性が全く見出せなかった当時の私に、私は治る、という確信を抱かせてくださったのは、カウンセラーの先生。彼は、これまでも様々な心の病を治してきていらっしゃって、私が「治りますか」と不安そうに尋ねたときに、「(ワークを)やってみましょう」とおっしゃった。治る、と断言されたわけではなかったが、その目が確信に満ちていて、この障害は治るという強い確信を持てるようになった。

この確信は、その後様々な克服に向けた努力をしている間の大きな支えになった。

今でも先生の誠実な自信に溢れる目は、今でも忘れられず心に残っている。

当時、強迫性障害以外にも多くの悩みを抱えており、将来の展望が見えなくなっていたことで、ネットで調べていたら、瞑想に出会った。

まずは本を読みながら実践しようとしたが、瞑想をしてどこか別の世界に行ってしまうのではないかというとんでもない妄想に襲われ、なかなかうまくいかなかった。

そんなときに、1日ヴィッパサナー瞑想会をみつけ、参加してみた。

うまくできている感じはしないし、何の変化も感じられず、半信半疑だったので、別の参加者に瞑想の効果を聞いてまわった。

その一人が、瞑想を別の目的で始めたが、気が付いたら強迫性障害の症状がなくなっていたという。瞑想と強迫性障害との関連性は全く分からなかったが、そんなすごい結果を期待できならとりあえずやってみようと、半信半疑のまま始めることにした。瞑想と強迫性障害の関係が分かった今は毎日継続できるが、半信半疑だったため、継続するのはとてもたいへんだった。