強迫症がない人の姿勢をじっくり観察すると、いかに彼らに対象に対する恐怖感がないかが分かる。身近なものだと、ロッカーの鍵。私は、鍵を締めて何度もカチャカチャ音を出しながら開けようとしても開かないことを納得させて、やっと安心できる。彼らは、一度鍵を締めてしまったら確認すらしないでその場を離れる。自分もカチャカチャやりながら、一度も鍵が開いたことがないことを知っているのに、安心できない。

 

彼らをじっくり観察し、彼らと同じ視線、リズム、息遣いで同じ行動をしてみる。私と同様に、意外と恐怖感が減っていることに気づくかもしれない。

毎日様々な確認作業を漏れなくこなしていた自分は今思えば驚くほど。部屋の確認を済ませたら部屋を出る前に、確認作業に漏れがなかったか再確認。家を出る前に玄関前で更に確認作業に漏れがなかったか再確認し、不安な気持ちがやってくると、再度部屋に戻り確認作業が1から始まった。何度か繰り返し、やっと靴を履いてから、不安感に襲われると、靴を脱ぐのが面倒くさくなり、靴のまま部屋に戻って再確認。後から掃除した時の、汚さは辛かった。

この部屋を出る前、家を出る前の、確認の網羅的確認作業をなくすと、不安感が格段に楽になる。でも、不安感が押し寄せてくるから、それに立ち向かえるほどの強さは当時なかった。

大きな力となったのは、自分に対する怒り。こんなに大量の時間を費やして、なんというバカなことをしているのだ、と自分に対して思いっきり怒ることで、確認作業をやめることができるようになった。重要なのは、一度止めたものを取り戻さないこと。1つでもできるようになったことを心から褒め称え、二度とその確認をしないと心から誓うこと。苦しみながらもそれを繰り返すと、1週間後にはもう以前確認していたことを遠い昔のように感じられるようになる。

強迫性障害がひどくなっているときには、自分は繰り返す、という自己イメージが固まってしまっている。自分になりきったまま、そのイメージを変えるのは至難の技。

 

一度、まったく正反対の人物になりきると意外とうまくいく。

 

私のイメージの変更は、天真爛漫な母。昔アイロンで絨毯を焦がしたり、鍋を真っ黒したことがあるのに、懲りずに確認しないで日々を過ごしている。

 

そんな母になりきって、朝確認作業をすると、いつもより楽に行けるようになった。重要なポイントは、本気でなりきること。歩き方、ものの見方、考え方を全てコピーしてみるとより効果的だった。