悩む所を間違える | 週刊さんでいリターンズ

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リハの学校の同級生が急逝した。

当然ショックではあるのだが闘病中であったのである程度予感はあり、
でもやっぱり残念である。大学の同期の訃報を聞くこともぽつぽつある。
うちはまだ親がいるのでまだ切迫はしてないが、それでもなんだか徐々に
順番が近づいてるなあと感じる。

一休禅師の句をぶつぶつと口の中で呟く途中で、相方に話しかける。
「・・・なあ、正月や冥土の旅の・・・の後って三里塚だっけ一里塚だっけ?」
「三里塚は違うで。”行って来るぞと三里塚”だろう」
「をう、そうだった」
てゆっか自分らだって三里塚闘争なんて知らんやん。
わしの出身の二流ミッション大学は中核派だけどな。と言うても今時の
二流大学生が学生運動に参加するとは思えないのだが。
某最高学府(民青)では学園祭で公称500人の集会するらしいがの。

それに関連して思い出した。あや嬢が某駅で知らない人と話していたのが
「手相を研究する人々」だったのである。
「ああ、原理研じゃん」と言ったら彼女は知らなかったのだが
大学入学時になると特に二流ミッション大に出やすい「統一原理」である。
合同結婚式のアレだ。しかしもう忘れられているのだな。
文鮮明から壷売りから桜田淳子の説明まですることになったのだが
既に桜田淳子の露出がないので若い子に説明するのは苦しい。

オチがないので強引にまとめをすると「正月や冥土の旅の一里塚」→
「去る者は日々に疎し」となってしまう。もう少し柔らかい言葉にすると
「死んじまったらお終えよ」とでも言うべきか。

本日の結論:身も蓋もない。