座敷童と呼ばれて | 週刊さんでいリターンズ

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昨日の日経目標値思いっきり間違えてます。すません。
高値の89年12月29日の38957円で計算すると12466円じゃないっすか。
既に割れてますな。98年10月の水準も伊達じゃないわけだ。へー。
じゃ、次は81年8月の8019円じゃん。(無責任)

ところでこの高値の日は私が某大手証券会社を退職した日だ。
覚えてないんだから、真面目に仕事してなかったんだなあ。
後任が決まるのが遅れて引継ぎが手一杯だったし、最終日は挨拶回りもあったし。
しかしこの日で計算してくれれば自社株も投信も大儲けだったのに、
会社のばかばかったら、そこからの安値の次ぐ日に評価しやがったのだ。
が、多くの同期が退職と同時に損切りした中、トントンで売り抜けた私はその後
バブルの塔の建築事務所、上り調子の外資証券、それもヤバくなるとメーカー、と
回遊したので元同僚からは「座敷童」と呼ばれるようになったのであった。

そんなわけで今日は図書館で勉強するはずが、気になってこんなことばかり
調べてました。旧四大証券の一社、倒産関連本を二冊斜め読み。
その数年前、某外資系銀行にいた私は、毎日その社の男性担当者と喧嘩していた。
後で聞いたら社内でも評判が悪い人だったそうだが(女性社員は皆感じが良いと
評判の会社だったのでおかしいと思った)弱小とはいえ銀行相手に
(我が国では銀行と証券会社では地銀でも銀行の方が立場が上な事が多い。
 外資力で変わりつつあるが、株屋の地位は低い)
四大証券であることを盾に無理を言うので取引のカラクリをよく知る上司は、
「おかしいなあ。これこれこうだから、一日遅れても損しないはずだが。
 そもそも向こうのせいだし。実は内部がヤバイんじゃないか?」
と勘ぐっていたのだ。事実「飛ばし」を海外で処理していたし、やばい噂も
海外から流れた。日本の三連休中に、海外の資金手当てがつかなくてつぶれたが、
休みに入る前に私がいた外資系証券会社では、既に「取引するな」との
指令が出ていたのであった。

内部の人は意外にも気がつかず、自社株で痛い目に遭われた気の毒な方も多い。
しかし会社の末期には一列三本ある蛍光灯のうち一本しか点けてもらえなかったり、
新しい文房具を使うにも古い文房具を持って、もう使えないと認めてもらってから
交換してもらったそうだ。悲しい話ではあるが、自分の社が危ないかも
という時の判断基準になるかと。