昨夜、電気圧力炊飯器を買う。


電気炊飯器が壊れて、しばらく経つが電気炊飯器よりも

ガスで炊く圧力炊飯器がおいしいということで、

電気炊飯器を買わないでいた。

我が家は大所帯で、環境的にも外食をしたり、出前を

取ったりするほうが経済的な場合が多いので、

ご飯を炊く量の調節が難しかったらしい。

電子レンジで残りご飯を温めればいいのだが、おいしくない。

それに、段々と寒くなってきて、なおさら温かくて

おいしいご飯が恋しくなる。


最近、妻のお姉さんの家が、ククー炊飯器を購入。

ククーで炊くとご飯がおいしいと聞き、我が家も購入しよう

ということになった。

ちなみに、ククー炊飯器は、韓国を代表する炊飯器である。

日本のタイガー、象印は世界のトップブランドであるが、

その2つに追いつけ、追い越せというのが、韓国のククーで、

数少ない、厳しい日本の炊飯器試験に合格、韓国人の口、

日本人の口をうならせたという製品ブランドである。


今朝、朝ごはんの時、子供たちはその炊飯器の前に正座をして

炊き上がるのを待っていた。


「ご飯が炊き上がりましたよ、ククー」

と炊飯器がしゃべると、大歓声が沸いた。

子供たちはおいしいご飯よりも、その一言を待っていたようだ。

更に妻のサービスで、少ししてから保温モードにして、

しばらくすると、今度は、

「保温が出来ましたよ、ククー」

としゃべった。子供たちは大はしゃぎである。


肝心なご飯の味は・・・。

妻が水加減を間違えて、△。


まっ、子供から大人まで喜んでいるので ◎ かな。

韓国の年中行事のひとつ、キンジャン(キムチ)を、

今日、我が家(?)の女性たちが行う。

そして、そのキムチを保存して一年かけて食べる。

というのは、理想で実際は保存場所がないので、数ヶ月で

なくなる家がほとんどだが。

秋野菜、特に白菜は韓国の食生活になくてはならない

野菜だ。この時期の野菜は本当においしい。

特に白菜は、キムチは勿論、鍋物に、そして生で食べると

甘い味がして、本当においしい。その白菜に、特製味噌を

付けて食べると、ご飯が何杯でも進む。

(うちの妻は、オカズがいらなくて経済的だと言っている。)


しかし、今年は昨今のキムチ事件で今までにもまして、家でキムチ

つくりをする人が増え、白菜の価格が高騰したと聞く。

幸い、うちは妻の御両親が野菜を作っておられるので自分の

家で食べる野菜には事欠かないので、価格高騰には関係ないが・・・。


それから、韓国のここ数年のヒット商品は、キムチ冷蔵庫。

キムチは発酵食品なので、常温でおいておくとスッパくなる。

このスッパくなったキムチが、シン(シダ・・・休む、酸っぱくなる)

キムチである。それはそれなりに利用法はあるのだが。

以前は、壷に入れて地中に埋めていたが、現在の住宅事情では

無理なので、キムチ用の冷蔵庫が登場し、飛ぶように売れている。


何はともあれ、ここしばらくはおいしいキムチが食べれそうだ。

昨日やり残した仕事があって、いつもより30分早く家を出た。

駐車場に行くと、いつものように車のフロントガラスが

凍っている。


朝ごはんを食べながら、今朝も寒くて車のフロントが

凍っていたら遅くなるから、氷を溶かさなくてはと思い、

何故か(?)妻に1.5リットルのペットボトルを探して水を入れ

るよう指示。そして、それをもって駐車場に向かう。


到着して、何も考えずフロントガラスに水をぶちまけた。


すると、フロントガラスに到達した水は、ガラスに触れた

瞬間、氷となってガラスにへばりついた。


時すでに遅し。覆水盆に返らず。


氷となった水は厚い層をつくり、そう簡単にはフロント

ガラスから立ち退いてくれない。


時は過ぎて行く。


200メートル先には、我が家がある。帰って熱湯で

解かす方法もある。


だが、朝早くたたき起こし、普段偉そうに言っている

私のプライドが許さない。(変なプライドだが)


結局、車のヒーターを全開にして、敵(フロントガラスの氷)

の油断を誘い、車内にあったプラスチックで一気に削り

落とす。我ながら見事な攻撃であった。


会社には、いつもどおりに出勤。やり残した仕事は何とか

片付けた。



子供たちの無邪気な声を聞いていると、この上なく幸せだ。

時として生意気だが、それでいて にくめない。

”近頃の子供たちは” と世間では言うが、

子供はやはり子供だ。素直であるし、嘘が下手だ。


でも、いつから変ってしまうのだろう。

平気で人を傷つけ、嘘をつき、

素直になれない大人になる。


童心ほど尊いものはない。

車の運転は、その人の性格がよく現れる。

普段おとなしい人でも、車に乗ると荒くなる。

そういった話をよく耳にする。

急ぐわけでもないのに、飛ばしてみたり、

あせらなくてもいいのに、あわててみたり、

クラクションを鳴らさなくてもいいのに、

やたらと鳴らしてみたり。

各者各様である。


事故の原因は、他ではない心の持ちようである。

余裕を持って、威嚇せず、一歩譲ればお互い気持ちいい。


師走で心の余裕がないのか、ここ最近、事故をよく

見かける。


余裕を持っての運転を心がけたい。



せっかちな人は嫌われる。


私はどちらかというと、時間がすぐに気になる。

田舎で育った為か、列車、バスに乗り遅れると長い時間

待たなくてはならない。だがら、ぎりぎりの行動は出来

ない。

反対に妻は、都会育ち。計画した時間を逃しても、

すぐにバスが来る。もし送れそうならタクシーで行けば

いい。そうやって育ってきた。

だからいつも時間のことでもめる。

妻:「少々遅れたくらいで、何よ。」

私:「時間はきちんと守れよ。」

妻:「他の人よりも、私が準備するのは早いわよ。」

私:「他の人は関係ないだろう。○○時までに準備

   できるって言っただろう。」

こんな繰り返しである。


何年も一緒にいてお互いがわかっていても、こんな調子

である。

時間をすぐに気にする私は、せっかちなのだろうか?






今日夕方から、MBC映画大賞の番組をしていた。

各局の映画大賞、音楽大賞の番組が始まると、ここ韓国では

いよいよ年末である。

一つの映画を仕上げるのに、脚本から始まり、美術、衣裳、

音楽、効果、監督、俳優等の多く人が関っていく。それぞれが、

それぞれ任された役割をまっとうして、初めて素晴らしい作品に

なる。誰一人手を抜けない。

その中でも、私は助演という立場に大いに関心がある。

主役というのも責任が重いが、助演もまた責任が思い。いかに

主役が輝くか、助演の力量にかかっているといっても過言では

ない。いうならば陰の主役であろう。


人生において、私は主役にもなり助演にもなる。助演として

一生懸命に主役を輝かせれば、主役によって自分が輝くであろう。

何はともあれ、任された仕事をまっとうしよう。

今日の朝は、いつにもなく目覚めが良かった。

ここしばらく、疲れがたまっていたのか、朝起きるのが

本当に辛かった。

昨日の夜、妻が空気浄化に良いという、炭の抽出液を

炭の装飾品に一生懸命にふりかけていた。

そのせいかなと思って、部屋から出て外を見ると

二センチくらいの雪が積もっていた。すぐに解けてなくなる

だろうが、すがすがしいい気分になれた。

ここでは、年に2,3回しか積もらないので、貴重な雪だ。

故郷はいいものだ。かつて、先人が言ったように

「故郷は遠くにありて思うもの」かも知れない。

田舎を離れて暮らしていると、なぜか無性に田舎が恋しくなり、

わずかな情報でも敏感になる。

海青く、山清く、高原あり、湖あり、心休まる温泉あり。

多くの童謡の舞台となったわが故郷。

故郷って、いいな。

突然、手紙が届く。普段、母親の方からは連絡がないが

”兄、危篤”と言う連絡。

すぐにかけつけたいが、すぐにいけない環境にあった。

ようやく、土曜日に家に帰り、病院で主治医の先生から

”末期がん”の話を聞く。

もう手術も出来ないと言われた。

兄のために、何ができるのか。何もしてやれない、自らの

無力感を感じる。

人間、生まれたからには、いつかはこの世を去るのだが、

いざ、その場面になると辛いものだ。