すなっぽんたのブログ〜今の自分の日常と素敵な旅の日記帳〜 -9ページ目

すなっぽんたのブログ〜今の自分の日常と素敵な旅の日記帳〜

自転車日本一周記と、たまに今の自分の日常を綴っていきます(^-^)/


今日は仕事昼からです。
やのに早起き…笑
てか昨日俺寝過ぎ!!


てことで朝イチ張り切ってたびにっき更新 !!



「HOME」



さとうきびの収穫のアルバイトをやり始めて数ヶ月が経ちました。

おじーやおばーとも少しずつ距離が近くなり、コトバも段々雰囲気で伝わるようになり、(おじーもおばーも僕と話す時は出来るだけ標準語に近付けてくれた。)休憩時間には毎日さとうきびを歯で剥いてしゃぶったり。
おばーが朝何時から仕込んだのかな?と不思議に思う程の量の料理を鍋いっぱいに作ってきてくれて、刈り取った畑の真ん中で毎日のように振る舞ってくれた。


そして、雨季のようにほぼ毎日雨が降っていた1月、2月をまたぎいよいよ3月になりました。

3月にもなるともう夏日のような毎日になりもう半袖で十分な程の気温。

テレビで天気予報を見ると、大阪ではもちろん近畿地方の地図が出るように、沖縄では与那国島、波照間島までの島々の地図が出てくる。


その天気予報を見る度に「とおーくに来てもうたもんやな」なんて少し感傷に浸るような気持ちになりました。


そんな時、当時の僕にピッタリすぎて、始めて聴いた時は思わず鳥肌が立ったくらいの曲が流行り始めてました。


今の僕の心の内を、代わりに代弁してくれているのではないか、そう思わずにはいれないくらい。

この曲はその後再び旅をしていく中で、日本各地でたくさんの出会った人々に見送られる度によくカラオケなんかで「りゅーじを見送る曲」なんてみなさん歌ってくれるようになった。

清水翔太の「HOME」

今更 帰れないよ あの場所は
どんな素敵な思い出も
心にしまっておくべきなのさ
今でも 思い出すよ
それでいいんだ
心配ないよ まだ歌えるよ
いつか帰るよ 僕だけのHOME



遠く離れた故郷大阪への想いと。
まもなく離れて、きっとしばらく永い間戻ってはこれないであろう…この島への想い。
そして、また新たに始まるこれからのたくさんの出会いの旅への想い。


全てがこの一曲に吐き出されていて。

「また始まる。よし!旅しよう!」
改めてそう思えるようになりました。


それから伊良部島のハーフマラソンに出場して心の底から疲れ果てたり。
漁師さんの船に乗せて頂き伊良部島の伝統漁を見せて頂き、船酔いで完全にダウンしていたり。笑
お世話になったゲストハウスの改修工事を手伝わせて頂き、慣れないペンキ塗りに四苦八苦しながら、夜はみなさんで相変わらず飲んで騒ぎ、ラストスパートにたくさんの思い出を作って、いよいよ、僕はまた旅立ちの時を迎えようとしていました。

春は、別れの季節であり、新たな出会いの季節。

僕はまた、動き出す。



今日はこのへんで !!
先日美容院で髪切ってきました!
新しいヘアスタイルで気合い満点!
今日も一日楽しく頑張りましょー!!

すな-ぽんからの投稿
お風呂入りながらのんびり、もう1話ブログしようと湯船浸かりながら日記帳見ながらケータイ見ながらしてたら危うくケータイ落としそうなるしなんかのぼせてきたし(^^;;笑

昔から「~しながら」がめっちゃ苦手なすなっぽんたです…

というわけでブログに集中たびにっき本日2回目更新!!



あんなに憧れていたのが、いつの間にか普通になるくらい。



僕はさとうきびの収穫のアルバイトをするため、畑を所有しているおじーの家へ。

全然知らん人の玄関ガラーッて開けて、「あ、あの~・・・」
中からおばーが出てきてくれた。

「〇?℃$★#♂∴×↑↑∈」
大袈裟じゃありません。笑
本当に、こんな感じ。


だって、女性のことを「ミドゥン」男性のことを「ピキドゥン」。美しい。を伊良部語にすると「アパラギ」
つまり「綺麗な女性」と言うならば「アパラギミドゥン」て言うんです。もうわかるわけありません。笑


とにかく、こちらのコトバはわかってもらえるので、何とか交渉は成立。


そして、南の島でのアルバイト生活が幕を開けました。

ただ、おじーも、おばーも、何だか冷たいような・・・

沖縄の人々は、もちろんみんながみんなそうではないのですが、あまりナイチャー「本土の人」にはいい印象がありません。

のちにイチバン仲良くして下さったおばーに教えて頂いたコトバですが「テレビをつければナイチャーは家族を殺したり、誰を誘拐した、誰を騙した、そんなコトばかりだ」
と話していた。

確かに、そんな人ばかりじゃありません。
でも確かに、島の人々からしてみれば、そういう印象を持たれても致し方ないくらい毎日のように耳が痛くなるニュースばかり。
なんだか寂しい気持ちになりました。


でもそれから月日は流れ、居候生活は相変わらず毎日叱られっぱなしの毎日でしたが、それだけじゃなく、本当に笑わせて下さる人で、毎日ウイイレをしたり、みんなのゴルフでこてんぱんにされて大笑いしたり、楽しい思い出もたくさんありました。

お世話になっている宿にもたまに遊びに行ってはみなさんとたくさん笑いあって歌いあって。
今改めて思うと本当に楽しくて幸せな時間を過ごしたいたんだろうな。って。
photo:04



あれだけ憧れ、夢に見ていた沖縄の、海と、空と、太陽と、ざわわなさとうきび畑のど真ん中で。
「夢」が、「日常」に変わって。
photo:01


photo:02


photo:03



そして、2008年になりました。
年をまたぎ、故郷大阪のコトをあまり考えなくなった頃、意外な人からの一通の手紙が僕宛てに届いた。


「重松 悦子」
母からでした。
僕の両親は離婚していて、母が再婚をしているため名字は変わっていて、僕は再婚を決意した母を当時は好きになれなかった。


そんな母から届いた、一通の手書きの手紙。
丁寧でキレイな優しい文字は、すぐに母からと確信が持てた。

今まであまり誰にも見せてませんでしたが、恥ずかしいコトでもないので少しだけ掲載したいと思います。


「竜ちゃん、元気で頑張ってる?こっちは、みんな元気ですよ!
沖縄、伊良部島での生活はどうですか? たくさんの親切をいろんな人からもらって感謝せなあかんよ。
竜ちゃんの思うことがあって自転車で旅に出たんやから、お母さんがとやかく言うことでもないけど、なるべくなら大阪に帰ってきてほしいなぁ。
というのが、お母さんの希望してることです。
若い時にしか、できひんこともあるし、悪い事に巻き込まれたり、病気になったりしなかったら、元気で無事にいてくれたら・・・とあきらめてます。

竜ちゃんは、お母さんが再婚したからお母さんのことを嫌ってると思うけど、嫌われてても、お母さんは親やから、竜ちゃんのことも、お姉ちゃんのことも、マー君のことも心配です。
いくつになっても親は子供のことが心配です。

時々、電話をかけてきてね。留守電に声だけでもいいからね。

長々と、いろんなことを書きましたが、いつもいつもお母さんは竜ちゃんのことを心配しています。
元気な姿で、早く大阪へ帰ってきて下さい。

お母さんより・・・


…本当に優しく、少しだけ寂しく、そして心の底から勇気をくれた、そんな手紙。

そして、さらにこの時僕に大きな勇気をくれた、一つの曲に僕は出会いました。


今日はこのへんで !!
こうしてたびにっきを通じて僕自身あの頃を思い出し、なんだか心の中でもう一度旅をしている感覚になります
本当に強制なんてしてるわけじゃありませんが、人生一度あまりに短い自分だけの時間
全てを忘れ、どこか遠くへ。
誰も知らない場所へ。
何かステキなことがあるかも知れませんね\(^o^)/




iPhoneからの投稿
最近トーストにココアの粉かけて食べるんにはまってます(^ ^)笑

ポリフェノール摂りまくります !!


てことでたびにっき更新 !



夢のような日々の中に見える現実、自分の不甲斐なさ。


この離島にやってきて、しばらくは毎日遊んで飲んで騒ぎ、何も考えてなかった。
いや、考えようとしてなかったんです。怖くて。


「この先どないしよ・・・」
そんな不安が常によぎるようになっていた。


季節は秋初旬、きっと本土ではそろそろ寒くなってきてもおかしくないような時期。
ここ伊良部島はまだまだ灼熱の太陽が照り付ける真夏のような日々が続いていた。


きっと、この宿のオーナーさんも「こいつこの先どうするんやろ?」
そう思っていたことでしょう。


そしていよいよお金も無くなり、このままじゃ本当にどうしようも出来ない状況になってきた頃、僕は意を決してオーナーさんに尋ねてみた。

「ここでしばらく、雇ってもらえないですか?」

オーナーさんは、運転免許も持っていない僕を、優しく雇って下さった。

車の運転が出来ないと、お客さんの送り迎えが出来ないので、基本運転免許は必須。
だから、100%のオーナーさんの優しさで、雇ってもらえるようになった。

冬になるとさとうきびの収穫のアルバイトが始まるので、それまでの期間、お給料は出ませんが、ご飯も食べさせて頂き、寝る所も確保出来て、本当に安心しました。

まるで家族のように接して下さり、たくさん笑いあったり、たくさん叱って下さったり。

島の子どもたちとも仲良くなり、日々訪れるお客さんにも可愛がって頂いて、本当に今思えば毎日が夢のような生活でした。

わざわざ弟もはるばる大阪から遊びに来てくれた。
これは本当に嬉しかった。
感謝でした。
久々に見る弟の顔に感動していたのを今でも思い出します。


だが当時の僕は完全に甘えきっていて、なんだか自分がダラけているのは、誰の目から見ても明らか。


そんな中、一つの転機が訪れる。冬になり(とは言っても全然半袖で十分でしたが・・・)京都から、テレビでこの島の漁を見て、「この仕事がしたい!」の一心で、この島に移住してきたものすごいアツイ方と意気投合して、僕はその方の家で居候させて頂くことになりました。

出会った頃は、同じ関西人と言うこともあり、楽しくお話していたのですが、一緒に住む。となると話は別でした。
時にはこてんぱんに叱られ、この選択をしたことに後悔をしたこともありましたが、今は思い返せば感謝の気持ちでいっぱいです。

きっと、あの日々がなかったら、僕のことを本気で叱ってくれる人がいなかったらどうなってたやろう?
きっと、今の自分はないと思います。


そして、いよいよこの僕にも、久方ぶりの「勤労」の日々が始まる。


平均年齢65歳オーバーで、尚且つ言葉が全くわからない、さとうきびの真ん中で。



今日はこのへんで !!
明日は晴れてくれー!!!

そろそろ青空と太陽が恋しいな(^O^)


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