ぷんぷん
プンプンみたく、世界を変えられるなんて思ってない。
いや、思ってたかな25くらいまでは。笑
始めは浅尾いにお お得意の「陰鬱と虚無ー。けれども生きるって…」的な魅せ方に、あーやっぱりー と辟易しそうになるところを、ギャグと描写に救われてました。
あまりにも鋭利に抽出し過ぎた「不安定な青春」にも、はぁ~という感じでした。
そこじゃないどうでもいい瞬間こそ、青春の醍醐味だとも今は思えるからかな。
9.10巻になってくると、そうゆうウダウダ、ジメジメが失くなってきます。きっと浅尾さん自身もそこをウダウダやってもどうにもならないことに気づいたか、成長したか。笑
そこからは楽しみで仕方ありませんでした。
20歳くらいの時読んでたら、陰鬱と虚無を楽しめたかもしれない。
でも結局そこって、理想と未熟の裏返しだから。
もがくだけもがいて、嘆くだけ嘆いて ってゆう”事象”じゃなくて、そのエネルギーこそ青春の素晴らしさだと思います。
陰鬱であってもいいんですよ、青春だもの。
自分の話し方も、姿も、まだぼやけてんだから。
だからプンプンがハッキリした人の形で描かれてないんじゃないかな。誰でもプンプンになれるように。
そこは、とても技巧派ですね。
しかし僕は、古谷さんの「シガテラ」の方が、というか青春ものとして、芸術として別格かなと。
プンプンに足りなかったのは、青春の「冒険性」ではないかと。
何も持ってないから、何でもおもしれー 的な。
まぁ、作者がそうゆう青春だったのでしょう。と思いたい。
なぜなら、これが空想であれば「人をなめてるのか」と思ってしまうから。
色んな人生があり、色んな表現者がいる。
だから否定はしません。
実際、後半面白いし。
前半詰め込み過ぎてお腹いっぱい的な。笑
また、陰鬱な青春時代を持つ代表的な選手の僕だからこそ、こうムキになるのかもしれないし。笑
多くの人に、色んな人に救われて、こうやってポジティヴに青春をプレイバック出来ることに感謝します。
余りにも「ナチュラルでいること」に途した青春時代。無防備なまま、いや無装備なまま、踊り狂った。
いつまでも伝えたいことを伝える為に。
言葉は表層的には伝心出来ていても、深いところでは間違いなく微妙なズレが生じる。
それぞれ人生があり、”その言葉”を使ってきた歴史があるから。
だけど、音楽や、仕草や、匂いや、気やらが、深いところを伝えてくれる。
それは、伝えようとしていなくたって。
だから、言葉よりもその「音」に、「息(意気/粋)」を感じる。
人は「人の話」ではなく、「想い」を聞けるようになれば、もうちょっといい世界になるんじゃないかな。
ナチュラルでいることは、MCD1のナチュラリストはっちさんの姿に憧れてそうした部分もあります。
ありがとう、はっちさん!!笑
モスクラ クルーの先輩方の背中は、そうゆう意味ではぶっ飛んでいて、また英傑な恥部でした。笑
ナチュラルでいることは敢えて選んだ道でした。
傷ついて、ぶっ壊れて当然。笑
迷惑だったのは周りの人間でしょう。笑
ありがとうございました。
ナチュラルのまま生きてこれて、本当に良かった。
弱さや哀しみ、虚しさを隠すと、人は所有への悪戯な執着を始める。
支配欲や欺瞞が膨らむ。底なしに。
人間みな脆弱。
人が好き。
だから、弱さも醜さもぶちまけることにしたのです。
ほんとうの表現がしたかったから。
つまんない音楽はしたくなかった。
100%隼人塵。
闘い方だとかやり方の問題云々よりも、ただ「そのまま」で入れて良かった。
そして、これからもそのまま生く。
迷いなく。
どんな知よりも、
どんな教典よりも、
自分という宇宙の方が素晴らしい。
正しいとは言い切れませんが。
天真爛漫に自分する。
これが人生です。
もっともっと音楽したいですたい。
安西先生...
いや、思ってたかな25くらいまでは。笑
始めは浅尾いにお お得意の「陰鬱と虚無ー。けれども生きるって…」的な魅せ方に、あーやっぱりー と辟易しそうになるところを、ギャグと描写に救われてました。
あまりにも鋭利に抽出し過ぎた「不安定な青春」にも、はぁ~という感じでした。
そこじゃないどうでもいい瞬間こそ、青春の醍醐味だとも今は思えるからかな。
9.10巻になってくると、そうゆうウダウダ、ジメジメが失くなってきます。きっと浅尾さん自身もそこをウダウダやってもどうにもならないことに気づいたか、成長したか。笑
そこからは楽しみで仕方ありませんでした。
20歳くらいの時読んでたら、陰鬱と虚無を楽しめたかもしれない。
でも結局そこって、理想と未熟の裏返しだから。
もがくだけもがいて、嘆くだけ嘆いて ってゆう”事象”じゃなくて、そのエネルギーこそ青春の素晴らしさだと思います。
陰鬱であってもいいんですよ、青春だもの。
自分の話し方も、姿も、まだぼやけてんだから。
だからプンプンがハッキリした人の形で描かれてないんじゃないかな。誰でもプンプンになれるように。
そこは、とても技巧派ですね。
しかし僕は、古谷さんの「シガテラ」の方が、というか青春ものとして、芸術として別格かなと。
プンプンに足りなかったのは、青春の「冒険性」ではないかと。
何も持ってないから、何でもおもしれー 的な。
まぁ、作者がそうゆう青春だったのでしょう。と思いたい。
なぜなら、これが空想であれば「人をなめてるのか」と思ってしまうから。
色んな人生があり、色んな表現者がいる。
だから否定はしません。
実際、後半面白いし。
前半詰め込み過ぎてお腹いっぱい的な。笑
また、陰鬱な青春時代を持つ代表的な選手の僕だからこそ、こうムキになるのかもしれないし。笑
多くの人に、色んな人に救われて、こうやってポジティヴに青春をプレイバック出来ることに感謝します。
余りにも「ナチュラルでいること」に途した青春時代。無防備なまま、いや無装備なまま、踊り狂った。
いつまでも伝えたいことを伝える為に。
言葉は表層的には伝心出来ていても、深いところでは間違いなく微妙なズレが生じる。
それぞれ人生があり、”その言葉”を使ってきた歴史があるから。
だけど、音楽や、仕草や、匂いや、気やらが、深いところを伝えてくれる。
それは、伝えようとしていなくたって。
だから、言葉よりもその「音」に、「息(意気/粋)」を感じる。
人は「人の話」ではなく、「想い」を聞けるようになれば、もうちょっといい世界になるんじゃないかな。
ナチュラルでいることは、MCD1のナチュラリストはっちさんの姿に憧れてそうした部分もあります。
ありがとう、はっちさん!!笑
モスクラ クルーの先輩方の背中は、そうゆう意味ではぶっ飛んでいて、また英傑な恥部でした。笑
ナチュラルでいることは敢えて選んだ道でした。
傷ついて、ぶっ壊れて当然。笑
迷惑だったのは周りの人間でしょう。笑
ありがとうございました。
ナチュラルのまま生きてこれて、本当に良かった。
弱さや哀しみ、虚しさを隠すと、人は所有への悪戯な執着を始める。
支配欲や欺瞞が膨らむ。底なしに。
人間みな脆弱。
人が好き。
だから、弱さも醜さもぶちまけることにしたのです。
ほんとうの表現がしたかったから。
つまんない音楽はしたくなかった。
100%隼人塵。
闘い方だとかやり方の問題云々よりも、ただ「そのまま」で入れて良かった。
そして、これからもそのまま生く。
迷いなく。
どんな知よりも、
どんな教典よりも、
自分という宇宙の方が素晴らしい。
正しいとは言い切れませんが。
天真爛漫に自分する。
これが人生です。
もっともっと音楽したいですたい。
安西先生...